Chapter 14 - 雨晴プライマリー④
「じゃあ、ゴールデンウイークに入っちゃうけど、その時に掃除をやっちゃおうか。その後、写真部の事も少し説明するね」
「わかりました」
花山と東雲はすぐに返事する。
「時枝は大丈夫かい?」
「……大丈夫だ」
歯切れ悪く返事する。
「折角集まってもらって申し訳ないんだけど、次の休みの日の五月三日の九時に部室前に集合ね」
笑顔で言いながら山吹は帰っていった。
「じゃあ、僕たちも今日は帰ろうか」
花山が指揮を執る。
「はい」
「あぁ」
それに二人が答える。
ほとんど使用しなかった部室を施錠する。次に部室を開ける時までが埃達の残された寿命になるだろう。
考えるとこの三人で家に帰るのは初めてな気がする。
花山とは何度か一緒に帰ったことはあったが、東雲に関しては一緒に帰るのは初めてだ。
「私、皆さんと帰るのは初めてです」
「そうだったかな」
花山は色んな人と仲が良い分あまり覚えていないのだろうが、友達の少ない東雲にとって友達と一緒に帰るというのは新鮮なのだろう。東雲は普段よりそわそわしている感じがする。
まるで初めての道を歩く小学生みたいだ。
そんな東雲を他所に花山が傍に来る。
「掃除、あまり乗り気じゃなさそうだったね」
「まさかゴールデンウィーク中に掃除するなんて思いもしなかった」
少し溜息をつく。
少し申し訳なさそうに花山は笑いながら、
「ごめんよ。でも、一番直近の休みがその日だったからさ」
「それはわかっている。これでも一応納得はしているんだ。けど……」
「けど?」
「休み日まで学校に行きたくない」
花山は少し笑いながら、
「掃除が面倒だから嫌とかじゃないんだ」
「ないわけじゃない。だけど成り行きとは言え、入ることになった以上最低限のことはしないといけないだろ」
「そうだね」
「二人で何を話しているんですか?」
前の方を歩いていたはずの東雲が突然話に割って入る。
「ちょっとした話さ」
「なんでしょうか、それは」
少し不安そうな顔で花山と自分を見る。自分まで巻き込むなよと思いつつ特には何も言わない。
「そんな顔しないで。時枝が嫌々ながらも部活を頑張ってくれるっていう話さ」
「それなら安心です」
自分を除け者にさせているのではとでも思ったのだろうか。そうじゃないとわかるといつもの笑顔に戻っていった。
「時枝」
「?」
「慣れないことをするのは最初辛いだろうけど、きっといいことはたくさんあるよ」
小さくそう言った後、
「じゃあ、僕こっちだから」
そう言って駅がある方へ進んでいった。
何が言いたいのかがいまいち理解できなかったが、とりあえず励まされているのだろうと受け取っておく。
「時枝さんはこちらなんですね」
「まあ。……東雲こそこっちなんだな。どの辺なんだ?」
「そうですね……。合田商店ってわかりますか?」
ーー合田商店。
雑貨や食品、電子機器など幅広い品揃えを謳い文句に店を構えており、小学生からご老人までいろいろな層から人気があると聞いたことがある。
自称『枝垂町のデパート』だったはずだ。
今でこそ久しく行っていないが、自分も小学生の頃はよく足を運んだものだ。そう思うと久しぶりにその名前を聞いた気がする。
「懐かしい。小学生の頃はよく行っていたな」
「そうなんですね。私はあの辺りに住んでいますよ」
「割と近いんだな」
確か自分の家から徒歩十分位だったはずだ。
「どの辺りに住んでいるんですか?」
「言葉にすると難しいんだが……。駅から北西に十分って所だな」
「確かに近いですね」
「というかそんなに近いなら自分達、小学校も中学校もどっちも一緒なんじゃないか?」
ふとそんな疑問が頭に浮かぶ。しかし、東雲という名の人間は聞いたことがなかった。
今まで意識したことがなかっただけなのかもしれないが…。
だが、それだと少しおかしいことが出てくる。
というのも、今は普通の女子高生を“演じている”が、今目の前にいるのは女優の星野志乃でもあるのだ。
もし、この町出身の女優が出ようものなら町中に広まっていてもおかしくない。そんな思考をするが、その思考は東雲によってあっさり崩される。
「すみません。それは違います。この町に来たのは高校生になってからなので」
「そうなのか。その割にはこの町に詳しそうだが……」
この町は山側に行けば行くほど古い家が多く、道も複雑だ。
一方で駅側――つまり、山の麓側に行くほど新しい家が多く、道もわかりやすく整理されている。
合田商店はどちらかというと山側に位置しており、道も結構複雑なのだ。
つまり、そちら側に家がある以上昔からこの町に住んでいた可能性が高いということになる。
「この町には祖父母が住んでいるんです。今は一緒にそこに住んでいます」
それなら確かに納得できる。
「時枝さん。私こっちなので今日はここでお別れですね」
自分の進む道とは異なる道を指差しながら言う。
「ああ、そうだな」
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
何かしたつもりはないのだが、東雲にとっては友達と一緒に話をしながら帰るというのも新鮮なのだろう。
「もう家は近いと思いますが、気を付けて帰ってくださいね」
「ありがとう。東雲も気をつけてな」
「はい」
うれしそうに返事をし、そのまま上り坂を登っていった。
その姿を横目に今まで押して歩いていた自転車に跨りペダルに力を掛ける。
最初だけ抵抗を感じたがすぐに慣れる。それと同時に自転車の速度は加速していった。