ゆめまち日記

Chapter 9 - 時回り 空回り④

三ツ木 紘2020/09/02 07:52
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ーー翌日。


 自称ではあるが、自分は朝には弱くはない方だと思っている。

 実際に今まで遅刻をしたこともないし、学校にギリギリに駆け込むなんてこともしたことはない。


 もちろん今日もその点は正常運転でバッチリ八時過ぎには学校には着いていた。

 しかし、今日はいつもと違うことがあった。


「おはよう、時枝」

「ああ、花山か。おはよう」

「おやまぁ、今日は目に見えて瞼が重そうだね。深夜にずっとゲームでもしていたのかい?」

「いや、少し考え事を」

「ほう……。まあ、体を壊さない程度に頑張りなよ」

「ああ」

生欠伸を堪えながら返事をする。


 そう、いつもと今日で違う事というのは圧倒的な睡眠量である。


 もともと奥の手にしていた海老根から自分で考えろと言われてしまい一晩中考えてはいたのだが、結局何も思い浮かばなかったのだ。


そんな状態では集中力も半減してしまう。結果、授業中の質問で間違えてしまったり、簡単な計算を間違えてしまったりと弱り目に祟り目だった。


「おいおい、らしくないな」


ようやく午前の授業も終わり、一時の休息を得た自分に話しかけるものが一人。


「あの程度の簡単な問題ならすぐに正解も出せただろうに」

「そのはずなんだが、今日は頭が回ってないみたいだ」

「そのみたいだね。もしかしたら、昼飯でも食べたら少しはましになるかもよ」

「そうあって欲しい」


切実にそう願う。


 エネルギーを補給すれば確かに何とかなるのかもしれない。

 母親手製の弁当を広げる。卵焼きやソーセージなど一般的なものしか入っていないがこの質素さが性に合っている。


「毎日弁当だけど自分で作っているのかい?」


売店で買ったであろうパンを頬張りながら聞いている。


「いや、母親が作っている」

「へえ、それはいいね。母さん、料理はからっきしだから羨ましい限りだよ」


花山が羨ましいなんて珍しい。どちらかというなら寧ろ自分が花山を羨みたいくらいだ。




 食事もそろそろ食べ終わろうかという時に声を掛けてくる人がいた。それを見て花山も驚いているようだった。

 東雲が申し訳なさそうに自分と花山の前に立っている。


「時枝さん、花山さん食事中すみません。今、大丈夫ですか?」


その声はとても強張っており、いつもの感じとは全く異なっている感じがした。


 もちろんいつもの東雲を知っているわけではないためにもしかしたらこれが本当の東雲かもしれないのだが……。


「ああ、大丈夫だよ、東雲さん。どうしたの?」


驚いていたはずだが咄嗟に対応できる当たり流石花山である。


「えっと、時枝さんに言わなければいけないことが……ありまして……」


だってさという風に花山はこちらに目配せをする。花山からの意図を受け取り東雲に話しかける。


「どうしたんだ?」

少しの沈黙を感じる。


 多分東雲の頭の中では言おうとしていることは決まっているのだろうがそれを言い出す最後の勇気がまだ出てないのだろう。


 ようやく次の言葉を口にしたのはしばらくしてからだった。


「今日、調子が悪そうなのは、もしかして私のことで何かご迷惑をおかけしているのでしょうか? ……本当に申し訳ございません」

深々と頭を下げる。


 急に謝られても言葉が思い浮かばない。返答に困っていると

「大丈夫だと思うよ」

花山がそう答える。


「東雲さんと時枝の会話に僕が入るのは野暮だけどさ、時枝は中々やる気は見せないけど、やるって決めたことはしっかりやる方だろうし東雲さんのことを考えていたせいで集中力が続かない、なんて思ってないはずだよ。そうだよね?」 


