異世界八険伝

Chapter 5 - 試行錯誤がもたらすもの

AW2020/03/06 13:42
Follow

あー、びっくりした!

 この世界の価値観なのか、エルフの価値観なのかはわからないけど、すっごく積極的。

 告白って、とっても勇気が必要だと思う。本気で好きになった相手だと特にね。だって、普通は好きな子と目が合うだけでも、心臓バクバクで固まっちゃうのに、目の前に立って気持ちを伝えるんだよ? それこそ本物の勇者だよ。心の底から尊敬しちゃう。

 と言いつつ、両想いより片想いの方が気楽でいいと思ってるボクが通りますよっと――。

 ボクの心臓も、さっきからドキドキが止まらない。

 理由の半分はさっきのプロポーズだけど、残りはこれから行うある実験のせいだ。

 ボクがエリ婆さんたちの話を聴いて考えたこと、それは、命を奪うことなく強くなるための方法だ。

 魔法が心の強さなら、そしてイメージに依存(いそん)するのなら、何か方法があるのかもしれないでしょ?

 だって、誰かを守るために、他の誰かの命を奪う必要があるなんて酷すぎるし、矛盾しているから。それが、この世界を創ったアイツのルールだと言うのなら、ボクは絶対に従わない!

 一本のチューリップと睨み合う女の子――とてもシュールな絵面かも。

 左の葉っぱが放つフックをジャンプして避ける。

 右フックもジャンプだ。

 相手からしたら完全におちょくられている感じかもだけど、立てた箱ティッシュを跳ぶようなものだし、何も考えずにジャンプするのは楽でいい。

 感情や思考力があるのかないのか、何度も何度も亀さんスピードで突撃してくる。その健気な姿に、跳びながら拍手を送る。

 ドラマやアニメに出てくる、芝生に寝そべって子犬と戯れる飼い主のよう。って、この場合、跳ねる方が逆な気もするけど――。

 でも、さすがに二十回を超えると脚が上がらなくなってきた。これ、意外ときつい。楽しいけど、無駄な動きは封印する!

「よっと、ほいっと!」

 今度は、横に、後ろにと踊るように躱す。うん、ダンスのステップみたいでこれも楽しい。

 だがしかし、ここでダンスの内容が急変する。

 二本のチューリップが加わってきたんだ。

「ちょっ、ちょっと! 順番は守ってよ」

 ダンスパートナーを奪い合うチューリップたちに、唇を突き出して抗議したけど、全く聴く耳を持たない。

 可愛い花には毒がある?

 一発でも受けたら死ぬかもしれないんだから、油断大敵だ。頬をパチンと叩いて笑顔をぎゅっと引き締める。そろそろボクも本気を出す。

 純粋な植物鑑賞は捨てて、チューリップの動きをとことん観察。あるのかないのか、その一挙手一投足に全神経を集中する。行動を先読みし、ギリギリで躱す。

 ポイントは、いかに“ギリギリ”躱すか。

 凸ってくるA汰の上を、華麗なジャンプで跳び越える。横から回り込んでくるB希の脇をすばやくガンダり、包囲を企むC介を左後方へのステップで躱すと、満を持してまたA汰が凸ってきて――途中で気づいた無限ループ(攻略法)。

 緊張が限界突破したとき、原因不明、理解不能な楽しさが滲み出てきた。ただでさえ遅い動きが止まって見えるほど、集中力が漲(みなぎ)ってくる。

 ついつい夢中になり過ぎたボクは、既に十を超える赤青黄色のチューリップ群と共にブートキャンプ状態へと突入している。

 それは、そのとき突然現れた。

 ボクの目の前で舞う、半透明のカード。

 光の線で描かれたイラストや文字は、カードゲームに出てきそうなハイクオリティだ。

 直感で分かった。

 これが魔法の習得なんだ、と。

 安全圏に逃れたボク、その動きに合わせて追尾してくるカード。

 右手を伸ばし、それを遠慮なく掴み取る。

 パチンッ!

「えっ!?」

 指先が触れるか否かの瞬間、突然カードが光の結晶となって弾け飛ぶ!

