Chapter 16 - ファーストバレット1
真夜中の倉庫、その中で二人の女が命を懸けた戦いをしていた。
「ツメが甘いどころか、まだ子供じゃない。あなた名前は?」
冷たい銃口を向けられている先の女の口からは冷たい声と呆れたを声を発した。彼女は馬乗りするように幼い奏莓を取り押さえていた。力の無い幼い奏莓は彼女を退けるすべもなく、諦めたかのように自分の名前である「呱々葉奏莓」と呟いた。
「呱々葉奏莓か。あなた、誰の命令でこのゲームに参加してるの?それとも誰かの代理でしているの?」
「私は、私個人の想いでやってる。父のためにこのゲームに参加した」
思いもしなかった言葉に女は若干戸惑いながらも銃口はしっかりと奏莓の顔にと向けていた。まだ幼い彼女は自分の意志で殺し合いに参加していると言ったのだ。キャロルはそのことに憤怒し、冷たく怒りの混じった声で銃口を更に彼女にと突き刺して責めるようにして言った。本来であればここまでお人よしでも無ければ無干渉であるのだが、この時は違った。
「父のためにって?そんな理由であんたは他の誰かの願いを踏みにじれるの?そんな甘ちゃんでよくも生き残れてきたわね」
その言葉は奏莓の今までの行動の全否定に近いものであった。それがとても許せず、奏莓は彼女を睨みつけ彼女にと唾を吐いた。
奏莓の唾を顔にと受けたキャロルはそれを拭おうとはせず、ただ奏莓を見ていた。その時のキャロルの目は悲哀と戒めの眼差しであった。戦いではキャロルは既に勝っていた、それでもキャロルは気付けなかったことを悔いていた。たった一人の|娘《少女》の命を危険に晒したのだ、他の誰かであれば迷わず殺していたが彼女は別であっただろう。しかし呱々葉奏莓と言う存在は自分にとって特別だったのだ。
しばらくしてキャロルは銃を下して跨っていた足を退けて立ち上がり奏莓を見下ろすかのようにして言った。
「いいわ、ツメが甘いあなたを育ててあげる。エンジェルバレットでの生き方を教えてあげるからあなたの家まで案内しなさい」
「なんで、私を殺さないの?殺してシルバーバレットを取ればいいだけでしょ?」
するとキャロルは立ち上がろうとする奏莓に顔を近づけ、ジーっと見つめて「あなた何歳?」と問いかけた。それに対して奏莓は「十五」とだけ答えた。
「そうか、と言う事は日本で言う中学三年生か。飯は私が用意してあげる、エンジェルバレットについては私の言うことを聞きなさい。生かしてあげたんだからそれくらいの言うことは聞きなさい。いいわね?」
「別に、生かしてくれだなんて命乞いしてない。殺したければ勝手に殺せばいいじゃない」
まったくとってその通りであった、命乞いなどしていないのに生かされるなど奏莓にとってはこれ以上に無いほどの屈辱的なものであった。
するとキャロルは奏莓と同じ目線になるためにしゃがみ込んで奏莓の髪を掴んだ。顔を近づけるようにして顔を覗き込ませてキャロルは睨みつけるようにして小さな声で言った。
「残された者の事も考えなさい、誰かの為に戦うって事はそう言うことよ。それを心に刻みなさい」
あまりの言葉に奏莓は肝を抜かれたように放心状態となり、立ち上がるキャロルをただただボーっと見ていた。
立ち上がったキャロルは放心状態となっている奏莓を見て、さっきとは真逆の陽気な声で「行くわよ」と言った。その様子に奏莓は、ポカーンとキャロルを見ていたがしばらくして我に戻り立ち上がり、キャロルの歩いている方へと奏莓は急いで歩き出しキャロルの前をいそいそと早歩きをしだした。
「なんだい?私を案内してくれるのかい、あんなに言っておいた割には乗り気じゃない」
