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死神と黒猫2(夏物語)


Kurosawa satsuki2023/04/21 14:01
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一章:騙し騙され振り振られ


あれから六年が経過した。

俺は、相変わらず黒澤病院に身を寄せながら精神科医として働いている。

一応まだ学生である為、休日にしか診察しないが、電子カルテと睨めっこしたり、

診察しながら、患者の幸せを密かに願ったり、

数年前までは、想像できなかった風景が、

日々目の前で起きている。

黒澤総合病院は、一般の医療施設とは少し違い、

身寄りがない高齢者や、受け入れ先のない患者を多く受け持っている。

例えば、強度行動障害もその一つだ。

強度行動障害(自閉症の二次障害) とは、

重度の自閉症のことだ。

ストレスが原因で自傷他害の言動をする事で

自己防衛をし、

大きな声を上げたり、頭を壁に打ち付けたり

といった症状が見られる。

その他にも、保険対象外の障害を持つ子供も多く受け入れているという。

発達障害は個性だと言われる現代だが、

治療を必要としている人達を野放しにするのは

間違っている。

「まぁ、関わりたくないと思うのも当然なのだろう」

「触らぬ神に祟りなしってか?

みんな、自分の事で精一杯なのか…」

「苦しみってのは、経験者にしか分からないのさ。

お偉いさんらが見て見ぬふりをするのも同じ理由」

「そういう人達を救いたくて、

俺はこの業界に足を踏み入れた」

「医師免許取ったのか!?」

「今は、臨床心理士の資格を持っている」

「お前はまだ中学生だろ!?」

「資格を受けるのに年齢は関係ない」

「違くて、国家試験を受けるためには厳しい条件が有ってだな!中学生のお前が、大学院すら行ってないお前が、国家試験を受けれるわけが無いだろ!」

「修士課程は小六の時に…」

「マジかよ」

「けど、一体どこで勉強したんだ?」

「院長にしごかれたんだ。

ずっと勉強漬けだったよ。

リモート授業だから、その分何とかなった」

「エッ」

非現実的な発言に教室にいる皆が唖然とした表情で一瞬俺を見る。

俺にとっては普通の事だから、

皆の反応に少し驚いた。

「それより、オカルト部の活動はどうなってんだ?最近、部室に行っても黒田くらいしかいないし」

「俺たちも来年は受験生だし、

勉強とかで忙しいんだよね〜」

「昨日、お前らがゲーセンにいる所を見たんだが?」

「げっ」

「とにかく、顔くらいは出してくれ」

「ったく、仕方ないな〜」

オカルト部の主な活動内容は、

廃棄に不法侵入して肝試しをするのではなく、

心霊にまつわる資料を片っ端から調べて、

それをブログにまとめたり、

自分が体験したことや、他人から聞いた話を記録することだ。

部員は、俺も含めて四人だけ。

“北村由乃”と“西川明菜”が部室に顔を出さなくなってから一週間以上経った。

二人揃って、ゲームセンターやカラオケで仲良く遊んでいるのは、同伴者からの情報で大体把握している。

とはいえ、

最近俺も部室へ毎日は行けなくなったし、

中学三年の受験シーズンに、

前みたいに活動を続けるのは難しいだろう。

「とりあえず今日は部室に来い」

「どうせウチらやる事ないのに…」

「西川、お前にやってもらいたい事がある」

「何よ?」

「それは、悪魔の正体についてだ」

悪魔の正体について纏めたレポートを、

顧問の伊藤先生に提出する。

期限は、たったの三ヶ月。

執筆は俺がやるとして、

それまでに、皆の考えを聞いてまとめておきたい。

「じゃ、まずは西川から。

その次は由乃で、最後に俺が言うって事で」

悪魔の正体について、各々の意見を述べる。

架空説や普段は人間界に干渉できない説など、

色んな仮説が出る中で、

俺が一番腑に落ちたのは、

人の中にしか存在しないという考えだ。

悪魔というのは、

恐怖や憎悪などの感情を表す為に、

人々の中で具現化させたものであり、

善悪を決める際の概念的存在として考えれば、

聖書に出てくる言葉にも納得がいく。

そして、人間の本性とも言える。

誰しも、自分以外には見せたくない部分がある。

それを、我々は悪魔として捉える訳だ。

聖書に出てくる悪魔は、基本的に黒い羽や獣のような牙を持っているが、

正直なところ、姿形は何でもいいし、

個人によって様々で、醜い姿でなくてもいい。

つまり、天使のような見た目の悪魔がいても、

何ら不思議では無いという事だ。

勿論、この内容は全てクロから聞いた。

六年前に現れ、そして和解したクロは今、

大人しく俺の中で眠っている。

「黒田からは何かあるか?