 でも、不安を感じたのはほんの一瞬だけ。

 光がボクの胸に吸い込まれていき、続いて頭の中に明確な映像が浮かぶ。

 髪の長い女性――。

 胸の前に両手を掲げ、指で輪を作っている。白く可憐なロングドレス、閉ざされた瞳をうっすらと覆うほどの睫毛(まつげ)、眩しいくらい綺麗な青髪、その姿はまさに女神そのもの。そして、輪の中に描かれているのは、銀色に輝く砂時計だった。

「あぅ、回避系の魔法じゃない――」

 遠い空には夕焼け雲が浮かんでいる。

 森に入ってから、軽く八時間以上は経っていた。狙っていた物ではなかったけど、念願の魔法を手に入れた!

「えっと、どんな効果だろう?」

 脳裏に浮かぶ映像に、意識を集中させる。

 すると、声や文字ではなく、頭の中に直接メッセージが送り込まれてきた。初めて味わう不思議な感覚。

『クロノス/下級:僅(わず)かな時間を操作する』

 クロノス? 時間操作?

 時を止めたり、進めたりってこと?

 僅かってどのくらいだろう――試してみるか。

 教室で発表するときのように、右手を上げて頭の中で魔法名を呟く。

(クロノス)

 ……

 あれ?

 何も起きない? 失敗した?

 え、もしかして時が止まってた?

 しーんと静まり返った森を、一陣の風が流れていく――。

「もう一回!」

 今度は本気。

 女神様と同じポーズをとり、胸の前に気合いのハート型を作って甲高く叫ぶ。

「クロノス!!」

 ……

 んん?

 やっぱり、魔法が発動した感じがしない。

 もしかして、下級だから気づかないくらい短い時間とか?

 それとも、自分を含めて時間が止まっちゃう系?

 どっちにしても、めっちゃ不良品じゃん!

 およそ一時間、ボクの試行錯誤は続いた。

 周りに誰もいなかったのを良いことに、考えつく限りの度を越したポーズと詠唱が、素晴らしい中二病患者を生む。

「もう、駄目。疲れた――」

 ある意味、ブートキャンプ以上に疲れ果て、地面にぺたんと座り込む。

 ボクの怪しい行動が魔物を呼んだのだとしたら、自業自得と笑うしかない。

 視界の隅っこに、木陰から猛進してくる黒が映るのとほぼ同時、ボクは横に転がって回避する。地を這うそれと交差したとき、昨日見た悲しそうな瞳を思い出した――。

 ブラックラビット!

 しかも、頭に角が生えてる!

 一瞬の睨み合い――そして、悟る。

 赤く光る眼球は、理性の欠片もなく嫌悪と憎しみを燃え滾(たぎ)らせるのみ。もう、やるかやられるか、そういうこと!

 左腰に襷掛けした布製の巾着袋、そこから三十センチほど突き出した棒を、静かにまさぐる。

 ウサギはというと、重心を下げて跳び掛かる体勢を維持している。

 ボクは終始視線を離さず、鞘から抜くかのように黒い棒を引っ張り出す。うぅ、これがクモの脚だなんて忘れたい。

 将棋の陣形を組むかのように、お互いが戦いの準備を整えていく。

 そして――。

 ボクが右足を半歩引いた瞬間、奴は迷わず飛び込んできた!

「うわっ!」

 前に残した左足を狙ってくるのは予想通り。

 でも、フェイクまで入れて準備したボクの反撃は、崩れた体勢のせいで不発に終わる。

 身体を回転させて辛うじて躱すのが精一杯。それだけ予想外の速度だった――。

 勢い余ったウサギは、角を地面に突き立てお腹を見せる。

 チャンス!?

 スカートの裾を掴み、必死に駆ける!

 村の結界まで二百メートル以上。追って来ないでと祈りながら走る!

 でも、甘かった――。

 飼育係が小屋のウサギを捕まえるのとは雲泥の差。魔物の特性か、獲物を狙う狼のように素早く足元に迫る角ウサギ。

 命の奪い合いなんて絶対にしたくない! そう思った瞬間、一つの考えが浮かんだ。

 急停止した後、ボクは大きく跳ねて体(たい)を入れ替える。

 もう逃がさないぞと言わんばかりに、角を突き出して襲い来るウサギ。

 その時を待って集中力を研ぎ澄ますボク――。

「やぁっ!」

 絶妙のタイミングで突き出した棒は、跳び上がった角を真正面から弾く!