「私はただ、家に帰るだけ。ついて来たいなら勝手にして」
そう奏莓は言うとキャロルが自分の家に来ることに文句は言わずただ「勝手にして」とだけ言って自分の帰るべき場所の家へと黙って歩き出した。
始めは何かの冗談か何かと奏莓は思ったが、キャロルは平然と、さも当たり前のように奏莓の後ろを歩いて付いて来ていた。なぜ自分なのかが分からず、疑問に思い奏莓は歩きながらキャロルに問いかけていた。
「なんで、私なの。今まで殺してきたくせになんで私を育てるだなんて言ったの?」
「そう言われると返しようがないな。確かに殺してきた、だけどそれを正当化する気なんてない。あなたを育てたいと思ったのは気まぐれ、そう気まぐれよ。でも、それで強くなれるんだから利用しなさい。私を殺そうとするのもその後にすれば、えーと、確か一石二鳥よ。あなたは強くなれてもしかしたら私を殺せてシルバーバレットが手に入る。悪くないでしょ」
キャロルはさらっと自分が殺されることを前提に言っているがこの時の奏莓は酷い冗談か何かと思えた。なぜならば、この女を殺すだなんて奇襲か大勢で襲わなければ殺せないだろうと思ったからだ。そうでも無いと彼女には勝てないと奏莓は戦って実感したからだ。彼女の行動は一つ一つが地味であるがそれらの一つ一つが確実に相手を屠るだけには充分、充分過ぎる程の行動である。そして一歩でも判断を間違えれば仕掛ける側が負ける、それを奏莓は先ほど戦いで身をもって知ったのだ。
その冗談に似た言葉を奏莓は舌打ちで返した。それに対してのキャロルの反応はただのにやけ顔であった。その様子を先を歩きながら横目で見ていた奏莓にはそれが挑発的な意味に見え、苛立ちは強くなった。
「じゃあ、こっちからも質問。誰からの招待でエンジェルバレットに参加したの?」
専守交代と言わんばかりにキャロルは奏莓にと質問した。その質問に奏莓はあの時の、招待状を渡してきた男の姿を思い出しながら言った。
「アロハシャツを着たグラサンのおじさん。名前は聞かなかった」
するとキャロルはその解答に言葉では無く舌打ちをして爪を噛みながら何かを睨むようにして「あの野郎」と奏莓には聞こえない声で言った。その反応が奏莓には酷く、本気で怒っているように見え、怒ると怖いのだなとだけ奏莓は思い詳しくは詮索しない方がいいだろうと思った。
そして奏莓は自分の家にと就き、ポケットから鍵を取り出し、扉を開けて「ただいま」と言い家にと入って行った。それを追うようにキャロルは「おじゃましまーす」と言い家に上がって行った。そしてキャロルは自分の家かのように躊躇いもせずソファーにと座った。その様子を奏莓は呆れて座るキャロルを上から目線で言った。
「礼儀ってものが無いの?それともそういう性格なの?」
「ん?まあね。礼儀とかそう言うのはめんどくさいからね」
キャロルは奏莓の質問を気にも留めず、むしろ自慢げにして言った。「あっそう」とだけ奏莓は言うと自分の部屋にと向かって歩き出した。その様子にキャロルは「どこに行くんだ?」と問いかけると奏莓は不機嫌そうにして言った。
「自分の部屋で寝るの。悪い?」
「別に、私はこのソファーを寝床として使わせてもらうから」
自分の部屋にと向かう奏莓を見送るようにキャロルは手を振るが、それに対して奏莓は何の反応も無しに、バタンと扉を力強く閉めて部屋の中にと入って行ってしまった。これには流石のキャロルは苦笑いを浮かべるしかなかった。しかしその苦笑いとは裏腹に計画的な表情がそこにはあり「頃合いかな」と呟き携帯を取り出し誰かに電話を掛けだした。
「もしもし、メル?今日凄いことがあったわよ、それと報告があるわ」