ナイスフォローである。

 そんな言葉がよくもまあそんなすぐに出るものだ。


「ああ、確かに今日は集中力が切れやすいがその原因に東雲が入ることはない」


東雲は相変わらず涙腺が緩い。


 しかし、やはり人前では涙を流したくないのだろうか必死に堪えているのがよくわかる。

 自分の前ではよく涙を流している気がするが……あれも泣きたくて泣いているわけではないのだろう。


「ありがとう……ございます」


東雲は立ち去ろうとする。時枝はそのまま見送るつもりだったのだが、その横で花山が東雲を呼び止める。


「ちょっと待って。少し話は時枝から聞いているんだけど、友達作りを時枝に手伝ってもらっているんだってね」


もちろん言った覚えはない。

 花山が自分を見ていてそう感じたのだろう。その問いかけにもう一度東雲は振り返る。


「自分の相談に乗ってくれる“友達”がいるなんて僕は東雲さんが羨ましいって感じちゃうな」


花山は爽やかな笑みを浮かべる。


 もう一人第三者がいて、この状況を見ているならその笑みは東雲に向けられたものと答えるだろう。

 しかし、自分には東雲だけでなく、自分にも向けられているのではと感じる。 

 花山の言葉を改めて考える。


 そう言えば自分が東雲と友達になろうとは言っていなかった。あくまで自分ではない誰かを探すことに必死になっていた。

 最初の一人を探すとして、一番手っ取り早いのが自分であることに全く気が付かなかった。


花山は「ごめん。それだけなんだけどね」といい残し、教室を出る。 


教室に残ったのは東雲と自分、と少々だった。


 少し言葉を整理し東雲に話しかける。


「すまん。昨日、いろいろと考えてみたんだがあんまりいい案が出なかった……。でさ、さっきの花山の言葉になってしまうんだが………」


一旦息を飲む。


「最初の友達って別に自分でも大丈夫か?」


面と向かって友達になってくれないかというのは結構恥ずかしい。


 沈黙が流れる。まるで告白でもしているかの気分だ。体中から汗が流れる。 


 東雲が返事をした頃には汗だくになっていた。


「私も失念していました。私のことをこんなにも考えてくださる人を友達と呼ばずなんと呼びましょうか。………時枝さん、不束者ですがよろしくお願いします」


東雲の顔は先ほどまでの緊張した表情から今は穏やかな表情へと変わっている。


 それを確認したところでずっと感じていた緊張が解けようやく汗が止まる。緊張が解けたからか自然とふぅと息が漏れる。 


「あー、緊張した」

「それは私のセリフですよ。ここに来るまでにどれほど悩んだことか」


一生懸命いかに精神をコントロールするのが大変だったかを説明する。

 その姿はとても愛くるしく見えた。


自分と同い年だけれども、全く違う人生を歩んできた自分と東雲。

 世間で十分なほど活躍してきた東雲には失礼なことなのかもしれないが、このような苦手なことがある彼女の方が自分達と同じ人間、高校生として近しい存在だなと感じていた。


 少し説明に疲れたのかその場にあった椅子に腰かけ息をつく。そして窓から見える空を見上げながら言葉を漏らす。


「でもよかったです。少しは高校生らしくなれたのでしょうか」


多分誰に向けられたでもない心の声なのだろう。それが自然と漏れてしまったといった感じだろうか。


「そうだな」


しばしの沈黙が流れるのだった。

 しかし、その沈黙は決して心苦しいものではなく、清々しかった。もしかしたら一つの約束を達成したことがそうさせているのかもしれない。


これもここまでアシストしてくれた海老根と花山がいたからだろう。そう考えると改めて自分にはいい友達が付いているのだと感じる。

 そして、また一人、その中に入ってくるのを心の隅で感じていた。

   



 一仕事終えた後、ラウンジへと向かう。

 ラウンジは五階の階段の脇のスペースに設けられており時々生徒が利用していた。


 一仕事といっても少し助言する程度だが、それだけで意外と変わるものである。

 どのように変わったか気になるところではあるがそこは後日、本人から確かめればいい。


「こっちこっち」と友達に呼ばれる。


 先に来て席を取っておいて貰ったのだ。

「ありがとう」そう言葉を返す。


 いつもこうして他のクラスの友達や自分のクラスの友達と会話をする。普段は他愛もない会話がメインだが今日は少し違うようだった。


「で、どうなったのよ。その後」


どうなったと言われてもわからない。むしろ聞きたいのはこちらである。


「んー。わからないかなぁ」

「えー。わからないってどうするのよ?」

「とにかくは経過観察かな」

「そんなことじゃあその人取られちゃうわよ?」

「取られるってそんなこと」


友達は話のネタとして楽しんでいるのだろうが、こちらもそれなりに考えて動いている。


 ここであることに気付く。


「ちょっと待った。取られるって何よ」

「そんな怒らないで、凛。でも本当のことでしょ」


友達は笑いながら宥める。


「別に翔はそんなんじゃないわよ。ただの幼馴染よ、た、だ、の」


もちろん全く気にしていないわけではない。

 しかし、今は何か出来るわけではなく、何より今回のことは彼自身が望んでやっていたのだ。

こちらとしては手伝ってあげたいというのが本音だった。


「それならいいけど。でも、わざわざその東雲って子に助言する必要はなかったんじゃないの? ねえ」


その友達はもう一人に振る。もう一人は読んでいた本から目を離し

「凛、強がりはダメよ」

ズバッと言い切る。


 普段集まっているメンバーの中でご意見番的な存在の彼女の言葉は少し重かった。


「うぅぅ――」

少し唸った後机に並べられていたお菓子に手を出す。


「あっ、凛せこい! それ私買ってきたやつ!」

「取ったもん勝ち―!」


確かにどうなるかはこちらにはわからないが少なくとも今はこの友達と楽しみたい。それが今一番強く感じるのであった。