Angel Bullet

Chapter 13 - 3カートリッジ

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 黒鵜からの呼び出しは突然であった。キャンサーは心当たりが無くも無かった、いや絶対そのことであるだろうとの自信があった。それは今日の早朝、何者かが自分たちの拠点に強襲したのだ。とは言っても仕掛けてきた相手も一人だったため応援に駆けつけてきたキャンサーによってことを終えることはできた。問題となるのはその後のことであった。被害はそれでもかなりのもののため今黒鵜とキャンサーのいる平屋を大勢で襲われれば間違いなく負けることは確実であった。キャンサーはそのことを問われるのだろうと思いながら黒鵜のいる部屋の扉をノックした。するといつものように黒鵜の「入れ」との言葉を聞き「失礼します」と言い部屋の中にと入って行った。

 黒鵜は何やらいつもとは違う様子であった。いつもならば自分の椅子にと座り落ち着いた素振りなのだが、今の黒鵜は椅子には座っておらず立っており窓の外の風景を見ていた。

「キャンサー、今回の強襲についてどう思う?」

「間違いなく計画的なものかと。いくら一人で仕掛けてきたからと言ってタンクローリーでの突撃は計画的としか言えません」

 キャンサーの言う通り拠点を強襲して来た者はタンクローリーに乗り拠点にと物理的な意味で突撃してきたのだ。そのため被害が大きかったとも言える。そしてもう一つの被害が大きかった理由は、相手の動きがパーシェのように銃の使い方を完全的に使いこなしている訓練された動きそのものであった。今でも彼女を退かせたことが奇跡だとしか言いようがないくらいキャンサーには奇跡的としか言えなかった。それでも退かせただけのため大きな傷跡が残ったのは確かだ。試合に負けて勝負に負けたとはまさにこう言うことなのだろうとキャンサーは噛みしめた。

「やはりそうか、となれば次の一手が来る前に何とかしなければならない。そこでだ、キャンサーお前に頼みたいことがある」

 その頼み事は突然の事であった。キャンサーはそれが嬉しく、自分が黒鵜に必要とされていることが嬉しくて気の入った声で「はい」と言った。その様子に黒鵜は少し戸惑いながらも声に出して言った。

「物信を掴まえろ。彼を人質とすれば奏莓は必ず動くはずだ、そうでなければならない」

 黒鵜のその言葉に思わず「は?」と言う声を漏らしていた。黒鵜は人質を使うと言う卑劣な行動を今までしてこなかった、キャンサーの知り得る限りでは必ず道理にかなった行動をする。それなのに人質というとても卑劣な行動に疑問を持った。そしてそれと同時にここまで追い込まれているのかとも思った。

「お前のその反応は分かる。だが、この場面を打開するには早急に勝たなければならない。お前に渡したシルバーバレットを合わせて五発、つまり後一発でも手に入れば勝利条件が揃う」

「待ってください父さん。確かに後一発で条件が揃うのは前にも聞きました。が、だからと言って関係のない人を巻き込むのは父さんの信念に逆らうことになります。まさか、パーシェの入れ知恵ですか!?」

 キャンサーは少し荒げ、自分でさえ分かるくらい落ち着きを乱して言った。それほどにキャンサーには許せなかったのだ、パーシェのことが。自分の父の信念を曲げさせるような入れ知恵をさせたことが。黒鵜が世間風に暴動団体の主犯格と言われてはいるがその暴動に一度としても関係のない人を巻き込んだことが無かった。関係のない人を巻き込まないことは簡単で難しいことだが黒鵜は今までそれを実行していた。それは黒鵜自身の信念なのだ、それを知っているキャンサーは黒鵜が関係のない人を巻き込まないはずだと思い真っ先にパーシェの入れ知恵なのだと思った。

 落ち着きを欠いているキャンサーの様子を見て黒鵜は落ち着きを取り戻させるために「落ち着け」と力強い声で活を入れた。するとキャンサーは自らが落ち着きを欠いているのだと改めて理解した。そしてキャンサーは深呼吸をし、一息吐いてから「失礼しました」と言い一礼した。

「分かればいい。それに、パーシェの情報によれば物信と奏莓が共に行動していたのを見たらしい。彼曰くデートをしていたように見えると言っていた。となれば物信と言う男は奏莓の想い人、それに近い者となるそうであれば関係の無い者では遠からず無いだろう」

「ですが、それは。不確定的で、この戦いに関係あるかどうかはまだ分かりません。それに、彼は・・・」

 何かに迷っているキャンサーを見て黒鵜は強く、そして鋭い眼光でキャンサーを睨みつけ勇ましい声で言った。それはまるで何もかも吹き飛ばすほどに力強く。

「なぜ、なぜお前は悩むのだ?差し当たってこの物信と言う男とは何の関係もないお前が何を悩む必要がある?」

 分かりました、そう言えればどれだけ楽な事か。キャンサーは怖かった、物信が奏莓と何の関係も無くただ一緒にいてこの戦いには関係がないかもしれないということが。もしもそうであり彼を人質としてしまえば自分は父の信念である関係の無い人を巻き込まないと言う信念を曲げてしまうのではないか。キャンサーはそれが怖かった。

 キャンサーはその場しのぎの「はい」を静かに言い、逃げるように部屋から駆け足で去り、さっきまでいた部屋とは反対的に位置する自分の部屋にと逃げ込むようにと入って行った。