 骨に響く痛み、でも相手にはそれ以上に効いたようだ。

 仰け反ってもがいた後、今まで以上に目を光らせて立ち上がる。

 そして、飛び込んでくるウサギが獲物(ボク)に飛び掛かるほんのゼロコンマ数秒、再び突く!

 自分に近い側の足首を狙って飛び込んでくるのは本能だろうか。

 最大の武器は、最大の急所でもある。

 身体の前にちょこんと出した左足を餌に、ボクは角への突き攻撃を放ち続ける。

 その間、じっと相手の目を見続けた。赤い光を弱めていくその目を――。

 百を超えるカウンターの末、とうとう決着がつく。

 弱々しい目を一瞬だけボクに向け、角ウサギは茂みの中へと逃げて行った。

 心が通じ合ったのか、それとも折ることができたのか。

 でも、命を奪うことなく勝利した――。

「ボクは……これからも……殺さずに勝利する!」

 地面に仰向けになり、両手を高々と掲げて号泣する。

 命を懸けた戦いからの解放、そして、理想に一歩前進できたこと。それが何よりも素直に嬉しかった。魔力は上がらないだろうけど、これも明らかな強さの証明だから。

 そして、さっきからずっとボクの目の前で点滅しているカードに、そっと手を触れる。

 脳裏に刻まれたのは、交差する槍の映像。クロノスのような派手さはないシンプルなもの。

『カウンター/下級:攻撃を跳ね返す』

 よし、狙い通り。

 そして、暗くなりかけた小径を、興奮気味に村へと急いだ。

 ★☆★

 聖樹結界を抜け、隠れ里へと入る。

 小走りに教会へと戻る途中、全身を違和感が貫いた。

 何かがおかしい――。

 長閑なはずの村に喧騒が木霊する。

 声のする方に向かって一直線に駆け上がると、広場に人だかりができていた。

 おっさんを掻き分け、その中へと強引に割り込む。

「おやめ……くださ……い」

「娘を……誰か……誰か……」

 あの、美男美女夫婦?

 花壇に埋もれるように二人が寄り添って倒れている。

 それから、地面に座ってうとうとしてるリザさんも見えた。

「大森林の土産だ、ガキエルフ一匹くらいでグチグチうるせんだよ」

 ん?

 見たことのない男?

 その足元に誰かが――あ、あの可愛いエルフが、髪の毛を掴まれて!!

 即座に状況を理解した!

 躊躇う間もなく、決断する!

「やめて!」

 棒を右手に取り、人攫(ひとさら)いの後ろから迫る。

 

「あぁ?」

 げっそり痩せた小男が振り返り、ボクを睨んできた。

 大丈夫、凄く弱そう!

「エルフはエリザベート様の庇護下にある。貴方は、王国を敵に回す覚悟があるの?」

 

 事情は詳しく知らないけど、当たらずとも遠からずのはず。

 鼠男の突き刺すような視線の中に、ほんの微かな動揺が混じったことに気づく。

「こんな僻地に人間がいるとはな、それも結構可愛いじゃねーか」

「今なら特別に見逃してあげる。すぐ、今すぐにその手を離して!」

「こいつ等は良質の魔素だ。人間様が生き残れるかって瀬戸際に、何を甘い戯言(ざれごと)を――」

 男は最後まで言い終わらぬうちに、手に持った短剣で斬りかかってきた。

 交渉しても無駄だ!

 頭上、左側から放たれる斬戟――。

 そんなへなちょこ攻撃、ボクには当たらないよ!

 身を屈めて躱すのと同時に、カウンターを意識して手首を打ち抜く!