無理に話さなくてもいいけど、

俺は、君の意見も聞きたい」

「えっ、えっと…」

黒田は少し間をとってから話始めた。

悪魔というのは、想像上の存在であり、

ネットなどで見聞きする目撃談の殆どは作り話に過ぎない。

或いは、科学的根拠を提示するならば、

心理的要因によって見る幻覚という可能性もある。

というのが、黒田の意見らしい。

一方、由乃と西川の考えは俺達とは違い、

科学だけでは説明のつかないスピリチュアルな要素が存在し、幻覚や妄想と片付けるには無理があるとの事だ。

「みんなの意見を聞かせてもらった。

後で俺がまとめて提出しておく。

今日はとりあえず帰ろうか」

西川の近くにある掛け時計を確認すると、

短針が六を指していた。

日も暮れかけており、これ以上長居はできないようだ。

「そうだな、俺も腹減った」

俺達は、机に置いたノートや筆記用具を片付けて静かに部室を出た。

下駄箱で靴に履き替え、校舎を離れる。

俺は一度空を見上げたが、月は見えなかった。

…………

俺たちは今、黒澤病院の裏庭、

祖父(黒澤明)が遺した石碑の前にいる。

帰りに由乃が一度見てみたいと言ったので、

こうして、石碑の意味を説明しながら他愛もない話をしている。

“罪ヲ美化スルナ

サモナクハ

マタ次ノ犠牲ガ出ルダケダ

戦友ヨ我ガ友ヨ

死ヲ忘ル事ナカレ”

祖父はかつて軍人だった。

祖父の過去を、祖母から聞いた。

石碑は、当時十六歳だった祖父が、

特攻作戦の前に書いた遺書を元に彫られたものだ。

一式戦闘機“隼”に搭乗したが、

作戦は失敗し、祖父は生き残った。

祖母の詩織と結婚し、子宝にも恵まれたものの、

本人は仲間と共に死にたかったそうだ。

「死神、だっけか?

