THE TRANSCEND-MEN/超越認識

Chapter 8 - Invisible

タツマゲドン2020/10/13 03:10
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「ヒャッハー!」

 前線、一人だけ大声で笑いながら敵兵達を圧倒する存在が一つ。その名をリョウ・エドワーズ。フロイトというミドルネームはあるものの、本人曰く「精神科医って柄じゃねえだろ俺は。どちらかっつうと患者だ」と、あまり気に入っていない。

 敵をサンドバッグみたいに殴ったり、銃弾を浴びせ穴だらけにしたり、奇声を上げながら野蛮に暴れ回る様は、気が狂っていると言われても無理はない。

 とはいえ、リョウは四六時中こうも荒くれている訳ではない。

「てめえらのせいで折角仕事終わりの酒飲もうと思っても飲めねえじゃねえかよ! おまけに超過労働だぜバカヤロー! 地獄への旅行に団体客ご案内だ! 死ねえ!」

 今まで溜まっていたストレスを発散する如く、ジョークと愚痴をハイブリッドさせて吐きながら、敵に弾丸の嵐を見舞う日系青年。だが、この場で一番悪目立ちする彼が敵軍の撃退に最も貢献していると言っても過言ではない。

 まず最前線で暴れ回り、敵を減らして味方達の負担や損害を減らす。次に大声を上げて敵の注意を逸らし、味方達の負担減に繋げる。更にリョウ自体が“特殊な存在”なので、彼自身の存在が敵を集中させる効果もある。そもそも、彼の役割が陽動だった。

(ハン、お前らの手助けは出来そうにないが、頑張ってくれ。俺もここで存分に暴れてやってるからよ)

 脳内では戦術全体を見通して真面目に考え、表情には興奮と緊張が半分ずつ、半笑いのまま顔が固まっていた。

(これがバトルだ!)

 前方に二足歩行戦車が一体、腕に抱える機関銃がこちらを向く。

 銃口が光った――質量は二百グラム、音速の三倍、秒速千二十メートル。発射間隔は〇・一秒に一発。

 体をスライドするリョウ。弾が青年の真横を通り過ぎ、浅い角度で地面を抉った。

 銃の照星を覗き、一瞬で真ん中の一体に狙いを定め、引き金に掛けた人差し指を、引く。

 しかし、銃弾は全く異なっていた。今までは対多人数用に秒間百発、と連射重視だったが、今は大きなマシンを相手取る為の銃弾に切り替わっている。弾速は今までと変わらず、秒速三千四百メートル。しかし、連射速度は一秒当たりたったの二発。

 その代わり、銃弾一発当たりの威力は比べ物にならない。連射速度が五十分の一だが、威力は実に五十倍。こんな砲弾の如き銃弾は、現在の技術でも火薬と金属弾による仕組みで、簡単に生み出せるものではない。第一、発射しようにも砲身への負担が馬鹿にならないだろう。

 不可視の弾丸が操縦席に穴を空ける――留まらず、背部にあるエンジンや燃料タンクまでも貫き、機体は破片を撒き散らしながら爆発した。

 ため息をつく暇もなく、今度は重いプロペラの回転音が聞こえる。音源に向かって日系人は顔を上げた。

 闇夜に浮かぶ、三角形の飛行機のシルエット。広く厚い翼に左右一基ずつ付いた、垂直飛行用のローターの回転が月明かりで見えた。

 垂直離着陸機能を持つ地上攻撃機――エンジンのジェット噴射を後方へ噴かせながら、反作用で上空を飛ぶ。

 ふと、機体が降下し始めた。かと思うと、地上で一人目立つ青年目掛け、機体下部にある重機関銃が発光、腹部のロケット弾も火を噴いた。

 リョウが跳躍――銃弾と爆発によって土砂が巻き上げられ、銃痕や焦げ付きクレーターが生まれた。

「通じねえよ! 俺を倒したけりゃ核ミサイルでも用意しな!」

 跳び上がった勢いで攻撃機に接近し、機体の外壁が迫る。青年は足を折り畳んだ。

 敵機側面に着地する。途端、彼は折り曲げた足のバネを一気に解放――ヘリの外壁が凹み、機体が不安定に揺れ始めた。蹴った反動で青年は後退した。

 勢いを付けて落下する彼の目の前には、一台の敵戦車。瞬時に確認した途端、右足を高く振り上げる。

 重力加速を上乗せし、着地と同時に振り下ろす。ガシャッ、と豪快な破砕音。と同時に、後方で爆発音。

 砲塔部を大きく潰された戦車を足場に、空を見上げた。丁度、敵の攻撃機がリョウの背後から飛来してきたロケット弾を受け、爆炎を上げながら墜落していくのが見えた。

(ナイスだぜ、誰かさん)

