指を折ってと指折り待つ彼女

Chapter 2 - 平坂隆司の葛藤②

中田祐三2021/05/23 17:48
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「相変わらずヘンタイカップルね」

 河野霧子は特徴的な切れ長の目で僕を見据えながらカップに口をつけた後、そう切り捨てた。

「そんなこと言われてもさ…こっちだって困ってるんだよ」

 ここは大学にあるカフェテリア。 向かいに座る霧子は涼しげな目元をさらに冷たくしながら僕をジッと見つめる。

「それじゃ別れたら?」

「それは無しの方向で…」

 切れ味鋭い言葉に僕もキッパリと返す。

 はあ…と霧子は溜息をつく。 

綺麗に刈り込まれたベリーショートの髪型と之葉とは対照的な長身の彼女はもう聞き飽きたと言わんばかりに頬杖をつきはじめた。

「それじゃどうしようもないじゃない。良くある話よ、いざ付き合ってみたら気が合わなかったとかね…」

「いや、気が合わないということはないんだけれど…」

 

「ああ、性癖って言ったほうが正しかったわね」

 身も蓋も無い。 だが現状を正しく言い現してしている。

「そりゃ…こっちだってある程度は譲れるとは思っていたんだけどさ…」

「涙ぐましいわよね、之葉のアレに頑張って食らいついているもの」

 褒めているのかあきれているのか? その言い方は多分に後者だろう。

 とはいえ、そう言われることをわかりきってわざわざこんな相談をするわけがないのだ。

 だから僕はテーブルの上で両手を合わせつつ恐る恐る、顔色を伺いながら…、

「その…そっちのほうから少し言ってくれないかな?だって霧子は…」

「無理よ…親友だからこそ、絶対にね」

 にべも無い。 というよりもこんな会話を実はもう数回繰り返しているのだ。

 河野霧子は竜宮之葉の友人だ。 彼女の言うとおり親友といっても過言ではないだろう。

 

 高校生の時に始めて出会った時からずっと一緒に居たくらいの付き合いだそうだ。 

 小柄でフワリとした印象の之葉と長身でしっかりとした風貌の霧子。 

 一見正反対に見えるけれど、だからこそ余計に気が合ったようだ。 対照的だからこそピッタリとはまるものらしい。

  

 実際に之葉も霧子は私の一番の友達と言っていた。 そして之葉の性癖というか好みも唯一知っている人間。

「之葉…私と出会う前からああいう願望持ってたからね、私から言わせればいまさらって感じよ。性癖なんてそう簡単に変えられるわけないでしょ? ああ、でもそれならさ…」

 どうでもいいのろけ話を聞かされたかのような投げやりの態度から一転ニヤリと笑ってもう一度こちらと向き合う。  

「いっそのこと目覚めちゃえば?あの子の為に色々と頑張ってくれたんでしょう?」

「…頑張ったというか、毎回無茶振りされるから必死だっただけだよ」

 確かに僕は頑張った。 

 ゼミの飲み会で彼女を見た瞬間、一目ぼれした僕は警戒する霧子の嫌味や直接的な拒絶の言葉をかいくぐって必死で之葉に話しかけていた。

 之葉も最初は戸惑っていたようだが、それでもすぐに心を開いてくれて…。

 そして何回かのデートを繰り返して付き合って欲しいと告白したのだ。

 彼女は少し照れていたように思うけれど、やがてふと真面目な顔になって『付き合うのはいいんだけど…』と彼女の性癖を告白された。

 つまり僕達は付き合う直前と直後に互いに秘めた想いを打ち明けあった。 

 最初に彼女自身の性癖を言われた時。 内心はともかくとして受け入れようと思っていた。 

 そりゃ性癖なんて多少は誰でも持ってるものだし、そこまでマイナーとは言えない趣味なのだから。

 恥ずかしながら惚れた弱みもあったし…。

 だから『大丈夫だよ、何でも言ってね』と返してしまったのだけれども。

 やはり『本物』は違った。 之葉のそれは僕が考えるよりもずっと深くて謎めいていて、そしてぶっ飛んでいたのだ。

 そして『願望』を聞かされたその後のお願いで僕は文字通り固まってしまった。

 『それじゃ、私のお腹、本気で殴ってくれる?』

 そう、僕と之葉が付き合って初日にしたことはキスよりも先にお腹を全力で殴りつけるという行為だった。

 

 もちろんセックスよりも早く。 ある意味それ以上に濃厚な行為から僕らは始まっている。

 

 好きな人と恋人になれたということは飛び上がるほどに嬉しくなるはずだ。

 そう考えていた。 けれどその日僕らが『それじゃ、また明日、大学で』と別れるとき、之葉は度重なる殴打でお腹を青くしながらフラフラと帰っていく。

 僕は僕で今までに喧嘩もろくにしたことないのに、ましてや大好きな人を殴り続けたショックで同じようにふらつきながら家に着き、すぐにトイレに駆け込んで胃の中を空っぽにした。

 そしてその日、僕は之葉とのこれからのことに大きな不安とそして僅かではあるが好意が成就したことへの恍惚を抱えつつ朝を迎えたのだった。