そして青空は広がる。


さとし2020/06/02 07:30
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そして青空は広がる。

絆のカタチ

 人間は毒だ。

 人間がこの地球に誕生して早30万年。我々の祖先は争いを起こしたり自然を破壊したりと、身勝手にもありとあらゆる愚行で罪を犯してきた。

 かくいう我々、現代人も例外ではない。

 そのせいで地球は痩せ細り、多くの生物にとって住みにくい環境となってきている。

 そんな地球の片隅に位置する島国。日本。

 日本では在来生物が外来生物によって今まさに侵略されていた。

 だがしかし、そんな外来生物に立ち向かう男がいた。

 1

 梅雨。

 日本列島付近に梅雨前線が停滞することにより、雨が降ってジメジメとした天気が続く。

 そんな梅雨のこの季節に、貯水池にて独りで格闘している男がいた。

「…………」

 しとしと降る雨は水面に波紋を作る。彼の肌を弱く打ちつけ、黒いスカジャンをべったりと濡らしていく。

 草木が生い茂る梅雨のこの貯水池はなかなか風情がある。

 その雰囲気を邪魔するようにバシャバシャと騒々しい音をたてる凶暴なカミツキガメ。水面には楕円形のシルエットが見えるが、水面下ではカミツキガメと彼の戦いが繰り広げられていた。

 そんな暴れ回るカミツキガメだったが、彼の手によりあっという間に水中から陸に引きずり出された。

「…………」

 尚、沈黙。

 引き上げたのも束の間。凶暴なカミツキガメを持ち上げてプラスチックの籠の中へドスンと思いっきり放り込む。

 そして彼は「ふぅ……」とため息をついて籠の横に腰をかける。

 ここは木の枝葉の下だから比較的、雨風が凌げる。

 濡れた髪をしぼる。普段はオールバックにしているが、雨のせいで前髪が垂れて視界は劣悪。

 唐突に彼の真後ろから声がした。

 彼が背後へ首を傾げると……一人の女性がしゃがんでいた。ボンキュッボンで身長が170センチほど。白いパーカーを着ており、フードで口元しか見えないがきっと可愛いのだろう。

 彼が彼女をぼーっとを眺めていると彼女と目が合った。すると彼女は口を開いてこう言った。

「お疲れ様」

 彼女はニッと微笑みながら彼に水筒を手渡した。

 既視感。デジャブを感じる。

 彼は少しだけ、ほんの少しだけ、本当に少しだけ頬を赤らめた。

 それも当然。聞き覚えのある声の彼女に声をかけられ、あまつさえ水筒を受け取ったのだから。

「君、名前は?」

 再び声をかけられた彼は内心では彼女の聞き覚えのある声に動揺しながらも平静を装って名乗った。

「えーと……俺の名前は佐居《さい》鏡治郎《きょうじろう》だ。見て解る通り、外来生物の駆除をしてた」

「へぇー……見かけによらず偉いんだ」

 彼女はニッと口元に笑みをたたえて鏡治郎の右隣にそっと腰掛ける。

 そこで鏡治郎は彼女に問いただした。

「お前こそ誰なんだ」

 すると彼女は前に向き直って「うーん」だとか「えーと」などと言いながら手弄《てまさぐ》りし始めた。

 そして言葉が見つかったのだろう。再びこちらに顔を向けた。

「まあ……大地の精霊とでも言っておこうかな」

 と、少し苦笑いして言った。

「そんでよぉ、精霊さん。俺に何の用だ?」

 鏡治郎の先程までの動揺は既に収まっており、淡々と質問をした。

 しかし、精霊の彼女は引っかかることがあるようだ。急に慌てだした。

「……?ちょっと待って?なんで私の正体に触れないの?なんで驚かないの?普通さ『鏡治郎は驚愕した』ってなってもいいんじゃない?」

 彼女は鏡治郎の目をジーッと見つめる。

 しかし鏡治郎は真顔で目を逸らし、こう言った。

「いや驚いたよ……《《一瞬》》だけな。でもな、精霊なんて物理学的にありえねぇ存在をガキのように信じるほど俺も馬鹿じゃねぇんだよ」

 そう、鏡治郎は驚いていたのだ。しかし、鏡治郎は感情を表に出すような人間ではなかった。だからこそ名乗る時も真顔だったのだ。

 本当は滅茶苦茶に胸が高鳴っていたのだ!鏡治郎は意外とピュアなのだ!

