「lily」

Chapter 3 - Sweet room

宮間風蘭2020/07/03 16:10
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私の名前は、音羽優(おとばねゆう)。高校で数学教師をしている。生徒からの評判はどちらかというと良くない。私は昔から緊張しいで、人前に立つのが苦手。だからこそ、学校では常に気を張ろうとするあまり、生徒に笑顔で接することが出来ない……。この前、養護教諭の伊東先生から「あなた、生徒から陰で『鉄仮面』なんて呼ばれているらしいわよ。そんな、肩肘張らずにリラックスしてやりなさいよ」なんて言われてしまうほどだ……。

 そして、そんな生徒から「鉄仮面」なんて呼ばれている私は、今。

生徒に正座させられている。

「ねぇ? 優ちゃん?」

「は、はい……」

「今朝のあれは何?」

 この子の名前は天草詩樹(あまくさしき)、私の生徒であり、ご近所さんだ。彼女が小さいときからよく一緒に遊んだものだ。垂れ気味の大きな目がなんとも優しそうな雰囲気の子だ。軽く巻かれた、茶色の髪には、水色のリボンの髪飾りがワンポイントでつけられている。そのリボンから、成長した彼女にも、まだ子供っぽさが残っているんだなぁと感じる

「い、いやぁ~」

「いやー、じゃないよ。何あれ」

 私は苦笑いしかできない。彼女が何をそんなに怒っているのかと言えば、今日の朝、私が彼女の髪を注意したことから始まる。うちの学校の校則では、「染髪は特殊な理由を除き禁止」となっている。もちろん、元々色素が薄い子だったり、色が違ったりする子は別なのだが、詩樹の場合、がっつり色染めしているので、教師として注意しないわけにはいかない。

「だ、だって、しょうがないじゃない。校則で決まっている事なんだから……。教頭先生も近くにいたし、注意しないわけにはいかなかったの~」

「別に、校則で禁止されてることは知ってるし、先生に注意されることももう慣れっこだから別にそれはいいの」

「え? じゃあ……」

 そう言いかけた瞬間に、詩樹が私にぐっと顔を近づける。

「それを優ちゃんが注意することに怒ってるの! この髪型が方がいいって言ってくれたのも、かわいいって言ってくれたのも優ちゃんでしょ!

 優ちゃんが可愛いって言ってくれるから校則破ってまでこの髪型にこだわってるのに、なんで、その優ちゃんに注意されなきゃいけないの!?」

「ご、ごめん…… でも~」

「でもじゃない! 今日の私は、いつもみたいに簡単には許しません」

(怒ってる姿も可愛いなぁ~。あぁ、いやいや、今日は本当に怒ってるみたいだし……。どうしよう……)

「ねぇねぇ。詩樹?」

 私は、甘えるように彼女の制服の裾を引っ張る。

「何?」

 機嫌悪そうな声を出して、私の方を見てもくれない。

(あ、やばい、泣きそうになってきた)

「ねぇ? どうしたら、許してくれる?」

「じゃぁ……して」

 詩樹は耳を赤くしながら何かをつぶやいた。

「ごめん、聞こえなかった。もう一回、言ってくれる?」

 詩樹は茹でだこみたいに顔を真っ赤にしてこっちを向いた。

「だから、だっこしてって言ったの!!」

 私は、一瞬、目を丸くしたが、幸せな感情が追走してくるのと同時に顔がほころんだ。

「じゃあ、おいで」

 私が、手を広げると正座している私の足を挟み込むように詩樹が抱きついてくる。足に女の子特有の柔らかい感触が触れ、花のような柔らかな香りが鼻孔をくすぐる。

「私の気持ち、わかってくれた?」

 すこしすねたような声で詩樹が言う。

「ごめんね。でも、私、詩樹の先生だから」

 幼い子をなだめるように言う

「もう! やっぱり分かってない!」

 離れようとする詩樹を、再びぎゅっと抱きしめて、耳元でささやく。

「注意をやめるのはできないけど、いつだってこうやって抱きしめてあげるし、詩樹がしてほしいことなんでもやってあげるから、ね? それで許してくれないかな?」

 手を緩めて、詩樹の顔をまっすぐに見つめる。詩樹はぷいっと横をむく。

「……優ちゃんってほんとずるいよね。そういうとこ、だいっきらい……」

「えぇ~。詩樹には嫌われたくないな~」

 冗談交じりにそんなことをいう。今の私はきっと意地悪な笑顔をしているだろう。詩樹は悔しそうに口をとがらせている。

「そうだ! ねぇ、優ちゃん」

「なぁに?」

「ちゅうして」

「え!?」

 そんなことを言われると思ってなかったから、思わず固まってしまう。

「さっき、なんでもしてくれるって言ったじゃん。ちゅうして」

「えぇ~」

 もちろん、嫌なわけではないが、こんな真正面から言われるとさすがに照れる。果たして、私と詩樹のどっちがより顔が赤くなっているだろうが。

「い、嫌なの……?」

「そ、そんなわけないじゃん!! えっと……じゃあ、するよ?」

「うん」

 私の唇が優しく、詩樹の唇に触れる。世界が、甘く、幸せなものへと変わっていく。

「ねぇ、優ちゃん?」

「ん?」

「だいすきっ」

「ふふっ。わたしもっ」