俺にはよく分からないけど、

お前も、お前の周りも凄い奴ばかりだな」

「由乃だって、その一人だよ」

「で、お前はその力で戦争でもするのか?」

「しないさ。この力は、人を救う為だけに使う」

「ならいいんだけど。

例えば、どんな事に使うんだ?」

「医療とかに使うさ。

死神には、それぞれ固有能力があって、

俺には、人の心を見通す“読心”という力がある。

医療業界では、

そういった能力を十分に発揮出来る」

「なんか、非現実的だな」

「そうでも無いさ」

「口だけで終わらないといいな」

「行動で示す」

勿論、この台詞に嘘はない。

俺が持っている死神の固有能力は“読心”で、

文字通り、相手の思いを読む事が出来る。

精神科医の俺にピッタリな力だ。

人の為に使わないなんて勿体ない。

「なんかお前って、昔とだいぶ変わったよな」

「どういう意味だ?」

「昔はあんなにナヨナヨしていたのに、

今じゃ、男らしくなったというか」

「褒め言葉は感謝するが、

男らしくとか、女らしくとか、

そんな戯言はもう聞きたくない」

「すまん。俺も言い過ぎた」

「いや、大丈夫だ」

「なぁ、そこの公園でバスケしないか?」

「そうだな、久しぶりに勝負するか」

俺は、由乃の提案に乗り、

場所を変え、公園の中にあるバスケコートへと向かった。

お互い制服のままだが問題ない。

由乃とこうして一緒にバスケをする時間が、

実は好きだったりする。

最初に誘って来たのは由乃の方だが、

たまに俺から勝負を申し込むこともある。

けど、あんなにバスケが好きなのに、

バスケ部の勧誘を断ったのは未だに謎だ。

由乃くらいの実力なら、

間違いなくエースとしてレギュラー入りできるはずなのだが。

「どうした?」

「いや、お前は何でバスケ部に入らないのかな徒思って」

「バスケは趣味でやってる。

練習とか大会とかには興味ない」

「本気で選手を目指す訳じゃなくても、

一人でばかりやるのは物足りなくないか?」

「だから、こうしてお前とやるんだろ?」

「そうか」

……

由乃と交差点付近で別れた後、

黒澤病院に戻って、レポートの作成に取り掛かった。

レポートの作成中、この病院の院長が自室に入って来るなり、窓際にあったテレビを付けた。

「課題に集中できないんだけど」

「悪いけど、ちょっと観てほしいものがあるの」

テレビの画面には、小柄な美人アナウンサーが写っている。

その下にあるテロップには、

“医療研究者の男が殺害されて死亡”と記載されている。

「これがどうしたんだ?」

「昨日、ガン細胞の研究をしていた男が何者かに殺されたらしいわよ」

「これで何度目だ?」

「いつもの事でしょ?