『はいはい、何かしら。この時間に掛けて来るって事は帰れなくなったの』
「まあ、単刀直入に言うと私の娘を育てるってとこかしら?」
キャロルの単刀直入と言う言葉はあまりにも直入過ぎてメルベルは少しの間沈黙を続け『どう言う事?』と事の事態を少しでも理解しようとするため詳しいことをキャロルにと問いただした。
「まあ、あれだ。結婚相手の娘さんなんだよ、戦った子がさ。そしたらさ、腹立たしく思っちゃったんだ自分のことが。だからさ――」
そうキャロルが続きの言葉を言おうとした時だった、電話の奥から普段のおとなしいメルベルとは縁が遠い強い怒号の言葉がキャロルの耳を襲った。
『お姉ちゃん、いくらなんでも甘すぎるよ。エンジェルバレットは身内とかは関係無い、例えそれが実の娘であっても。確かに気持ちは分からなくも無いけどお姉ちゃんは・・・』
怒号の声には悲しみに混じった声があった。その声を聞いたキャロルは自分の甘さに少し反省をし、悲哀の混じった声で言った。
「確かに、あの時と比べると甘くなっていたかもね。だけど、それと同時に自分の無力さに憤りを感じたのさ、子供をこのゲームに巻き込んだことをさ。奏莓は、私が再婚相手だってことは知らないみたいだからそれに関しては言う必要は無いと思う」
『どうして?言わなきゃダメだよ、だって、だって今のお姉ちゃんは・・・』
「奏莓の親だって?それは違うよ、娘に全ての責任を押し付け、ましてや殺し合いのゲームに参加するのを見過ごした私は親じゃない――だけど、それでも娘の世話は見なきゃいけないからね。だから、奏莓に会ったとしても私のことは黙っててくれ」
キャロルは電話越しのメルベルに苦笑を浮かべて頼んだ。
メルベル自身もキャロルの気持ちは分からなくも無かった、それはいつも一緒にいた妹であるメルベルだからこそ分かるものであった。しかし、それでも少し虚しいものがあった。キャロルがそのことを黙っていると言う事は奏莓を騙すと言う事だ、自分が奏莓の父功成の再婚相手だと言うことを知らさずに育てると言うことなのだ。それはつまり、奏莓の母として育てるのではなく他人として彼女を育てると言う事なのだ。
「苦しくないのか、って反応だな?メル。確かに娘に最後の最後まで母さんって言われないのは辛いがそもそも血も繋がってないからな――」
『最後までって、ずっと騙す気なの!?お姉ちゃんは騙され続ける奏莓さんの気持ちを考えたことある、もしもあなたが死んで、死んだ後に奏莓さんがそのことを知ったらどんな気持ちになると思う!?お姉ちゃんのよく言う言葉をそのまま返してあげる、残された者の事を考えなさい』
そうメルベル啖呵を切って言いたいことを言い切ったのか、息をハアハアと電話越しのキャロルにもはっきりと聞こえるほどに乱して言った。メルベルの言うことは正しかった、メルベル曰く自分がよく言う「残された者の事を考えなさい」その言葉がまさか自分に向けて言われるとは思ってもおらず、少し呆気に取られたが少し考えればまさしくその通りだった。今のキャロルの考えは残された者の事をそこまで考えていなかっただろう。それでもキャロルは一度決めた気持ちに揺らぎは無く覚悟の籠った声で言った。
「確かにね、メルベル言う通りかもしれない。だけど、間違ってるぞメル、私は最強のクウェール・ペンネだ。私が負けるだなんてあり得ない。だから、私のことを信用してくれないか、メル」
どこからそのような自信がキャロルから湧き出るのかは分からないがメルベルはその口癖を信じ付いて来た、それは今までもこれからも同じであるだろう。だから今回もメルベルはその言葉を信じキャロル・クイーンに、クウェール・ペンネに付いて行こうと決めたのだ。