Chapter 11 - 雨晴プライマリー①
ここ最近は少し前よりも賑やかになっている。もちろんそれは悪いことではなくむしろいいことである。
しかし、自分からすれば昼食を女子と一緒に食べているというのは少し気まずかった。
一方でその女子生徒はそのようなことを気にしている素振りを全く見せず、もう一人の男子生徒と話している。
これだけ見ればただの仲のいい友達同士なのだが、この女子生徒が少し前までは友達が一人もいなかったということを考えると見事な程の成長だった。
話を聞いている限りでは、女子生徒が何か話しているというよりは男子生徒の方が何かに対して熱く語っているのに対して律儀に相槌を打っているという印象が強かったが……。
しかし、それでも楽しんでくれているようで何よりだった。
「……なるほど。そういう事なんですね!」
「ああ、そうなんだ。だから是非写真部に入ってみないか?」
「いいですね。私入ります!」
東雲は何を吹き込まれたんだ。
花山の上手い口車に乗せられたのだろう、と思いながら呆けていると東雲の視線がこちらに移る。
見た瞬間になんとなく察した。
「時枝さん……」
内容を言い始める前に東雲から目を背ける。
「断る。部活には入るつもりはない」
「時枝さんひどいです。せめて最後まで言わせてください」
「言われるまでもなく何がいいたいのかわかったよ」
東雲を横目で見ながら答える。
「そういう時は写真部の良さを言ってあげればいいのさ」
横から花山がアドバイスする。
東雲はなるほどといった感じで再びこちらに向き直る。
「時枝さん、写真はですね、美しいものを永遠の時間に閉じ込め、雄大なものをより壮大に写し、時には人の身では見ることも感じることも出来ない物もこの世に具現化してしまう。
この世のすべてを一つのフィルムに投影させる魔法の道具なんですよ」
本当に何を吹き込まれた。
それが第一の感想だった。あきれる自分を他所に東雲と花山は楽しそうだ。
「さすが東雲さん。写真に対する熱意を見事に語ってくれた。良い演説だったよ」
大げさに拍手をして東雲の話を盛り上げている。
「ありがとうございます、花山さん」
「にしても東雲さんはすごいね。僕の言った言葉一言一句そのまま言うなんて。よく覚えていたね」
「そんなことありませんよ。偶々です」
謙遜する東雲だが、花山の言うことが本当なら、辞書に書かれているような説明文を一回聞いただけで暗記してしまったということだろう。
女優という職業柄、台本を覚えるという行為は必須であり、並みの人よりは鍛えられているのだろうが、それでも東雲のその記憶力は凄まじい。
「それでどうですか? 時枝さん」
こちらをじっと見ている。
「私としても撮られるばかりではなく、撮る側の視点も経験しておくのはいいことだと思って入部を決めたんです」
それなりに考えているんですよと言いたげな顔をしてこちらを見ている。
しかしそれは東雲にとっては意味のある事だろうが、自分にとって何の意味もない。「まぁ、そうだな」と軽くあしらわれた東雲を少し可哀そうに思ったのか花山が口を開く。
「東雲さんも今日持ち掛けた話なのにこんなにも熱弁してくれてありがとう。でも、僕達ってそんなに写真を撮られる機会ってあったっけ?」
花山にとっては何気ない疑問だったのだろうが、それを聞いて二人の心臓が大きく跳ねる。
東雲には気を付けるように言っていたが少し興奮していたのか完全に忘れていたのだろう。
ちらりと東雲の方を見ると東雲も必死で何かを考えているようだが、頭の中が真っ白になって焦っているのか頬を一滴の汗が流れていくのが見えた。
東雲がちらりとこちらを見る。
その視線からは謝罪と救援の意図を感じた。仕方がないと心の中で溜息を付きながら思考する。
「ほら、たぶんあれだろ。生徒証の写真。前、生徒証の写真を撮るときカメラマンの人が来ていたじゃないか。なあ、東雲?」
東雲に目でパスを送る。
「あ、はい。そうです。それに文化祭や体育祭などの学生行事ではこの学校ではプロのカメラマンが来るという話を聞いたことがあります。
そう考えるとこの学校って結構カメラで写真を撮られる機会が多いじゃないですか。その時カメラマンの人は私達のこと、どのように見えたのかなって思いまして」
咄嗟に考えたにしてはなかなか筋が通っているとは思う。
「なるほど。確かにプロのカメラマンが学校行事の度に来てくれているという話は聞いたことがあるよ。
ここの卒業生で、この近くにフォトショップを開いているらしいね。そう言われると確かに気になるよね」
頷きながら少し笑みを浮かべながら言う。
プロカメラマンの話が本当の話だった事に驚きながらも、とりあえず安心する。
前までは人と話すことがほとんどなかったために本人の口から言葉が漏れる心配はなく、自分も東雲のことについて話をしなければバレる心配はなかった。
しかし、今後はこういうこともありうるのかと考えて少し億劫になる。ただ、これも東雲が人として成長している証拠なのだというならばむしろ歓迎すべきなのだろう。
面倒くさいことに関わりたくない気持ちと親切心が葛藤しているのを感じる。
「ところで、時枝はここまでの話を聞いて心は動いたかい?」
まだ続くのか。ここまでくると流石にしつこい。
「わかったよ」
周りに聞こえるか聞こえないかのギリギリの声でボソッとつぶやく。しかし、花山にはきっちり聞こえたようだ。
「良かった。ずっと声を掛けていたかいがあったよ」
見る限り本心から喜んでいるようだった。ただ、こちらからすればいい迷惑である。
「おめでとうございます。花山さん」
花山の横で東雲も小さく拍手している。
こうなった原因の一人の東雲を一瞬恨めしく思ったが、言ってしまった以上仕方がない。
二人で喜んでいるところ申し訳ないと思いつつも、はっきりと聞こえる声で「ただし」と付け加える。
「ただし、なんだい?」
自分の条件に花山は喜ぶのを一旦止めて話を聞く。
「ただし、姉貴からカメラを借りられたら、だ」
こちらとしても、はいわかりました。といって入るくらいなら初めに誘われた時から入部しているだろう。
部活に時間がとられてしまってはなかなか自分の時間を謳歌できない。今言ったのはそれに対する最後のあがきみたいなものだろう。
「自分自身のカメラなんてものは持ってないし、それを買う余裕が今はない。だから、姉貴が借してくれたら入部するよ」
「そう来たか」
花山は少し悩んだ後、
「良いよ。明日まで返事を待つことにするよ」
はっきりとした物言いで言葉を返した。
そこには、“借りる事が出来るか否か”そういう勝負に乗ってあげるよ、という挑戦的な雰囲気を醸し出している。
勝負というには一見あまりに他人任せな勝負だが、もしこれが勝負になるというならほぼ勝利はもらったのも同然だろう。
というのは、入学式の日の夜、写真を撮り忘れた旨を伝えるとかなり怒られた。「どうして写真を撮ることすらできないの? 貴方に頼んだ私が馬鹿だった」と小一時間ほどずっと説教された。
それ以来、機嫌が悪いらしく何か話をしても「そう」や「だめ」としか返事が返ってきていないのだ。
今日もその流れでカメラを貸してくれと言っても「だめ」と返って来るだろう。
今、姉弟間がそういう事情になっているなど花山は知る由もないだろうが、こちらとしてもいちいち言うつもりはない。
この勝負、もらったな。と思いつつも、
「じゃあ、今日聞いてみるよ」
とだけ言葉を返した。