医者がみんな善良な心を持っているとは限らない」

利権が絡むと人が死ぬ。

医学界隈ではよく聞く話だ。

「どんな名医でも救えない命もある。

なんでも完璧になんて、不可能なのよ。

悔しいけど、私たちは目を瞑るしかないわ。

私たちは、私に出来ることをしましょ」

「そうだな」

「けど貴方、精神科医でしょ?」

「心だって同じだよ。

一歩間違えたら死に繋がる。

言葉一つで生かしもするし、殺すこともある」

「カッコつけちゃって、誇りなのね」

「当然だ」

生きるのは難しいが、死ぬのは簡単だ。

生かすのは難しいが、殺すのは簡単だ。

そう、前に祖母が言っていたのを思い出した。

祖母もまた、ひとりの医師だった。

今まで何人もの命と向き合ってきたからこそ言える台詞だ。

俺は祖母の事を好きでは無いが、

こういう立派な姿勢には素直に尊敬する。

自分も、医療従事者として見習わないといけない。

そんなことを考えながら、

また目の前のレポートに集中した。




二章:言わずもがな木漏れ日


近頃は、頭が重くなる話ばかり耳にする。

苦い涙はもう見たくないというのに。

例えば、いじめ問題とか。

俺の学校にも、いじめがある。

例えば、あの渡り廊下にいじめられっ子が一人。

同じオカルト部の仲間でもあり、

同じクラスの“黒田礼子”だ。

俺はよく、彼女の相談に乗っている。

なんの説得力もない回答でも、

黒田は真剣な顔で聞いている。

普段は自分の事をあまり喋らない黒田が、

時折、俺に腹を割って話してくれて嬉しく思う。

「大丈夫か?」

「う、うん」

「やめろって、ちゃんと言わないと」

「それでも、虐めはなくならない…」

「まぁ確かに、それもそうか。

虐めた側が教師になる事もあるし、

あいつらは大人になっても繰り返す。

ターゲットが変わるだけ…

けど、許さなくていいよ。

許したところで罪は消えないから」

「どういう事?」

「差別というのは何処にでもあるし、

これからも無くならない。

時代が違っても、形を変えて存在し続ける。

いじめだって、あることないこと理由付けして、

相手を落とそうとする。

古来より引き継がれてきた人間の本能なんだ。

対処の仕様がない」

流石にこれは失言だったか。

今の発言は彼女が欲しい回答ではなかったらしく、黒田は目を逸らして俯いてしまった。

「やっぱり諦めるべき?」

「だから、味方を増やすんだ」

「黒澤くんは、私の味方になってくれるの?」

「当然だ」

「あ、ありがとう」

「でも、復讐したいとは思わないのか?」

「でも、そんなことしたら…」

「復讐からは何も生まないっていうのは、

加害者が作り出した加害者側にとって都合のいい言葉なんだ。

俺は、この言葉が嫌いだ。

だから、君がやり返したいなら賛同する。

ただし、直接攻撃したり、

復讐にばかりとらわれないように気をつけろ。

そのせいで罪を背負った奴を俺は知っている。

あくまで、見返してやるって気持ちでな」

「うん、分かった」

黒田は、俺に向き直ってまた微笑んだ。

もはや、マトモな答えになってなくて、

自分でも分からなくなってきた。

けど、何があろうと決して一人では無いという事を黒田に伝えたい。

クラスメイトとして、友達として、

自分にできることをするだけだ。

「そうだ、明後日に由乃と西川の家へ遊びに行く予定なんだけど、黒田も来るか?」

「いいの?」

「大丈夫、二人には俺から伝えておく」

「うん!」

………………………………

土曜日の昼頃。

俺達三人は、待ち合わせ場所から西川の家に向かった。

校庭くらいの広さがある敷地の前に着き、

外側に設置されているインターホンを鳴らす。

五分後、西洋式の大きな扉が開かれ、

中から西川に出迎えられた。

入って早々、至る所に赤や金の装飾があり、

玄関前には、巨大な女性の肖像画が飾られてる。

なぜ西川が、こんな豪邸に住んでいるのかというと、西川の両親は、二人揃って大企業の社長で、

西川は社長令嬢という訳だ。

「みんな固いな〜、もっと肩の力を抜いていいんだよ〜」

「だってよ、豪邸に上がるの初めてだし…」

「そういえば、黒っちも豪邸に住んでるんだっけ?」

「あれは祖父母の家。俺は病院で寝起きしてるし、あんまり関係ないよ」

「咲月、お前も十分羨ましいぞ!」

「だから、俺はあの家に住んでないんだって」

「さぁ、みんな入って」

ロビーを抜け、客間を通り、

二階の長い廊下を進む。

前を歩いていた西川が三番目の扉を開く。

西川専用の部屋だそうで、

中へ入ると、年頃の女の子らしい装飾のベッドや机、ぬいぐるみ等が所狭しと配置されていた。

「すげぇ、ピンクだらけだ」

「なるほど、西川はこういう色が好みなのか」

「どう?いい部屋でしょ?」

まだ緊張が解れていない俺達は、

ベッドの隣にあった水色のソファーに腰掛ける。

「ねぇ、今から何して遊ぶ?」

デスクトップPCや最新のゲーム機など、

西川の部屋には何でも揃っている。

この場合、みんなで出来る遊びを考えるべきだが、これだけ物があると中々決められない。

「じゃ、ババ抜きやろうぜ!」

「いいねぇ、やろやろ!

私、引き出しからトランプ取ってくる!」

………………

西川の家から帰ってきた翌日。

お昼休憩の前に、

三十代の女性が俺の元にやって来た。

今回は初診ということで、

現在の心理状況や過去のトラウマについてなど、

事細かに聞き、電子カルテを作成していく。

「あの私、もう死のうかなって思ってるんです。

生まれた時から碌な人生を歩んでこなかったし、

このまま生きていたって意味がないから…」

「心中お察しします。

貴女は今まで十分頑張った。

貴女の体もそう言っているように思えます。

仕事が大事なのは分かりますが、

今すぐにでも休んだ方がいい」

元自殺者の俺が、こんな薄っぺらい同情をするのは酷な事ではあるが、

この女性は、同情せざるを得ないほど酷い過去を持っている。

父親の借金と両親の離婚、

親権者の母親はホストに狂い、

高校の時に初めて出来た彼氏から暴力を受け、

自分もホストにのめり込んで、

借金も返せないのに、

好きなホストに何百万と貢いで、

体も心も壊して、落ちるところまで落ちたんだ。

今まで周りの人間から、

大事な人達から裏切られてきた。

死ぬなと諭す方が非常識だ。

「休むって、これから私はどうすればいいんですか!?」

「では、どうしますか?」

「それを聞きに来たんでしょ!?

あんた、医者じゃないの!?

いっ、医者だったら、私を助けなさいよ!!

私はもう……」

取り乱す女性の肩を軽く叩き、

どうにか修羅場を回避する。

「とにかく、ホストはやめにしましょう。

トラウマについても、これからゆっくり癒していけばいい。

過去の傷を癒すのは時間だけではない。

良い人付き合いや、自分」

一応薬は出したが、飲みたくなかったら飲まなくてもいいと伝えた。

支援窓口を紹介するだけでなく、

きちんと最後まで協力すると約束した。

女性が退室の際に、

「貴方だけは信じてみます。

私を裏切ったら、一緒に死んでもらうから」

と言った。

鳥肌立つ台詞だろうが、

俺も初めから責任を持って救うつもりなので、

特段、驚きもしなかった。

何故なら、これが俺の仕事だから。




三章:叶うは二つ



よく晴れた金曜日の放課後。

部活終わりに黒田から呼び出されて、

人気のない廊下を進み、音楽準備室へと向かった。

音楽準備室の扉を優しく引き開けると、

窓を背にして立っている黒田がいた。

「大事な用事ってなんだ?

