ゆめまち日記

Chapter 1 - 始まりはいつも雨①

三ツ木 紘2020/06/22 12:44
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 自分達の学校は派手な催し物が好きらしく、入学式に様々な有名人を呼んでいる事でネット上では密かに話題になっている。それが目的でこの学校に来る人がいる程なのだから凄い事なのだろう。


 ところが自分のような芸能に関してあまり興味のない人間にとってはさほど面白い行事でもない。自分がこの学校に来たのは家から近いことと大学の進学率がいいからに他ならない。


 その他の事に関して興味が持てないのだ。


 そんなことはさておき四月四日――つまり今日、入学式があるのだった。


 家から近いという理由だけでこの高校を選んだ事からも中学時代の知り合いが大勢いるものだと思っていたがそうでもないらしい。


 自分の予想でしかないが、ここよりも都会の高校に受験したのだろう。

 個人的にはここはそれほど田舎ではないと自負しているが間違いなく都会とは言えない。小学生の頃は裏山に鬼が出るとか墓地で人魂を見たとか、そういう作り話が流行っていたということを考えると田舎なのかもしれないが……。


 綺麗にアイロン掛けされた制服を身に纏って家を出る。外はまだ朝霧が残っており、太陽の光が反射して赫々と輝いていた。

 入学式と名の付くものは何回か経験してきたが、いずれも雨の日だった。これからの高校生活は何か縁起の良い事があるかも知れないと考えながら使い慣れた自転車に跨る。


 古くなったアスファルトを自転車で走った時のガタガタした感じもずっと昔から慣れたものだった。

 いくつかの細い道を抜け、広い道路に出る。

 この付近に駅があるためか学生や会社員がたくさんいる。

 彼らは駅に向かっているようだが、自転車はその流れに逆らって進む。ある程度進むと人だかりも少なくなる。


 大きな道路もやがては終わりがあるもので突き当りには川が見える。そこを左に曲がり少し走ると川と並走するような形で学校の壁が見えてきた。

 都会の学校よりもはるかに大きいであろう学校の壁を並走しながら門まで自転車を走らせた。


 田舎の学校ということで土地も広くとれるのだろう、駐輪場も割と広い。特に指定の場所があるわけではないらしく、手頃な場所に自転車を止め、入学式の会場だという学校の会館へ向かう。


 受験の時に一度来たとは言えやはり広い。会館と書かれていてもどの建物がその会館を指しているのかいまいちピンと来なかった。


 どこに会館があるのかがわからなければ折角早く来た意味がなくなってしまう。誰かいないものかと周りを見渡す。

 とはいっても時間が早いせいか、もしくは場所が悪いのか誰も見当たらない。


 誰かを探そうととりあえず目の前にある建物の扉(おそらく体育館であろうが)を静かに開ける。

 どうやら鍵は掛かっていなかったらしく少し軋みながら開く。


 やはりそこは体育館のようだった。


 極々一般的な作りで多少古い以外はどこにでもありそうなものだった。

 場所が場所だけにさすがに人はいないかと思いながら引き返そうとした時、どこからか声が聞こえる。


 体育館では声が響いて音の発生源が特定しにくい。


 よく耳を澄ませて聞いてみるとどうやら奥にある舞台の方から声は聞こえてくるようだった。始めは暗くて何も見えなかったが目を凝らしてよく見てみるとどうやら人がいるようだ。


