創世記


tetsu2020/06/05 06:50
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ちょっとホラーみのあるSFです

創世記

       ○

「世界」は誰が創ったのだろうか。誰しもが一度は考えることだろう。

 それは神なのか、それとも自然現象によって偶然生み出されたものなのか。

 これからお見せするのは「世界」に近づいた男の手記だ。

 

       ○

五月一日

 気づいてしまった。

 この世界は、なにかがおかしい。

 具体的にどこがおかしいのかってことはわからないけれど。

 もしかしたら、ただの勘違いなのかもしれない。

 受験勉強の疲れで変な妄想をしているのかも。

 でも、僕は日記をつけることにした。

 少なくとも今は、「異変」が存在していることが確かに感じられるのだから。

 

五月三日

 すぐには見つからないと思っていたけど意外と早くに「異変」は見つかった。

 受験勉強の息抜きだということにすれば浪人生の僕はある程度自由に行動できるから、それで探し回っていた甲斐があったのかも。

 結論から言うと、どうやら僕はこの町から出られなくなっているようだ。

 電車もバスも町内まで、車に至っては存在が無くなっていた。

 あと、地図がひどく曖昧になっているようだ。全体像でみるとそうでもないけれど、細部や国境が曖昧であった。

 これらはなにを意味しているのか……。

 

五月四日

 久しぶりにショーマに会った。大学生活はまあまあ上手くいっているなんてことや、「ソウタも頑張って来年は入って来いよ」と励まされたり、そういう話をしたと思うけれど、よく覚えていない。よく覚えているのは僕が「異変」について話した後からだ。

 はじめは「よく休めよ」とか言って、すぐには信じてくれなかったけれど真剣に話すうちにショーマの顔は段々と真剣になっていった。

 ショーマは特に地図の話を不思議がっていた。どうやら今の地図が標準で、国境や海岸線の曖昧なところも特に不自然なことは無いと言っていた。西洋史学科の彼にヨーロッパの地図を見せたのだからその言葉自体は疑うべくもない。

 でも、確かに不自然なんだ。この地図は。

 それとも、おかしくなっているのは僕の方なのだろうか……。

追記…ショーマは別れ際、昨日不思議な夢を見たと言っていた。どんな夢かと訊くと「研究室のような場所に居て、じっとしていた。あとは覚えていない」とのことだ。

 

五月六日

 少しずつだけれどこの町もだんだんとおかしくなっている。

 喫茶店では皆がアイスコーヒーとサンドイッチを机に並べている。というよりメニューがそれしかない。別に、いつも頼んでるやつだからいいけど。

 空にはドーナツ状の黒い雲が広がっていた。ちょうど真ん中の部分がこの町をすっぽりと覆っているようだ。

 あの黒い雲がこの町の上に来たらこの町も消えてしまうのだろうか。

 不安になって家に帰り、狂ったように勉強した。

 外はおかしいことだらけだ。

 でもこの家、この部屋、この勉強道具は確かにいつも通り存在している。

 それがありがたかった。

 

四月三十七日

 今日の日付は「四月三十七日」らしい。携帯を見てもテレビを見てもどこに行ってもそう表示している以上、今日は「四月三十七日」なのだろう。

 今日消えていたのでめぼしいのは、母校の裏側にある竹林、通っている予備校といった場所。

このままどんどん消えていったら最後にはこの家も消えてしまうのだろうか。

一体なぜこんなことになっている?

そういえば、消えたところにいた人たちはどうなっているのだろうか。

 

四月三十八日

 ショーマと連絡がとれない。

 携帯にも自宅にもかけているのに繋がらない。

 今日消えていたのでめぼしいのはあのカフェだ。お気に入りのやつ。

 いつかはもとに戻るのだろうか。

 

四月三十九日

 まさかとは思ったけれど、ショーマの通っている大学、つまり僕の志望大学が消えていた。

 ショーマはどうなった?

 ……消えてしまったのか?

 今日、他に消えたのでめぼしいのは母校の高校だ。二日前まで確かにあったのに今日になって消えていた。

 予想以上に「消える」ペースは速いのかもしれない。

 でも、どうすることもできない。

 今日は勉強はする気になれなかった。

 

四月四十日

 勉強道具が消えた。

 街行く人々が一人も見当たらない。

 ……。

 なんで僕は消えないんだろう。

 今日はなにもする気になれなかった。

 

四月四十一日

 外が消えた。

 窓の外には無機質な「白」が広がっているばかりで、ドアも開けられないし、ついでに言えば家の中の物を動かすことすらできなかった。

 食品サンプルみたいに固定されていて、引いても押してもビクともしない。

 今日もなにもする気になれなかった。

 ベッドの感触はたしかにあった。まだ存在している。

 まだ大丈夫、まだ、まだ。

 

五月十三日

 狂った世界に合わせるのは止めた。日付は僕の知っているものに戻した。

 今使っているこの日記帳とペンだけは、まだ存在している。

 ……あとはなにもかも消えた。

 このままいつか何もかも消えてしまうのだろうか。

この日記帳も、ペンも。

僕も、いつかは。

 消えたらどうなるのだろう。

 なにも考えられなくなる?