 味方の対空ミサイルによるものだろう。敵軍を見据えながら、後ろに向かって親指を立ててみせた。

「もっと来やがれ。リサイクル資源にしてやる……」

 笑いながら歯を噛み締め、呟きながら別の敵戦車に向けて走り出そうと踏み出す。

 途端、彼は視界上端に“見えない筈”の光の筋を捉え、足を止めた。

 輝きは戦車へ舞い降り、砲塔部の上に穴が空く。発射薬が誘爆し、結果、砲塔は爆発を起こした。

 再び上空を見上げたリョウ。夜空の中、微かに人影を目にした。そして、耳に引っ掛けた通信ユニットに指を当て、言う。

「俺の獲物を横取りすんなよ」

『いいや、俺のだ。空対地攻撃とあらばこの俺に任せな』

「宣伝するくらいならさっさと手伝え」

『今さっき自分で邪魔すんなと言ったのを忘れたのか?』

「記憶に無いな。現実主義なもんで」

 リョウの発言に合わせて耳の通信機からの返事。若く、トーンは高め、リョウに勝るとも劣らぬ、自信や強みのある明るい青年の声だ。

 笑顔を絶やさず嬉しそうに返事しながら、引き金に指を掛け、手あたり次第に敵軍を削っていくのも忘れない。

「良く来てくれたな。歓迎パーティは出来そうにないが」

『まあな、偶々近くを“飛んで”たもんでね。リョウ、調子はどうだ?』

「最悪だ。くつろぎの時間を邪魔された。レックス、お前の方は?」

『まあまあかな。今そっちへ“降りる”ぜ』

 通信が切れた直後、上空から大量の“銃弾”が雨の如く降り注ぎ始めた。死角からの攻撃に、敵兵達は成す術もなく、鮮血や肉片を弾け飛ばすのみ。

 恐怖に駆られ、敵が上空に意識を向けるや否や、リョウからの“弾丸”の餌食となった。

 バコッ!――重い物体が落下したような破砕音と共に、一台の戦車が押し潰された。

 戦車の上には、リョウより少し年下に見える黒目黒髪の青年の、屈んで着地した姿があった。

「待ったか?」

「遅えよ、最初っからお前も来てれば良かったんだよ。主人公みてえな登場しやがって」

「スーパーヒーローが大好きなもんで。あとモテたいし」

 愚痴を吐きながらも、リョウの顔は友との再開を喜ぶように笑っていた。相手の青年が屑鉄と化した戦車から降りると、ハイタッチ。

 レックス・フィッシュバーン、二十四歳。身長はリョウより少し低く、百八十四センチメートル。ラテン系の白人だ。口調はリョウと似て軽いが、髪は比較的短く、服装や身なりは落ち着き、整っている。戦場だというのに楽しげな表情も控えめだ。

「前線へようこそ。スクラップ工場と同じ事しかしないがな」

「前線? そんなもの海岸まで押してやろう」

「よっしゃあ。それじゃあ皆、聞いてるか?」

『どうしました?』

 通信機に手を触れ、スピーカーから誰か一人の兵士の返事が届いた。

「半分は前線から離脱して他の援護に当たってくれ。まあ俺達二人でも足りん事はないだろうが念のためだ。一気に損害を与えて撤退させる」

 返事も聞かず、先頭の二人は通信機を切った。一人が地を駆け、もう一人が宙を舞う。二方向からの銃撃によって、敵戦力は着実に勢いを減らしていった。






 頭が痛い。

 目の焦点が合わない。甲高い雑音が耳に入ってくる。

 側頭部にはザラザラした冷たい砂の感触。頭に受けたダメージから回復し切れていないらしい。

 横たわった体が自在に動かない。首だけを動かして見ようと……

 いや、見えない。

 何があるのかは見当が付く。先程そこに居た四人がこの場で戦っている。

 だが、見えない。

 動きが速過ぎる。存在は分かっても、何をしているのかは分からない。

 衝撃音――視界がはっきりした。

 後ろ向きに飛び、地面に足を着けて停止する真剣な表情の青年が見える。

 彼は地面を蹴った。瞬間、その姿が消えた。

 何が起きている? どうやったら分かる?

「食らえ!」

 別方向からの緊迫した叫び。そこには汗を額に垂らす、推定四十代の赤毛の男性。腰には銃を抱えている。

 銃口の延直線上には、先程自分へ打撃を与えた張本人の、若い茶髪の男。

 銃口が輝いた。かと思うと、飛翔する大量の光の筋。

 男性の体が左右へジグザグ移動する。あっという間に中年男性の眼前に迫り、ブローが腹を抉っていた。

 怯んだ所を更にアッパー――赤毛の男性が空中へ吹き飛び、相手がそれを追って跳び上がる。

「チャックさん!」

 今までよりもヒステリックで甲高い声。少女のものだと見ずに判断出来る。

 首を曲げる。月明りに照らされて銀に輝く長い髪が目に入った。

 その表情は、他の三人とは明らかに異なっていた。

 戦場に居るというのに、虫すら殺せなさそうな、優しく慈悲の溢れる顔だ。しかし、何処か悲しげに眉を曇らせている。

 まるで彼女は何かを迷っていた。

 中年男性の名前と思われる言葉を発した少女は、空中の二人に向かって両手を突き出す。

 すると、若い男性の上昇が減速した。まるであの少女が何か手から発したかのような……

 何か?