 キャンサーの部屋はとても簡素なもので、ベッドと机があり、あとは本棚があるだけの簡素的な部屋であった。特にこれと言った趣味も無く置く物があまり無かったのだ。時には黒鵜にもこの簡素さが心配されたこともあるがキャンサー的にはこの簡素的な方が落ち着くのだ。しかし今はあまり落ち着けられなかった。今の黒鵜は明らかにキャンサーが知り得る黒鵜の姿ではない。それがたまらなく怖く、不安で仕方なかったのだ。

「父さん、なんでそんなに・・・」

 誰に質問するでもなく独り言を呟く。当然返答など来るはずも無く静寂な空間がキャンサーを取り囲む。その静寂は今のキャンサーには酷くじれったいものに感じられるほどの鬱陶しいものであった。なぜ鬱陶しいのかは分からないが少なくともキャンサーにはモヤモヤとした鬱陶しいに近い感情として感じ取れたのだ。

 すると、その鬱陶しいく感じる静寂さを晴らすかのようにキャンサーの胸ポケットからスマホから電話を知らせる音が鳴り始めた。

 誰かと話せばこのモヤモヤも少しは晴れるのかと思ったのかキャンサーは自然とスマホを取り出し通話を押して耳に当て「キャンサーだ」と言っていた。

『ちよこだけど、今大丈夫?』

「あぁ、少しは落ち着いたから大丈夫だ。それで、なんだ」

 キャンサーはちよこの声を聞き、少しは自分の気が落ち着いただろうと思い大丈夫だと自己申告するようにちよこに言った。しかし何があったのか分からないちよこはそれが心配で『どうしたの』と安否確認をするようにして言った。

「ただの内輪揉めだ。父さんが、物信君を人質にして奏莓をおびき寄せるとか言いだしてね。こんなの父さんのやり方じゃない、それで少しね」

『・・・そうなんだ。それでね、キャンサー。今日会って話してみたんだ、前に言っていた初恋の人に』

 少しの間の後にちよこはそう言った。

 ちよこの言う初恋の人、キャンサーは前にちよこに聞かせて貰い、自分を救ってもらった恩返しのためにその人を探す手伝いもしていた。とは言ってもそこまで情報も無く見つけることを薄々と諦めていたがちよこはその初恋の人に会って話したと言う。その言葉にキャンサーは自分のことのように喜び「どうだった」と聞いた。しかし帰って来た声は歓喜とは逆の涙の混じった悲しみの声であった。

『駄目だった、駄目だったの。私は覚えていても彼は覚えてなかった、それに彼には彼女もいた。やっぱり私には・・・』

「ま、待てよ。もしかしたら違うかもしれないだろ、顔が似てるとかよくあることだろ?その可能性だって」

 それでもちよこは泣き止まずただ泣いていた。そして暫くして小さな声で何かを言った。その何かを聞き取れずキャンサーはもう一度聞くため「なんだ?」と呼び掛けるようにして言った。すると今度はキャンサーにも聞き取れるほどの声で言った。

『物信、私の初恋の人は物信さんだった。だって、だってあの時確かに自分のお父さんのことをオヤジって言ってた。私の初恋の人もあの時オヤジって言ってたから』

 その言葉でキャンサーはある程度のことを推測できた。ちよこの言う初恋の相手はちよこと会った時にオヤジと言ったのだろう。そして物信は自分の父のことをオヤジと呼んでいた。その接点から同じ人なのだと思ったのだろう。しかし物信はさらに証拠となり得ることをキャンサーの前で言っていた。何故なら彼は自分の前でちよことその初恋の相手しかほぼ知り得ない言葉を言っていたのだ。その言葉は、苦しみの先には幸せがある。彼は確かにそう言った、あの時はまさかとは思ったが本当に彼だったとは。ちよこに初めてその言葉を教えてもらった時はその言葉をちよこに教えた男に一度は会ってみたいと思っていたがまさか既に会っていたとは。そう考えるとキャンサーは不思議と身震いがした、それは怒り、憤怒だ。キャンサーとしてではなくちよこの友人であるジュンとしての個人の怒りであった。

「ちよこ、僕からお願いがある。これはキャンサーでは無くジュンとしての個人の勝手なお願いだ。それでも聞いてくれるか?」

『ん?どう言う事?私はジュンでもキャンサーとしてのあなたのことならある程度のことは聞いてあげれるけど・・・』

 許せなかった、ちよこの友人であるジュンは物信のことが許せなかった。彼女を泣かした物信が許せなかった。彼女を救ったことはありがたい。が、彼女を泣かしたとなればそれは別だ。ましてや過去に彼女を救っておきながらそれを忘れたと言うのであれば尚更であった。自分のことを救ってくれた彼女を、友人である彼女を泣かすことが心底許せれなかった。

「僕はジュン個人として物信君を人質にするよ。そして奏莓を僕の手で殺す、手段はある」

 その言葉は酷く冷たく落ち着いた声であった。それでいて発している言葉は酷く個人的で恨みの籠った事であった。その様子がいつものジュンとは思えずちよこは少し震えた声で言った。

『どうしたの?そんなこと言っちゃってさ、私のことを心配してくれるのは嬉しい。けどそこまでしなくたって。それに、そんなことやっても私は嬉しくないよ』

「さっきも言っただろ、これは僕個人のことだ。僕は許せない、君を泣かせた物信君が。だから僕個人の理由で彼を捕まえる、だから――」

 そう続きを言おうとした時電話は切れてしまった、どうやらちよこが切ったようだ。彼女は何も悪くないとは分かっていても上手くいかないことに苛立ちジュンは舌打ちをした。

 そして暫くしてジュンは心を決め、パーシェから渡されたオートマグを内ポケットから取り出して決意の籠った声で呟いた。

「僕一人でも、一人でもやる。友を泣かす人は誰であって許さない――例えどんな人でも」