タツマゲドン2020/06/01 08:58
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リョウが両手に抱える軽機関銃型の銃。引き金を引くだけで、音も光もなく敵が怯み倒れる。

 大量の敵兵の死体――それがリョウの通った跡を示していた。

 よく見れば、敵兵はリョウが向けた銃口の直線上に当たる所で血を吹き出し、肉体が弾け飛ぶ。もっとも、“普通の人間”には気付く筈もないが。

 しかし、リョウには視覚的に“感じ”取っていた。銃口から秒間百発の勢いで“銃弾”が発射され、敵兵達に命中して吹き飛ばす。その様子が正確に“見え”ていた。

 銃弾に当たれば肉体が弾き飛び、脳や内臓に命中すれば即死、腕や足であっても多量出血死やショック死が待っている。

 銃弾が発射される度、〇・〇一秒に一回のペースで、銃の向く方向を生きている敵兵の方向へ細かく更新する。敵兵に一発だけ当てれば良いので、条件さえ整ってさえいれば、一秒に最大百体の死体を生み出せる事になる。

 敵兵もアサルトライフルやグレネードで応戦するが、銃弾は当たってもその肉体に弾かれ、擲弾は当たる前に避けられる。歩兵達は無力に等しかった。

 敵兵を圧倒し、余裕のリョウは自分へ向けられている殺意に気付く――百メートル前方。

 全高四・五メートル、重量九トン。炭素・チタン・セラミック複合鋼で作られた全身。端的に言えば箱型の操縦席から太い手足が伸びた形状のそれは、人間が一人で簡易的に操縦可能かつ、高火力を得る為に設計された二足歩行型戦車だ。