俺にできることがあれば遠慮なく言ってくれ」

「私ね、咲月君の事が前からずっと好きだった。

貴方は、唯一私を見捨てないでくれたんだもん。

こんな私でも、優しくしてくれた貴方の事が好き…なの」

唐突な告白に戸惑っていると、

黒田に勢いよく抱きしめられた。

息を荒げながら、俺の胸元に顔を埋める黒田。

黒田の体温が、制服の上からでも感じられる。

次の瞬間、俺は両手首を掴まれ地面に押し倒された。

「おい黒田、一体どうしたんだ!?」

「フフッ、もしかして怯えてるの?

私の事嫌いになった?」

「いつもと様子がおかしい…

まさか、またあいつらに?」

「違う、今はそんな事どうでもいいの。

どんなに私を否定しても、私は逃がさないから」

「おっ、おい…」

「ねえ、私を愛して…」

黒田の瞳が真っ赤に光る。

既に、悪魔から魂を乗っ取られている状態だ。

こうなると、何を言っても、自分や他人が傷ついても、本能のままに行動するようになり、手が付けられない。

とりあえず今は、彼女の意を受けるしかないようだ。

「わかったよ、おいで」

「嬉しい…待ってて、今から貴方を私以外じゃ満足できない体にしてあげる」

俺は無抵抗なまま、何度も激しいキスをされる。

互いの手のひらを重ね、指を絡ませる。

一般的な男よりも強い握力で押さえつけられているせいで、力を入れて解こうとしても解けない。

「“Look on”」

俺は、死神の能力を使って、

黒田の中に潜む悪魔の姿を見た。

クロの視界を借りて見えたのは、

普通の幼い少女の姿だった。

顔面も人間の子供と相違なく、

足先まで垂らした長髪が、

生き物のようにユラユラと動いていた。

その数秒後、悪魔と目が合った。

少女からは殺意を感じず、物悲しそうな表情で、

こちらに助けを求めているようだった。

あれが黒田の中に眠る本音なのだろうか?

「待ってろ、必ず助けるから」

再び視界を現実に戻すと、

黒田が俺の胸の上で眠っていた。

呼吸も落ち着いたようで、

その表情は、いつもの黒田だった。

いつの間にか日も暮れて、

空もネイビーブルーに染まっていた。

俺は、背負いながら薄暗い校舎を出た。

……

それから三日後。

部活終わりに由乃と西川を空き教室に呼び出し、

最近の黒田について聞いてみた。

二人とも、何も知らないと首を横に振った。

それどころか、

言動もいつもと変わらないと言う。

「俺は部活以外で黒田と話した事がないし、

黒田に関して言えば、お前の方が彼女の事をよくわかってるんじゃないのか?」

「私も普段はあまり話さないわ。

こちらから話しかけても、中々口を開こうとしないから、私の方が嫌われてるんじゃないか?

って思ってる」

「流石にそれはないと思うが?」

「とにかく、本人から直接聞き出さないと駄目だな」

「やはりか…」

「お前こそ、何か気づいたのか?」

「あぁ、実は」

三日前の事は一切話さなかった。

二人には、普段より少し元気がないように見えたと伝えた。

やらない善よりやる偽善。

このままほっとく訳にもいかない。

自分たちに出来ることを虱潰しに実行する事で、

何か一つでもヒントを得られるかもしれない。

という期待を胸に、俺達は黒田を元気づける会を結成した。

「よっしゃ!決まればさっそく行動だ!」

「私、もう一度メールで誘ってみる!」

西川の提案で、遊ぶ場所はカラオケに決まった。

幸い、黒田も来てくれるそうで、

俺たち三人は学校を出て合流場所へ向かった。

カラオケ店に到着すると、思った以上に空いていた。

それぞれ好きなソフトドリンクをグラスに入れ、

ソファーに腰掛ける。

「何から歌う?私はね〜」

「黒田と咲月はどうする?

俺が入れてやるから遠慮なく言ってくれ」

「黒田、時間はたっぷりあるから、

焦らずゆっくり選んでいいからな」

「う、うん、わかった」

こういう時でもアニソンばかり歌う由乃と西川。

いつも以上に元気が良すぎて、

全然ノリについていけない。

「イエーイ!みんなノってる??

れいちゃんも一緒に歌おうよ!