 ……恐ろしい。

 でも、この恐怖を感じているこの瞬間は、確かにまだ僕は存在している。

 この手記も、存在してる。……はずだ。

 ……してるよね?

 こわい

こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい

 

?月?日

 僕の身体は消えた。

 でも僕は目を覚ました。

 そこから見えるのは白衣の男と男。なんだか僕の方を指さして話し合っているようだ。

 しばらくして、注射器をもった男が僕の方へ近づいてくる。

 ……意識がもうろうとしてきた。

 そういえば、ここは研究室みたいだ。

 意識が薄れていく中、僕はショーマが言っていたことを思い出していた。

 ………………。

 

       ○

五月一日

 

 

 

 

 

 

 

 日付だけが書いてある日記帳が自分の机に広がっているのを見て、ソウタは不思議に思った。でも深くは考えずに日記帳を閉じて本棚の奥に押し込み、代わりに参考書とノートを取り出した。受験に失敗して浪人してしまったが次こそは受かってみせると意気込んでいた。

「……そういえば、変な夢を見ていた気がするなあ」

 しかしソウタはすぐに考えるのをやめた。夢の話なんて思い出してる暇はないのだから。大事なのは現実だ。今、生きているこの世界が大事なのだ。

 ソウタはふとなにかを思い出したかのように部屋を出た。一人で住むには不釣り合いな家を歩いて和室に向かう。

 和室には仏壇が据えられている。ソウタは仏壇の前で正座し、そこにある遺影と顔を合わせた。

 そこにいるのは、ついこの間までそこにいなかった人。

 毎朝起こしてくれて、ご飯を作ってくれた人。

 うまくいかないときは励ましてくれて、うまくいったときは一緒に喜んでくれた人。

 女手ひとつでここまで育ててくれた人。

ろくに感謝も伝えられてない。

大学に受かってすらない。

立派な姿なんてこれっぽっちも見せられていないのに。

 ……これが現実。

 これがすべて。

 でも、もしもこの世界を作った神さまみたいな人がいたなら……。

 ソウタはじっと母の目を見つめる。母もただじっとソウタを見つめていた。

 しばらくしてソウタは勉強を再開した。神さまがいたらなんて、そんなことを考えている余裕はない。

春うららな陽気だ。

 世界は今日も、滞りなくまわっていく。

 

       ○

六千六百十二日目

 これまで異常のなかったJ134526653検体が半覚醒状態になる。

稀なケースとして本部に輸送することになった。

その前に通常状態に戻す必要があるため、一度覚醒させて半覚醒状態のときの記憶を消去した後、通常状態に戻す。

経過は随時記録していく。

 

六千六百二十二日目

 思ったより早く覚醒の全段階まできた。実に興味深い。

 自分で研究できないのが至極残念だ。

 この分だと後三時間くらいで覚醒するだろう。現在時刻は午後十一時四十分。日付は超えてしまうだろう。

 

六千六百二十三日目

 午前零時十八分、J134526653が覚醒。予想時刻の一時間以上早い。相当自我が弱いか、はたまた強いのか。それともなにか「世界」でトラブルでもあったのか。

 速やかに記憶消去、通常状態への移行を完了。

 これより、本部への輸送を開始する。

 

       ○

「しかし、あの検体も不幸だよなあ」

 主任はそう言いながらもせっせと研究データをまとめている。

「ここで俺たちに研究されていたら、せいぜいあの負荷実験で身内に不幸を起こすくらいまでのことしかしなかったのにな」

「本部でやることはこことは違うんですか?」

「こんな田舎でやることの比じゃないらしい。何をするかまでは知らないがね」

 カタカタと研究データを入力しながら先輩と駄弁る。

 他人ごとだ。どうせ自分には関係ない、と思う。あれらと違って自分はちゃんと現実を生きているのだから。

 ……これが現実なのだから。

 

       ○

 ここまで読んでくれた諸君、お疲れさまと言ったらいいのかな。

 読んだついでだ、少し考えてみよう。

 「世界」は誰が創っているのだろうね?

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