「あぶな! くっそ、土産なしかよ!」

 驚きの表情で顔を歪め、男は何も手にせず、愚痴だけ残して去って行った。

 当たらなかった――。

 至近距離からのカウンター小手打ちは、剣道でのボクの必殺技。それが、初見で避けられた。部活レベルの技じゃ、命懸けのこの世界では通用しないってことね。

 下唇を噛み締め、足を引き摺りながら暗い森へと消えて行く猫背を見つめる。

「リンネさん、何とお礼を言えば良いのか――」

「あぁ、貴女が無事で良かった! 本当にありがとう!」

 あわわ、エルフが近い!

 でも、ボクの心の中は複雑だった。素直に感謝の気持ちを受け取れそうにない。

 だって、あの状況!

 リザさんを含めた大人エルフ数人が倒され、女の子が髪を引っ張られていた――。

 何もできずに逃がしてしまった無力感と、誰も死なずに済んだことへの安堵感が、僕の中で激しく鬩(せめ)ぎ合う。

 土下座して、涙ながらに感謝を述べる美男美女エルフを立たせ、ボクは精一杯の優しさを込めて声を掛けた。

「いえ、皆さんが無事で良かったです」

 棒を袋にしまい、泣いていた子どもを介抱する。この子、美男美女夫婦の子なのか。道理で顔が整っているわけだ。

 集まっていたエルフたちは、ボクの活躍を大声で語り合いながら、それぞれの家へと戻って行った。

 ボクも、美男美女に手を振りながら、目を覚ましたリザさんと一緒にエリ婆さんのいる教会へと向かった。

「リザ、何とも情けない」

「すみません――」

 エリ婆さんが、平謝りのリザさんを竜の杖でつっついている。

「それに比べ、リンネ殿――そなた、魔法が二つも」

「はい、頑張りました!」

 なぜか、感極まって涙を流し始めるエリ婆さんの背中を擦ってあげる。

「クロノス、それは上位精霊が司る大魔法じゃ。やはり勇者の器を持っておられたか――」

 えっ、これって、凄い魔法なの?

「器はないですが、この魔法、なぜか使えないんです」

「あぁ……」

 余計に泣き出してしまうエリ婆さん。

「リンネちゃん……その……言いにくいんだけど、魔法は強力になればなるほど、膨大な魔力を必要とするの」

 えっ? ってことは?

「うむ……魔力0のリンネ殿に使える代物ではない……」

「えぇー!」

 こっちが泣きたくなるよ。

「だが、もう一つのカウンターであれば魔力がなくとも発動可能なはずじゃ。無論、魔力が高いほど効果はあるが」

「あっ! だからさっきは使えたのか! 当たらなかったけど」

「リンネちゃん、勘違いしてる。あの男は魔法使いよ。私たちはあいつのスタン魔法にやられた。逃げるとき見えたでしょ? 男が足を引き摺ってるのが。きっとリンネちゃんがスタンをカウンターで跳ね返したのよ」

「えっ……」

「鏡のような性質じゃからな」

 鏡?

 反撃(カウンター)というより、反射(リフレクター)だよね。魔法まで跳ね返せるなら、これは凄く便利かも!

「何より皆が無事で良かった。もう時間も遅い、本題に移ろう」

 エリ婆さんが真顔で語りだしたのは、例の鼠男が齎した二つの情報についてだった。

 彼は西の王国と呼ばれるアルン王国諜報部の者で、極秘情報を携えてここまできたとのこと。

 一つは、魔族大侵攻が活発になったということ。具体的に言えば、魔王復活の兆しが見られるとの報告。

 もう一つは、エリ婆さんの勧誘だったそうだ。東の王国を出たとはいえ、西に味方する義理はないと突っぱねたそうだけど。

「逃げちゃいましたけど、大丈夫ですか?」

 こういう場合、一番怖いのは仕返しだからね。

「問題ない。今は人間同士で争っている場合ではないことは、西も当然理解していよう。それに、村の外に小隊が潜んでおった。やり過ぎれば村ごと滅んでいたじゃろうな」

 そう言って、ふぉっふぉっふぉと笑うエリ婆さん。ボクの背中は冷や汗が流れ落ちているのに――。

「殺さずに勝利する、実にリンネちゃんらしいわね」

「え、どうしてそれを?」

「さぁ、どうしてでしょうか? ヒミツ!」

 あぁ、この人、一日中ボクをストーカーしてたね!