Chapter 5 - 四噺 流れ
時の流れは早く、ラプンツェルと共に過ごし始めて七年が過ぎた。
彼女もかなり成長して背丈も伸び、色々なことも一人で出来るようになった。
着替えなどの手間はかからなくなったが、活発になった彼女を相手取るのは中々疲れるものだ。
「おばあちゃーん」
鈴の音のように綺麗な声で私を呼ぶのは、もちろんラプンツェルである。
廊下を歩いていた私の元に駆け寄ってきて、眩しい程の笑顔で私の手を握る。
「いっしょに何かしようよ!」
彼女の笑顔を縁取る金色の美しい髪は、三つ編みにされてもなお腰より下まで伸びていた。
ラプンツェルの髪は、彼女が生まれてから一度も切っていない。
生物の羽や毛は、魔法を使う際に媒体となりうる。特に身体の一部である髪は、魔法を使うための力――魔力をコントロールする起点となる。
彼女程の魔力量だと、髪の毛を切るだけで魔力の抑制が出来なくなり、大惨事になる可能性があるのだ。
魔力の制御方法を教えておかなければ、暴走してしまった時にどうなるか分からない。
「……そうだな」
年齢的にも、そろそろ頃合いであろうか。
「だったら、勉強でもしようか」
「えーっ!」
私が指を立てて提案すると、たちまち抗議の声が上がる。
「おもしろくないからやだよー!」
いつもやっている文字の勉強だと思って、嫌そうな顔をする幼い少女。その膨らんだ頬を人差し指でつつきながら、私はまだ不慣れな笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、今日は魔法の勉強をしよう」
~
「つえ! かっこいい!」
宝石のような青い目を輝かせるラプンツェル。その目線の先にあるのは木で作られた細長い杖。
杖と言っても足が悪い訳ではない。握った者の魔力を流しやすくするために加工されたものだ。
机の上に置かれた杖は片方の先が丸く、そこに様々な植物が絡み合っている。この植物達のおかげで、体内の魔力を効率よく引き出す事が可能なのだ。
「ああ、お前のための杖だ」
「わたしの? やったあ!」
絵本などによく出てくる、魔法や魔法の杖が大好きな彼女は、ぴょんぴょんと跳ねて喜びをあらわにする。その動きに合わせて、三つ編みの髪がフラフラと揺れた。
今回はこの杖を使って、魔力を扱う練習を行わせる。魔力の扱いが上達すれば暴走もしなくなるし、魔法も使えるようになる。それまでどんな魔法が使えるようになるのかは誰にも分からないが、ともかく力の扱い方を知らなければどうしようもない。
一通りの初歩は普段の勉強で教えてあるので、後は実践あるのみ。
「まず、その杖を握って、体内の魔力を感じられるかどうか試してみようか」
彼女は頷き、その小さな手でそっと杖を握る。
「どうだ、何か変わった感じはしなかったか」
「うーん……何となく?」
首をかしげて眉を寄せるラプンツェル。
魔力を引き出す杖と言っても、その作用は補助のみであり、魔力の少ない者には作用しない。
彼女は身体に内蔵する魔力が多いので、感じ取れる程の魔力の移動が起こったのだろう。
「初めてで少し分かれば上出来だ、今度はその杖を離して、その違いを覚えるんだ」
「……あっ」
言われた通りに杖を離したラプンツェルが、何かを感じ取ったのか声を上げる。
「引っ付いてたのが、どっか行っちゃった……?」
「よく分かったな、それが魔力だ」
金色の頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細める。
ここまで魔力の流れに敏感なら、大人になる前に魔法を習得出来るかもしれない。
「それを何回か繰り返して、魔力の流れを掴むんだ」
「うん、やってみるよ!」
ラプンツェルは嬉しそうに杖を握りなおした。
~
「……よし、そろそろいいだろう」
しばらく練習して、ラプンツェルはそれなりに魔力を流すコツを得たようだ。
私の言葉を聞いた彼女は、次に何をさせて貰えるのかとうずうずしている。
そんな様子を横目に、私はいつも使っている棚から藁を一束取り出す。
「まず、藁を温める魔法からやってみようか」
「わら?」
「そう、いつもミルクを温めているあの魔法だ」
本当はそんな魔法はない。この藁は私が作った特別製で、魔力を通せばそれだけで温まるものだ。
こう言っておけば、私は魔法を使える、という自信になる。今後の練習にも大きなプラスになるだろう。
「さっきの魔力が流れる感覚で、この藁に魔力を流してみな」
彼女は藁を受け取ってギュッと握る。しかし上手くいかないらしく、次第にうんうんと唸り始め、最終的に藁を放り投げてしまった。
「むぅうぅー、できないよー」
「諦めずに、ほらもう一回」
「……うん」
散らばった藁を集めラプンツェルの手に戻すと、彼女は再びそれを握りしめ真剣な顔になった。その碧眼からは、かなりのやる気を感じる。それだけ魔法が使えるようになりたいということだろうか。
しばらくすると、彼女の持つ藁がほのかに赤く光った。
「あっ、あったかい……あったかい!」
温まった藁に驚くラプンツェルだったが、その表情は次第に笑顔に変わっていった。
「やった! 出来たよ、おばあちゃん!」
両手を上げ喜びの感情をあらわにするラプンツェル。
自分で温かくした藁に頬擦りするその姿は、とても神の加護を受けた者とは思えない、ごく普通の少女のものだった。
この子はどのような魔法を使えるようになるのだろうか。その魔法は優しい魔法かもしれないが、他人を傷付ける類のものかもしれない。魔法に振り回されて、彼女の人生が狂わなければいいのだが。
私は目の前で笑う愛しい少女の行く末を、いるのかどうかも知れない神とやらに祈ってみた。
~~~
彼女は流れ者。一つの場所に留まらず、風に任せて旅をする。
「んー、面白いことないかなぁ」
木漏れ日差し込む森の中。白髪の少女が一人、ふわりふわりと宙を舞う。
「仕事する気分でもないし……そうだ!」
その肌は薄緑。側頭部から生える巻角は、くるりと後ろに流れている。
「風の噂を聞いてみよう!」
空に翻って魔法を使う少女。天からキラキラと緑の光が降り注ぎ、彼女の元へと集まっていく。
「……ふぅーん、深緑の魔女かぁ」
その正体は風の悪魔。風を友とし、自由気ままに空を行く。
「面白そうだし、ちょっと行ってみよっかな?」
彼女は流れ者。一つの目的に囚われず、心に任せて旅をする。