 機械の巨人の持つ、両腕に装備した二十ミリ機関銃が、リョウへ向く――大きな引き金が引かれた。

 弾速は秒速千二十メートル、連射速度は秒間十発。人間にとっては驚異的な射撃だろう。

 当たりさえすれば、戦車の外壁に穴を開ける事すら可能な銃弾の筈だが、青年は体をスライドさせるだけであっけなく躱し、地面に虚しく穴を空ける。

 接近しながら今度はリョウが銃口を向けた。が、背後から何かが飛び出したのを感付き、トリガーに掛けた人差し指を離す。

 “視え”る――後方から“見えない筈”の光弾が発射され、二足歩行戦車に命中――機械の巨人は電気回路をやられ、火花を上げながら倒れた。

「サンキュー、ハン」

「集中してくれ。どうやら僕達を食い止めに来たらしい」

 振り向き、後ろで片手を前に掲げていたアジア人へと、簡潔に礼を述べたリョウ。対するハンは目の前に立ちはだかる二つの人影を指して注意喚起した。

 どちらもリョウ達と同じ二十代に見える。片方は片手にナイフを、もう片方は両手に槍を、それぞれ持ち構えていた。

「こいつは、どうする?」

「スピードが命だ。短時間で決めよう」

 長い茶髪の青年は、右手に刃渡り七十五センチメートルの湾曲した片手剣を、背中の鞘から抜く。一方、短い黒髪の青年は何も持たず素手で構える。

 地面の四か所が蹴られ、空中の二か所で起こる衝突――リョウの剣が長さ一・八メートルもある槍を受け止め、ハンの掌がナイフを握る腕の軌道を逸らす。

 周囲に居た他の敵兵や味方兵は、彼らを置いてそれぞれで交戦し始める。リョウ達もまた、目の前の戦いに集中するのだ。






 敵味方双方の兵士達が一斉に引き金を引く。機関銃や戦車や装甲車、二足歩行戦車も同じく機銃や砲から火を噴く。

 数では明らかに攻めてきた敵側の方が勝っていた。人数は敵対味方でおよそ三百人対二百人。それぞれ中隊程度の規模だが、人数差は大きい。重火器の数量差もあるだろう。

 それでも、アンジュリーナ・フジタという一人の少女の存在が、戦況を大きく変えていた。

 味方の銃弾や砲弾は敵へ命中し、敵は次々と数を減らす。だがその逆はなかった。

 敵の攻撃はこちら側に届かなかった。正確には攻撃が届く前に、銃弾であれば突然止まり、砲弾や爆弾なら飛翔中に爆発する。

 敵側からは見えにくいが、味方側からは透明な壁が爆風を押し止めている光景が見えていた。被弾する心配が無ければ意気だって上がる。

 落ち着き、自分の“意志”を頭ではっきりと念じる――身体から“何か”が放たれるのを感じる。

 まるで自分の中に存在する隠された力が湧き上がるような、そんな感覚だった。

 彼女から半球状に発射された“何か”――敵の放った銃弾や砲弾へ衝突。銃弾の持つ速度がゼロになり、砲弾の信管に刺激が与えられ、爆風が味方側へ広がらず横へ逸れる。

 攻撃を無力化された敵達はもはや人形も同然、味方達があっという間に制圧した。

「よっしゃあ! 次へ行こう!」

 味方兵の一人が気分を高揚させて言った。一種の油断ではあるが、皆の士気は上がる。少なくとも現状では喜ばしい事だった。

 敵側が全滅なのに対し、味方の負傷・死傷兵は皆無。短時間で済ませたので兵士達の疲労も少なく、心配は残り弾薬だけだが今は気にする必要はない。

「皆さん無事ですか?」

「いつも通り、皆大丈夫だ。毎回ありがとうなアンジュ」

 アンジュリーナが念の為呼びかけたが、無用だった。兵士達の感謝や喜ぶ様子にに少女は微笑んだ。

 喜ぶべき状況の中、一人の少女だけは落ち着き、悲しみを胸に秘めていた。酷い死体姿の敵兵を見ると、暗く憂鬱になる。

 顔を見られぬように方向を変え、目を少々涙で潤ませながら死体をしかと見詰める。

(出来ればこの人達も助けてあげたい……)

 だが過ぎた事を悔やんでは何も出来ない。それを彼女は熟知している。何より、戦場で立ち止まっては何も出来ないまま死ぬだけだ。

(だから未来へ繋げなきゃ!)