ほら、立って!」

「え、ちょ…」

「おいおい、黒田を虐めんなって」

「やれやれ…」

「もう止めてよ!そういうのいいから!」

「え?」

「ん?」

一瞬、この場が凍りつく。

狭い空間に冷たい空気が流れる。

俺ら三人は、鳩が豆鉄砲を食らった時のような表情で黒田を見る。

「みんな私の事何も知らないくせに…」

俺達は、黒田の思いがけない台詞に戸惑いながらも、黒田の言葉に聞き耳を立てる。

「ずっと言えなかったけど、

ほんとは私、ここに来たくなかった」

「すまん、無理に誘ってしまって」

「私もう、分かんないよ。

私が全部悪いのは分かってるけど、

自分がどうしたいのかも分からない…」

「なんか、ウチら余計な事しちゃった…かな?」

「違う!」

「あっ、ちょ、れいちゃん待ってよ!」

場の空気に耐えられなくなった黒田は、

個室を勢いよく飛び出した。

それを追って、西川も退室する。

個室には、みすぼらしい男二人だけが残された。

「なぁ、本当はお前も何か隠してるだろ?」

「なんの事だ?」

「また死神関係か?それとも悪魔が関係する何かにお前と黒田が巻き込まれたか…」

「全部クロから聞いたのか?」

「あぁ、お前の事はアイツに聞けば全てわかる」

「アイツは相変わらず口が軽いな」

「兎にも角にも、黒田を救えるのはお前だけだ。

助けが必要なら俺らが手を貸すぜ」

「悪いな、もう少しだけ俺の我儘に付き合ってくれ」

「任せろ、親友」

俺は一旦、頭の中でクロに話しかける。

一応クロも、出ようと思えば出てこれるが、

あの事は、由乃にはまだ話さない方がいい。

「なぁ、クロ」

「なんだ?」

「黒田の本性が“愛憎”だとしたら、

俺の本性は“偽善”か?」

「いや、お前の場合は“自己嫌悪”だな」

「なぜそう思う?」

「お前はまだ、過去の自分を許していない」

クロから出た意外な言葉に驚愕する。

事実、俺の本性であるクロとの決着は、

六年前に着いているはずだ。

なのに、過去の自分を許していないなんて、

直接クロの口から出るとは思わなかった。

「あの娘に憑いてる悪魔は、

俺こと“ルシファー”よりも厄介な奴なんだ」

クロが言う悪魔の名は、“バフォメット”。

キリスト教徒が想像する異教の神であり、

悪魔辞典によれば、

十一世紀から十二世紀頃が起源とされ、

この世の全ての女性を服従させる能力を持っているそうだ。

だが、あの時俺が見たのは少女だった。

世間が想像するような能力を持っているとは思えない。

「それで、どうやってその悪魔を黒田から引き剥がすんだ?」

「それは、黒田の“愛憎”を利用する。

俺ら悪魔は、お前ら本体の感情から生まれたってところまでは、由乃にも説明したと思うが、

その感情が肥大化すればするほど強くなる」

「つまり、悪魔も表に出やすいってことか」

「正体を現した隙を狙って仕留める訳だ。

六年前、お前が俺にしたように」

……

ついに、この日がやって来た。

黒田の中にいたバフォメットが姿を現し、

周りにいる生徒達を次々と襲い始めた。

あの時と同じ真っ赤な瞳で周囲を睨み、

背中から生えた十本近くある触手を器用に操っている。

「れいちゃん、こっちよ!」

西川の呼びかけに反応するバフォメット。

二人には囮になってもらい、

暴走状態の黒田を屋上までおびき寄せる。

二人は、バフォメットと一定の距離を保ちながら、人並外れた速さで階段を駆け上がる。

「任せたぞ、咲月!」

最上階の扉が勢いよく開かれる。

三人の目の前には、制服ではなく白衣を着た俺の姿が。

「咲月…君?」

「そうだ」

「どうして、ここにいるの?」

「お前を止める為だ」

「まさか、今までの言葉は全部嘘だったって事!?

咲月君まで私を否定するの!?」

「だから違っ」

「じゃ、なんで銃なんか持ってるの!?

なんでそれを私に向けるの!?」

彼女の言う通り、俺の両手には二丁拳銃がある。

だが、人を殺すためのものではないと、

いくら説明しても解って貰えない。

「ねえ、私を否定しないでよ!

