Chapter 8 - 七噺 不安
ラプンツェルが塔に住むようになってから一年が経過した。十三歳となった彼女は一回り大きくなり、背丈は私の首元まで迫ってきていた。
「その杖も随分と小さくなったな」
魔法の練習をしていたラプンツェルの手には、六年前から今までずっと愛用し続けている、様々な植物の蔦が絡んだ小さな杖があった。
「んー? でも、まだ使えるよ?」
「私が作った杖なのだから簡単には壊れないが……成長に合わせて杖も変えねばならないのも事実だからな」
大丈夫だと主張するラプンツェルに、別に大きさの話に限ったことではないのだと説明する。
何せ彼女が七つの時に合わせて作ったものである。日々増幅し続ける彼女の魔力量に、やがては耐えられなくなるだろう。
「次の杖は、自分で作ってみるか?」
「え、出来るの!?」
私の何気ない提案に、大きな碧眼を輝かせるラプンツェル。
「素材さえあれば誰でも出来る。それに自分で作った杖の方が、魔力の流れをイメージしやすくなるからな」
「うん! 作ってみたい!」
彼女は自分の長過ぎる金髪が揺れるのも躊躇わず、大きく首を動かして頷いた。
~
「うわぁ……」
次の日。杖について一通りの仕組みを教えた後、用意しておいた素材を机の上に並べる。
「こんなにいっぱいあるの……?」
「ああ、まだ一つ出してないが」
「これ以上増えたら、何が何だか分かんなくなっちゃうよー」
戸惑いを見せるラプンツェルに追い打ちをかけるような一言を浴びせてみると、彼女は頭を押さえてうんうんと唸り始めた。
「復習も兼ねて、何が足りてないか当ててみな」
「うーん、えーっと」
素材を指さしで確認していった後、口の下に手を当て首を捻る。あどけなさが残る可愛らしい動きに合わせて、幾重にも折り返した金色の髪がふわりと揺れる。
「あれはあるし、これも……そうか、魔力の通り道が足りない!」
「正解だ」
少し時間をかけたものの答えに辿り着いたラプンツェル。頭をわしゃわしゃと撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細める。
「魔力の通り道に適した素材……つまり|こ《・》|れ《・》のことだ」
少し乱れた金髪、その一束を手に取り軽く引っ張る。そう、足りない素材とはこの髪の毛の事である。
「自分の魔力が杖に通るようにするには、自身の髪の毛を素材にするのが一番いいからな」
「ええ? でも、私の髪はちょん切ったらダメなんじゃ……?」
彼女には髪の毛を切ると魔力が暴走する、という説明はしてある。勝手に切られるのが一番困るので、それだけは予め危険なことだと伝えてあるのだ。
「抜けた髪の毛を使えば問題ないだろう」
「あ……そっか」
抜けた髪は魔力をコントロールする役割も終えているが、杖の材料に適しているため私もよく使用している。
事前に用意しておいたラプンツェルの髪の毛の束を取り出し、机の一番端に置く。
「さあ、組み立ててみな」
ちゃんと出来るかなあ、と言いながらも嬉しそうな顔をするラプンツェルを、私はそっと見守ることにした。
~
「最後にこれを……よし! おばあちゃん、これで終わり?」
いくつかのアドバイスはしたものの、彼女は試行錯誤の果てに自力で杖を組み立てた。
出来上がったのは木製の杖。灰色の木を軸として植物の蔦が絡んでおり、所々の隙間から金の毛髪が見える。
参考に開いていた分厚い本をぱたりと閉じ、こちらに確認を求めてくるラプンツェル。よくやったと労うように笑顔を作ると、彼女はニコリと微笑みを返してきた。
「それで形は完成だ。最後に魔力を通して、素材同士の魔力の道を繋げてみろ」
うん、と小さく頷いたラプンツェルが杖に魔力を通そうと試みる。
途端、彼女の手の中の杖が光を発し始めた。
白い光はかなり眩しく、瞬く間に部屋の中を埋め尽くして私達の視界を奪っていく。
「うわっ! こっこれ、大丈夫!?」
「落ち着け、大丈夫だ」
……正直、予想外だ。魔力を通す際に何らかの反応が起こることはあるが、ここまで光るというのは初めてである。