「ちょっとぉ!なんでよぉ!信じてよぉ!」

 ムキになって怒る彼女を鏡治郎は冷静にからかう。

「なるほどね。精霊さんは語尾に小さい『ぉ』がつくのな。メモメモっと……」

「ちっっっっっがぁぁぁぁぁあうぅ!それはたまたまだから!」

「タマタマ?あら下品だわ精霊さんったら〜」

 実はこの時、鏡治郎はとてつもない既視感に襲われていたが……きっと気のせいだと、そう自分に思い込ませた。

 その後も少しからかって満足した鏡治郎は本題に移ろうとする。

「で、何の用だ?」

 まだ精霊であるということを証明したい彼女に、ドスの効いた声で問いかけると……

「……分かったよ」

 さすがの彼女も元ヤンの鏡治郎には少し肩をビクつかせた。

 そして、気まずそうに少しづつゆっくりと話し始めた。

「その用事なんだけどね。君の外来生物への対応が酷いから注意しようと思ったの……」

 この言葉に鏡治郎は顔を逸らしてシカトした。

 それでも彼女は話を続けた。

「君は昔から喧嘩ばかりして生きてきた。地元で1番のヤンキーにまで上り詰めた」

 彼女の言っていることには何一つ間違いはなかった。

 鏡治郎は、なぜ自分の過去を彼女が知っているのか疑問に思ったがとりあえず話を聞くことにした。

 鏡治郎の年齢は十八歳、高校三年生だ。

 小学生の頃から喧嘩漬けの毎日を送ってきた。同年代の人間を殴り散らかしては金を巻き上げ、地元で知らない人はいないヤンキーになった。

「そんな君が去年、ぱったりと喧嘩をしなくなった。と言うより辞めたのよね。『もう喧嘩をしないで』っていう妹さんの遺言なんだよね……」

 彼女にそう言われた瞬間、絶対に思い出すまいと必死に封じ込めていた鏡治郎の記憶が鮮明に蘇った――

 2

 その日は気持ち悪いほど快晴だった。

 前日の台風のせいで雲ひとつない青空が延々と続いていた。

 しかし、そういう日ほど悪いことが起こるもので――

 *

「……あ?美紗希《みさき》が隣町の便所のネズミ共に狙われてる?」

 鏡治郎の友達からかかってきた電話は非常に酷な内容だった。

 狙われている。つまり性的な意味で狙っているということだ。

 もちろんシスコンだった鏡治郎は、怒りで体中の筋肉がはち切れそうだった。

 無論、シスコンでなくても怒ると思うが。

 鏡治郎が気に入らなかったのは妹に男が近づくとかそういったことではない。どこの馬の骨とも知らない男に、妹が都合の良いように利用されることだった。

 兄の威信にかけて妹は絶対に守る。そう決めていた鏡治郎はすぐに対策を練った。

【妹を便所のネズミから守ろう作戦】

 1:妹を囮にして河川敷に誘い込む

 2:男達を二度とヤレない体にする

「――完璧だな」

 鏡治郎はニヤリと不敵な笑みを浮かべて歩き出すのだった――

 *

 鏡治郎は絶望していた。

 美紗希が死んだのだ。

 死因は、足を滑らせて川に転落した後、下流にある橋の橋脚に頭を打って気絶。そして溺死。

 

 鏡治郎は真顔で涙を流して川辺を歩いていた。

 踏みしめる一歩一歩がじんわりと体中に沁みる。生暖かい心地のまま屍のように歩き続ける。

 自分が招いた妹の死。それを十二分に理解していたために鏡治郎の傷は深い。

 あの日から数週間経った今では、自分の気に障る人間は無闇矢鱈に殴り倒している。

 ――《《あの日》》、美紗希を囮にしていなければ――

 そんな思いが延々と渦巻いていた。まるで《《あの日》》の青空のように。

 3

「それで、妹さんが最期に言った言葉が『もう喧嘩しないで』だったと……」

 ――もう喧嘩しないで――

 その一言は鏡治郎の胸に突き刺さり、反しのついた銛のように取れないでいる。

 しかし取れなくていいのだ。

 なぜなら、それが妹に対するせめてもの償いだから。そして外来生物の駆除も償いの一環なのだ。

「妹さんは昔から生き物を大切にする優しい子だったんだよね。生物保護活動なんかにも参加するほど……」

 鏡治郎はあの日を思い出して口も体も硬直していた。ただ、目だけが一点を見つめて細かに揺れている。

「でも君は、喧嘩を辞めて溜まっていたストレスを外来生物にぶつけていた。間違いないよね?」

 まさにその通り。鏡治郎はぐうの音も出

 ない。

 でも――

「でもッ!!じゃあ俺はどうすりゃいいんだよぉッ!!」

 彼女は鏡治郎の顔を見て驚愕した。

 頬や目は赤く腫れ、涙はボロボロと頬を伝い、鼻水がダラダラと垂れている。

 彼女は思った。人は本当の気持ちで泣くと、こんなにも涙が溢れる出るものなのだと。

 しかしながら彼女は鏡治郎の問いかけに対して厳しくも優しい一言を言い放った。

「そんなんでどうすんだよこのヘタレッ!相手が違うんだよッ!さっさと立てッ!立って生きろッ!!!」

 その瞬間、鏡治郎は何かを悟ったように目を見開いて立ち上がった。それから彼女の頭に手を掛けてフードを脱がす。

 そこにあったのは――

 ――《《あの日》》から見ることは一度もなかった可愛い可愛い妹の顔だった。


 貯水池には太陽の光が差し込み、水面に反射した日光は輝きを放つ。まるで後光が差しているようだ。

 そして憎かった筈の青空が広がる。

 鏡治郎は涙を流しながら言う。

「――やっぱりお前だったのか」

「なんだ……バレてたんだね――」

 そう、彼女の正体は妹だったのだ。体型も声も話し方も仕草も全てが妹そのまんまだった。そんなのを兄が見逃すわけがない。

「約束して?怒りをぶつけるのは生き物じゃなくて外来生物を捨てた人間。悪い人間はどつき回して張り倒しちゃえ!分かった?……お兄ちゃん!」

「弾んだ声で怖いことを平然と言うのな」

 二人で笑い合うその光景は、紛うことなき兄妹の絆の表れだった。

「喧嘩しないでとは言ったけど殴っちゃダメなんて言ってないよ!」

 鏡治郎の顔には生の光が取り戻された。笑顔というおまけ付きで。

 二人は互いに抱きしめ合った。

 何時までも。何処までも――

 4

 青空の下、鏡治郎は今でも思い出す。《《あの梅雨》》の貯水池での出来事を。

 あの後、美紗希は跡形もなく消えてしまった。幻覚だったのだろうか。それとも美紗希の魂だったのだろうか。

 そして、何故に鏡治郎の前に現れたのかという本当の理由は分からない。

 しかし、大人になった今でも美紗希のあの一言を生涯忘れることはないだろう。

 この青空が続く限り。

 Fin

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