 何のために声を出しているのか、なぜこんなところにいるかなど少々疑問はあったがとにかく人がいるのは丁度よかった。


 近づいていくとその声の主の姿が少しずつ鮮明になってくる。どうやらここの制服を着た女の子らしい。

 遠目から見てもその容姿がかなり良いことはよくわかった。

 長い髪は背にかかる程であり、掛けている眼鏡によるものなのか知的そうな印象を受ける。その姿を見ながら彼女に近づく。


 こちらがその容姿をしっかり認識できる段階に近づいて初めて向こうも気付いたらしかった。

 彼女はあからさまに動揺しているようだった。


「あ、貴方は誰ですか?」


 御淑やかそうな印象を裏切る声量に少し驚く。強張った表情を見るに豪く警戒されているようにみえた。

「えっと、自分は時枝ときえだかけるっていうんだが……。……すまん。何かの練習中だったんだよな?」


 彼女は自分の腰が引けている様子を見てか少し申し訳なさそうに言う。


「すみません。大きな声を出してしまって……。その……この発声練習にはあまり気にしないでください。いつも発表前とかにやっているんです」

「今日は何かの発表を?」

「はい。実はこの学校で入学式があって、そこでちょっと舞台に上がらせてもらうんです。そのために練習を」

「へー、すごいな。生徒代表みたいなものか」

「そうですね。今年からここに入学してきました」

「じゃあ、同じだな」

「そうなんですね。もう同い年の方とお会い出来るなんて」


 まるで珍しいものでも見るかのように見つめられる。同年代の人なんてそこら辺に沢山居るだろうに……。あんまり見られると気恥ずかしい。


「ところでなんですけど、どうしてこんなところに入ってきたんですか?」


 それを言われ今の今まで忘れていたここに入ってきた理由を思い出す。


「ああそうだ、聞きたいことがあるんだが、この学校の会館ってどこにあるか知ってるか? 場所がわからないんだ」

「ああ、それでしたら校舎の隣にある屋根がドーム状になっている赤い屋根の建物ですよ」

「そうか。ありがとう」

「どういたしまして」

そうだ、と続けて

「自己紹介、まだでしたね。私、東雲しののめ美咲みさきって言います」


 彼女はにっこりと笑う。体育館の窓から入る朝日が彼女を明るく照らし出した、ように見えた。


「そうか……。練習の邪魔をしちゃ悪いしそろそろ行くよ」

「はい。また後で」

 彼女がそう言い終える前に体育館を後にした。





 まだ入学式にまで時間があるのにもかかわらず、会館の入り口には想像よりも多くの人が来ているようだった。


 しかし、おそらくは有名人を一目見ようと集まった一般の人達が大半だろう。有名な人を拝むためにこんな朝早くからご苦労様です、と思いながら彼らの横を素通りし館内に入る。


 館内には生徒分以上のパイプ椅子が並んでいた。たぶん保護者やその親戚のために用意されているのだろうが、外の景色を見るに毎年あのように何にも関係のない人が見学しに来るのだろう。


 そんなことを思いながら一番最前列に座る。外の人達とは異なり館内の学生の数は少ない。


「ったく。姉貴の奴、早く行かないと損するぞーってたたき起こす必要なかったじゃないのか」

 姉の事を恨めしく思いながら溜息をつく。


 自分が早く家を出たのはもちろん遅刻しないというのもあるが、姉の美波みなみが叩き起こしたのが一番の原因だった。


 どうしてそんなに早く起きなければならないのかを聞いた所、姉曰く、芸能音痴のあんたには今からでも芸能の世界を知るべきだ。だから今日は学校に一番乗りをして良い席を取って来い! と朝ご飯を食べている最中熱弁された。

 それをはいはいと聞き流しながら促されるままに準備しているとこんな時間になったのだった。


 姉が自分に早く行かせるのには何か裏があるというのは薄々感づいてはいた。その勘は当たっていて、家を出ていく時に、このカメラで写真よろしくね、と笑顔で渡された。


 弟という立場から考えると姉というのは圧倒的な権力を持っている存在だ。故に反論する余地もないまま姉の希望を押し付けられたのだった。

 肖像権とかは大丈夫なのかと聞いた所、特に問題ないらしい。


 おそらくは自分の子供の入学式の写真を撮りたいという親に対する許可なのだと思うが、姉はそんなことなどお構いなしのようだ。


 このあたりで察してほしいのだが姉は芸能オタクである。色んなバラエティー番組や音楽番組、ドラマ、映画、アニメなどを見続けてはそれを録画しデータとして保存している程だ。

 しかし、単なるインドア派のオタク系女子大生かと思えば、他の部活の助っ人に呼ばれて活躍する程運動神経も兼ね備えている。


 そんな姉の頼みは面倒だという思いがあったのだが、断って機嫌を損なわれても困るのでとりあえず表面上は快く引き受けたのだった。