少し混乱して上ずった声のラプンツェルを落ち着かせながら、私は発光の原因を推測する。
神の加護とも呼ばれる希代の魔力と、彼女の魔力の影響を受けた髪とが反応した結果だろうか。
しばらくして光が収まると、灰色だったはずの杖は眩い程の金色となっていた。
「……出来た……?」
目を開いたラプンツェルは自分の作った杖を見ると、その目を更に見開いた。
その色は彼女の髪と同じ艶やかな金色である。魔力の影響を受けたと見て間違いないだろう。
魔力が深く馴染んだとすれば、杖としては優秀であろう。
「ああ、初めてにしては上出来なんじゃないか?」
彼女から金色の杖を受け取って出来を確認すると、魔力の通り具合は申し分ないことが分かった。
私は金色の杖をラプンツェルに返すと、机の端に置かれていた小さな杖を手に取る。
「この杖も引退だな」
「待って、捨てないで!」
彼女には小さくなったかつての杖を鞄にしまおうとすると、ラプンツェルはそれを止めるように私に抱き着く。
「将来、この杖を目標にするの!」
必死に訴えるラプンツェルに小さな杖を渡すと、彼女は自分の作った金色の杖と共に大事そうに抱えた。
「それに、おばあちゃんの作ってくれたこの杖には、いっぱい思い出が詰まってるから!」
「……そうか」
思い出、という言葉に思わず反応してしまいそうになる。
私はこの子を正しく育てられているのだろうか。正しくなくとも、せめてこの子を幸せに導いてやれてるのだろうか。
様々な疑念を飲み込んで、私は彼女の頭をぽん、と叩いた。
「道具の制作も大事だが、何にせよ魔力操作が基本だからな。さっそく自分で作った杖で練習してみな」
「うん! ……あれ? 上手くいかないな」
新しい杖となって感覚が変わったのか、今まで出来ていた魔力操作が少しぎこちない。
首をかしげるラプンツェルのために、私は懐から自らの杖を取り出して構えた。
「今までのイメージとズレがあるからだろうな……見ていろ、まずは私の魔法を見てイメージを固めるんだ」
「うんっ!」
彼女は目を輝かせ、楽しそうな顔で私の一挙一動を見つめている。
魔力の扱いを学び終え、暴走の心配がなくなれば私の元にいる理由もなくなる。むしろ私と共にいるという不気味な少女というレッテルを貼られ、人々に畏怖されてしまう可能性が高い。
巣立ちの時は確実に近付いている。だが、こちらに屈託のない笑顔を向ける彼女に、私との繋がりを断たせることが出来るのだろうか。
少女の未来に一抹の不安を感じながらも、私の振るう杖が止まることはなかった。
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悪魔。それは魔の力を喰らうもの。
人の魔力を至高の食料と感じている悪魔は数多く、彼らにとって人間とは糧である。
とある森の中。悪魔の一人、黒い肌を持つダンが、傍らにいるもう一人の悪魔に語りかけている。
「……それに、もし仮に出会えたとしても、奴が戦いに応じるかどうかさえ定かではないのですよ、ソルマ様」
「それなら心配あるまい、どうせ奴も同じ穴の狢、引退して余計に力を持て余しているだろうからな」
ソルマと呼ばれた赤き悪魔は、ダンの心配を一蹴して快活に笑っている。
悪魔は魔を喰らい、同時に魔に長ける。それはすなわち、普通の人間より強大な力を有しているということに他ならない。
力を持て余した悪魔は、時折悪魔同士で力比べを始めることもある。しかし大抵、その敗北は死を意味することになるのだが。
「それに奴は人間だった頃の名残か、甘過ぎるからな……もし、どうしても応じないというなら」
ソルマは拳を握り、ただ一度だけ殺気を放った。ただしそれは、同じ悪魔であるはずのダンでさえ思わず身震いする程のものであった。
周辺にいた小動物は気を失い、静かになった森の中で、彼はゆっくりと口を開いた。
「その時には我にも考えがある」
ソルマは口角を片方だけ上げて、不敵な笑みで地平の果てを睨み付けた。