 少女の掌が光っている――“何か”だ。テントから出た時、同じものを見た。

 その光の筋を辿って見ると、勢いを失い空中で止まった男へ向かっていた。

 あの光が止めた。そうに違いない。

 そこへもう一人、東洋風の青年が地を踏ん張っている。

 彼の身体が光った――凄まじいスピードで跳び上がり、敵を蹴り上げる。まるであの輝きが力を与えたかのようだ。

 東洋人が着地し、小太りな男は不格好に砂埃を上げながら背中から不時着する。

 相手は後方へ一回転し、綺麗に降り立った。それを見て、少女が深く息を吐きながら手を戻す。

「危なかった……すまんな若者達よ」

「いえ、当然の事ですから……」

 脱力した声で礼を告げる赤毛の男と、緊張しながらもやや反射的に応じる少女。中華系青年は黙ったまま、敵と睨み合いを続けている。

「ハンさん、誰か動ける人は居ないんですか?」

「うーむ……リョウは相変わらず先頭で頑張ってくれているし、トレバーは足止めを食らっているらしい。先程レックスが来てくれたのは良いが、まだ時間が掛かりそうだ」

「せめてあと一人誰か居てくれれば良いのだが……これからはちゃんと運動する事にする……」

 三人はそれぞれが表情に焦りを浮かべ、不安をこぼしていた。

 一方、三人に囲まれている一人の男は、無表情のまま棒立ち状態。余程の余裕か。

 ふと、男がこちらを向いた――決して逃がすまいと睨む青い目。

 が、すぐに視線を逸らされる。放っておいても問題ないと判断したのか。

 すると今度は、少女が相手の目の動きに気付いたらしく、こちらに視線を向ける。

 その灰色の瞳は、先程の男性とは確実に違っていた。

 苦しんでいる。それと共に、まるで受け入れ、差し伸べるような……

 その目は何だ? 教えてくれるのか?

 動かない。でも動きたい。

 手を前に……






 アンジュリーナには、相手の男がチラッと横を向くのが見えた。だから本能的な好奇心に駆られ、彼女もその方角へ振り向く事となった。

 彼女自身が助け、敵が狙っている少年だ。砂に身を伏せ、朦朧としながらこちらを見ている。

 何かを求めているのか――砂で汚れた病人着と、真っ白な肌と霞んだ眼が弱々しさを物語っている。

(助けてあげたいのに……)

 相手の男がそうさせない。それどころか、少年を更に傷付ける。見るに耐えない。

 少年が動いた。重力で今にも垂れ下がりそうな、弱々しく震える手を出している――助けてくれ、と言わんばかりの意志を少女は感じた。

(苦しんでいるの?)

 傷付き苦しんでいる者が老若男女問わず、敵であったとしても、アンジュリーナの「助けたい」という願望を持つ心は動く。戦闘を忘れ、凝視する程に。

 途端、視野の端で何かが光った――振り向く。隣のチャックの顔面に、ポールの拳がめり込んでいる光景があった。

 反対側のハンが相手へ詰める。彼の両手は素早くあらゆる角度から、打ち付けていく。

 対するポールは両腕を掲げ、最小限の動きで攻撃をガード。そして襲い来る右フックを止めながら、反撃の右裏拳。

 中国青年はそれを左手で下げ逸らし、向かい合う青い目を突こうと、右指先が伸びる。

 すかさず手首をキャッチするポール――両者の掴み合った腕が、それぞれ隙を伺おうと揺さぶる。

 遂にハンの両手が向こうの両手を弾くように押し下げ、同時に跳び上がった。

 一瞬、ポールのニヤリと不敵な笑み――肉体が“エネルギー”の輝きを帯びる。直後、ハンの質量を込めた回し蹴りが男の胸に炸裂。

 だがどういう訳か、蹴りを真正面から受けた上半身は動かない。対するアジア青年の方はまるで堅い壁を蹴ったかの如く、大きく後方に吹っ飛ばされた。

 信じられない挙動に当人であるハンは勿論、その光景を見ていたアンジュリーナも、驚きと疑問で目を見開いていた。一方で蹴りを受けた敵はというと、満足げに唇の端を吊り上げている。

 味方から突き放され、呆然としていた少女。気付けば、既に相手の男が右手を振りかぶっていた。

 避けられないであろう苦痛を予想し、少女は無意識に目をつぶってしまう。

 しかし、どれだけ待っても痛みは来ない。何も起こらなかった。

 何故なのか、と瞼を開けた。小柄な少年の背中が真正面に見える――細い両手が、相手の大きな拳を正面から受け止めていた。

「“見え”た」