私、貴方にまで嫌われたくない!」

「バフォメット、いい加減黒田から離れろ!」

黒田の腹に数発当てたのを合図に、

触手を刃のように突き立てたバフォメットが、

俺に向かって飛びかかる。

こうしている間にも、黒田の暴走は止まらない。

バフォメットの力は更に増していく。

「お願い、私とひとつになってよ!

私、咲月の為なら何でもするから!!

どんな酷い事でも受け入れるから!!

だから…私を見捨てないで!」

「見捨てない!見捨てないから!

だから目を覚ませ、礼子!」

俺は、黒田の名前を必死に叫び続ける。

なるべく黒田の体に傷をつけたくないが為に、

相手の攻撃を防いでばかりいる。

弱点を付ければいいが、相手は中々隙を見せない。

「嫌だ!嫌だ!嫌だー!」

何度倒れても、バフォメットの攻撃は止まない。

このままでは俺の負けだ。

「なあクロ、俺はどうすればいい…」

「俺を倒した時の事を思い出せ。

お前の中には、もう一人の力がある」

俺は、自分の中にいるもう一人の存在に問いかける。

力が欲しいと強く願う。

暗闇の中で答えが返ってくる。

「私の名前は“ルーシェル”。

コードネームは、“エゴイスト”。

お前がクロと呼んでいる“アナザー”に変わって、

私がお前の手足となろう」

俺は、目の前の光に手を翳す。

我は汝の、汝は我の滅びなりけり。

光を手にした時に浮かんだ言葉だ。

そして次の瞬間、俺は少女の姿になっていた。

純白のワンピースに身を包み、

金色の長髪を靡かせ、再びバフォメットの前に立つ。

二丁拳銃を後ろに投げ捨てる。

ここからの戦いに武器は要らない。

全ての攻撃を拳で止めてみせる。

「みんな死んじゃえー!!!」

「くっ!」

「あはははははっ!」

黒田の意識は、完全に悪魔に呑まれている。

もう、手加減する余裕はない。

例え傷つけてでも黒田を救い出す。

強い想いを胸に、相手へ何度も拳をぶつける。

「今だ!高火力でごり押せ!」

相手が怯んだのを察した由乃が俺に叫ぶ。

それを合図に、俺は必殺技の構えを取る。

全ての力を光に変換させ、左手に集める。

そして、相手を持ち上げながら空高く飛び、

落下と同時に相手の腹を殴りながら、

地面に叩きつけた。

「礼子、大丈夫か!?」

「咲月…君?」

正気を取り戻したのを確認し、

すぐさま黒田の体を抱き寄せる。

目立った怪我もなく、黒田は無事みたいだ。

「ごめんな、礼子。

けどもう二度、昔の俺みたいにはなるなよ」

俺は、情けない顔で涙を零しながら黒田を強く抱きしめた。

黒田も優しく抱き返してくれた。

「それに、お前の味方は俺だけじゃない」

「どういう…こと?」

「たまには私達にも頼りなさいよ!」

「そうだぞ〜」

俺と黒田の元に駆け寄る由乃と西川。

ようやく黒田も笑顔になった。

二人に心を開いてくれたようで安心した。

チャイムが鳴り終わる前に、俺達は屋上を後にした。

……………

後日、俺の方から黒田をデートに誘った。

SNSなどで拡散された記録は全て抹消した。

目撃者の記憶処理は既にしてあるので、

普段通りの生活に戻っても問題はない。

デートの最中だというのに、

黒田から改まった態度で謝罪を受けた。

けど、悪い気はしなかった。

「あの、咲月君」

「どうした?」

「あんな酷い事言ってゴメンなさい。

二人にも散々迷惑かけちゃったし、

ちゃんと謝らなくちゃ」

「気にするな。恨みっこナシだ」

俺はそう言いながら、

上着の内ポケットから契約の証を取り出し、

それを黒田に渡す。

「これ、受け取ってくれるか?」

「これは?」

「契約の証。俺のパートナーになってくれないか?」

死神は、純粋な心を持った少女を求めている。

俺は、礼子が相応しいと考えている。

死神の事や契約の証について説明をし、

受け取るか否か、黒田に判断を委ねる。

「どう…して?」

「君になら命を半分預けられると思ったんだ。

礼子、引き受けてくれるか?」

「うん、もちろん!」

「ありがとう」

俺は黒田の手を取る。

黒田も俺の肩に寄りかかり、

大胆なスキンシップをしてくる。

今日の黒田の笑顔は、

いつも以上に輝いて見えた。




END






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