 首を横に振ってロングヘアをたなびかせながら、弱気を自分で打ち払ったアンジュリーナは、果敢に先頭の味方達と共に戦線を歩みだした。






 拳を突き出す。それだけで敵兵が身を破裂させる。

 足を蹴り出す。それだけで敵の戦闘車両が砕ける。

 プレートアーマーを着た人物、ポール・アレクソンは退屈だった。この調子では、後方の味方兵達に手を出させるまでもない。だから、自分単独と残り全員と戦力を分けた。

 片目に捉えた対物ライフル弾を避け、走る。

 手先を一突き。敵兵の心臓を指が貫き、兵士は即死だった。人が死ぬどころか、肉体が弾け飛ぶ様子は彼にとっては見慣れた光景であり、忌む事もない。

 離れた所に居る戦車が砲塔を傾ける。ポールが腰にある銃を一瞬で抜き、狙いを定めずトリガーを引いた。

 銃口から“銃弾”が彼には“見えた”。一直線に飛び、戦車の砲塔から飛翔する砲弾へ命中し、ポールと戦車の中間で爆発。

 地面を蹴って加速し始めてから一秒にも満たない時間、それだけで戦車の正面から五メートルまで距離を縮めていた。

 車体の下に潜り込みスライディング、後方へ――踏ん張って急ブレーキを掛け、進路逆転。

 走行の勢いを乗せたパンチが、戦車の後方にあるエンジンルームに当たる部分に命中。戦車の外壁が変形すると共に動かなくなった。

 右方向から殺意――目をやると、三脚に固定されたガトリング砲。それを持つ敵兵が怒りと憎しみを込めた眼差しで睨んでいた。

 自棄になった敵兵は引き金を引き、六本の銃身から秒間五十発という恐るべきペースで銃弾が吐き出される。

 常人なら痛みすら感じず命を引き取る、筈の銃弾の逆風をものともせず逆らい、目の前へ。

 ガトリングは弾を失い、虚しい回転音が聞こえるだけ。敵の姿が目の前にある事に気付いた敵兵は、表情を憎悪から恐怖へ一変した。

 ポールの手刀が敵兵の首へ一振り――赤い液体と共に首が飛ぶ。

 一段落着いた彼は血の付いた手を拭い、やれやれ、と腕を組む。他の味方達の戦況を知る為にポケットから通信機を取り出し、耳に当てた。

「こちらポール・アレクソン。こちらの損害を教えろ。相手の確定している勢力もだ」

『了解、指揮官殿。「反乱軍」勢力は約五千人。こちらの勢力は最初七千人だったのが既に六千人まで減っております。機甲勢力に関しては……』

 ポールが一歩退く。同時に会話が途切れた。

 通信不良でも電波妨害でもなく、原因は通信機の故障によるものだった。何故なら、彼が手にしていた通信機が、突如にして砕け散ったのだ。

 通信機を破壊した張本人、正面に居る彼よりも少し背が高く伸縮性のある黒いボディスーツを着た男性へ、ポールは口角を上げながら言い放つ。

「成程、ステルス能力か?」

「身体技能だ」

「ほう、面白い」

 肌の浅黒さや彫りの深さはアラブ系だろう。先程は彼、トレバー=マホメット=イマームの攻撃によってポールの通信機が犠牲になったのだ。

 距離は三メートル。トレバーが左半身を前に、両拳は顎の高さ。ポールは右半身を引き、右手は顎を左手は腹を隠す。

 トレバーの姿が近付く。ポールの左足の迎撃。

 蹴りを左手で叩き落としたトレバー。右腕を伸ばし、相手の左掌がそれを阻む。

 ポールの前に出した左足が踏ん張り、軸にして回し蹴りで頭を狙う。

 首を後ろに傾け、蹴りが空振った。回転の勢いを増加させるポールは続けて下段回し蹴り。

 アラブ男性の右ローキックが相殺、次なる左足がポールの頭部へ。

 顔面に迫る靴裏――両手で受けた茶髪の男は、そのまま掴んだ足を回す。

 きりもみ回転――トレバーはそれを利用し、勢いを乗せた回し蹴り。ポールが手を離しながら慌ててスウェーする。

 蹴りを空振らせたが、トレバーは身体を異常回転させながらも、無事に着地した。

「成程、他の奴らとは違って手応えがある。良い勝負が出来そうだ」

 ポールは無表情のままだったが、口調からは楽しさ垣間見える。

 対するアラブ人は、無表情なのは同じだが、言葉どころか一切の音すら発しない。

 沈黙。

 トレバーが踏み出す。しかし、ポールは動かなかった。

 瞬時、危険を察知した大柄な体躯が停止。左に九十度――“銃弾”が既に目前まで迫っていた。

 胸の前をカバーした腕が防ぐ。彼の表情は一切の歪みを見せない。

「袖の下に何か隠しているな?」

 銃弾の軌道を辿った視線先、サブマシンガン型の銃をこちらに向けている、黒い服装の人物より尋ねられた。

 トレバーは破れた袖を引き裂き、両腕に装着された黒い籠手を見せる。

「良い武器だな……この男の相手がお前の役目だ」

「了解」

 ポールは無表情のまま、しかしトレバーへ隠さず興味を向けた台詞を吐いた。銃口を向けている人物は、顔を覆うステルス素材マスクの上から抑揚の無い声で返事した。

(違う)

 咄嗟に振り向く――長さ一メートルにもなる刃が首を切り落とそうと迫っていた。

 体勢を低くして避け、下段蹴り――届かない。

 蹴り足で踏み込む。回転して左足で敵の姿を頭上に突き上げた。

 金属音――脛に仕込まれた「アーマー」は“二本目”の刃を防いだ。

 一瞬で観察する。二本のミドルソードを持つ黒服の人物は、先程銃をぶっ放してきた人物と同じく、顔が黒い仮面に隠されていた。

 膠着からトレバーが剣を蹴り払う。応じて、横から迫るもう一本の剣。

 跳び退き、剣先が腹の一寸前を通り過ぎる。そして剣が届かぬ間合いを取った。

 気付けば、ポールの姿は視界から消えていた。代わりに、銃を撃ってきた人物の両手にも、剣。

「指揮班へ報告。そちらに『トランセンド・マン』が一人向かった。『能力値』は少なくとも五十を超えるだろう。近接戦闘が得意なタイプだ」

 返答を待たず、耳に当てた通信ユニットを素早く片付けたトレバー。

(時間稼ぎといった所か。早く合流しなくては)

 途端、二方向から四本の刃が襲来する。