創世記1011年
一章:願うは一つ
ここは、イデアの世界。
人間、獣、妖精など、
多種多様な生き物が共存する世界。
真ん中にある始まりの樹を中心に、
それを囲むような形で、
幾つもの分かれた陸が存在する。
最初の頃は、文字通り平和だった。
差別も争いもなく、人もそれ以外も、
お互いに手を取り合い生きる場所であり、
正しく、私が望んだ理想郷だった。
けど、私の理想は悪魔によって壊された。
人々の想いも、、何もかも変わってしまった。
王国、帝国、共和国の三大勢力に分かれ、
人々は、権力闘争や政治的支配をするようになった。
人口は男性より女性の方が多いく、
女性が六十パーセント、
男性が四十パーセントの割合だ。
世界の八割は自然や人間以外の生物が占め、
都心部、市内以外の周りには殆ど人口の建物がない。
森や林、草原ばかり。
そのため、戦争によって秩序が崩れる前は、
女性中心社会で成り立っていた。
文化イベントは、盆踊りや花火大会等を中心に様々なイベントが色々な地域で行われている。
イデア世界の教会は、他の世界と違って、
悲劇的な歴史はあまり語らず、
参加を強要したり、
儀式や掟といった堅苦しいものはない。
聖書の内容はイデア史と五人の天使と女神の話で、シンボルマークは三日月だ。
これから語るのは、
この世界で暮らすもう一人の私。
最初に願った、最初の魂。
さぁ、子供たち、
もう一度、私の願いを叶えておくれ。
……………………
「何読んでるの?」
学園内にある図書館で読書をしていると、
親友の‘’アヤナ・スピネル”に声をかけられた。
「この世界について調べていたら出てきたんだ。
図書館の倉庫にあった」
「じゃ、アルトリアの事も書いてあるの?」
「この本に、死神の事は書いてない。
多分、別冊だと思う」
アルトリアというのは俺の事だ。
‘’アルトリア・α・ペルセウス”
アルトリア王国の幼い姫だ。
死神の能力を身に宿しているらしい。
俺以外にも存在するが、
今のところ、彼らとの交流はない。
詳しい事は分からないが、
付き人のヒカリから聞いた。
一応、この能力で男にもなれるが、
戦う時以外は少女の姿で過ごしている。
現在は、聖アストラシア学園に通っている。
王族関係者や、資産家など、
一部の者しか入れないエリート学園で、
学園内でも派閥争いが絶えない。
理事長である女帝リリスによって、
魔女制度が導入された。
生徒達は、白魔女と黒魔女に分かれ、
決闘をし、勝敗を決め、
自身が属する組織に貢献する。
そうする事で、より良い支援を受けられる。
因みに俺は、黒魔女側にいる。
そして、親友のアヤナも同じだ。
「それより、アヤナは歌の練習しなくていいのか?オペラコンクールも近いんだろ?」
「大丈夫だよ。こう見えても、
歌に関しては誰よりも自信あるんだから」
「まぁ、それは認めるよ」
アヤナは、生徒みんなが認めるくらい歌唱力が高く、学園内で行われるコンクールでも賞を取る程の実力者だ。
彼女の夢は、歌の力で皆を笑顔にすることらしい。
怠けている訳ではないようだが、
実際に練習している姿は殆ど見たことがない。
「アルトリアの方こそ、明後日やる決闘の準備はしなくてもいいの?」
「準備は終わったよ。
あとは、本番で向こうがどう出るか…」
「一応、私たち黒魔女が優位ではあるけど、
対戦相手がよりにもよって、
ルーデルだからなぁ」
白魔女側のリーダーの“ルーデル・β・ルシウス”とは少し因縁がある。
彼に負ければ、王家の格が下がるうえに、
俺のプライドにも傷がつく。
それに、彼も俺と同じ死神だ。
油断はできない。
「それ、何読んでるの?」
アヤナは、俺の手元にある一冊の書物を指さす。
紅色表紙には、小さな文字でグリモワールと書かれている。
グリモワールの書、別名“イデアの書”と呼ばれているこの本には、イデアに関する情報が事細かに書かれている。
いわゆる、歴史書でもあり聖書でもある。
書物を開くと、一頁目に、
‘’神というのは、人々が創り出した概念だ。
悪魔とは、己自身が持つ本能の事だ。
鏡に映るその姿こそ、睨むべき相手だ。
人生とは、己との戦いだ…”と書かれている。
出版元の聖カタロニア教会に確認を取ったが、
最初のページに深い意味は無いそうだ。
「そういえば、
今日は“にゃいにゃい”の姿がないね?
二人はいつも一緒にいると思ってたけど」
彼女の言う“にゃいにゃい”とは、
猫の顔をした真っ白な生物のことだ。
ぬいぐるみのような肌触りなので、
いつも抱きかかえているのだが、
今日は、朝から彼の姿を見ない。
「まぁ、気が向いたら戻って来るよね」
「先、行ってようか」
俺は、本を棚に戻してから、
親友のアヤナと共に図書館を出た。
気づけば、陽が落ちていた。
街灯を頼りに目的地へと二人で向かう。
向かった先は、
今夜行われる社交パーティーの会場だ。
夜の社交パーティーでは、
学園の生徒だけが集まり、
食事をしながら、それぞれの会話を楽しんでいた。
円形のテーブルには、ステーキやサラダ、
料理人が一晩掛けて生み出した極上のスイーツが所狭しと並べられている。
ちなみに、これらの料理は、
料理長をしている“レッド・スピネル”が作ったものだそう。
アヤナの父親であるレッドは、
気前のいい人で、黒魔女、白魔女に関わらず、
他の生徒達から好かれていた。
「このステーキ美味いな。
隠し味は、緑竜の牙か?」
「そう、さっきパパに聞いたら、
緑竜の牙をタレに浸したんだって」
「なるほど、通りでまろやかなコクが…」
食事を楽しんでいる最中、
突然後ろから肩を叩かれた。
「よう、アルトリア」
「ルーデル、なんでお前が黒魔女の寮にいる?」
俺の肩を叩いたのは、ルーデルだった。
「お互い、寮の出入りは自由だったはずだろ?」
「それで、何しに来た?」
「心配するな、お前を煽りに来ただけだ」
「なら、好きにしろ」
「ったく、相変わらず釣れないやつだな」
「決闘は明日の早朝だ。
俺を揶揄う暇があるなら、
さっさと寝ればいいだろ?」
「ちっ…」
不服そうに舌打ちをされるが、
それもガン無視でいいだろう。
確かに、ルーデルとの決闘も重要だが、
今はそれよりも、やるべきことがある。
「アルトリア様、リリス様がお呼びです。
大至急、理事長室まで来るようにとの申し出です」
「わかった、直ぐに行く」
俺の秘書を務める “ナツメ・ヒカリ”から、
理事長室へ向かうように言われ、
ごちそうさまと手を合わせてから席を立つ。
「またあの話か…」
「恐らく、お察しの通りでしょう」
「ったく、面倒だな」
どうせまた、俺が持っている契約の証を寄越せと言うのだろう。
髪飾りのような形状をしているこの契約の証は、
俺たち死神にとって、命と同等の価値がある。
これには、契約した死神を意のままに操れる力があり、通常は、死神と正式な契約する事で、
初めて契約の証を所有できる。
そして、契約できるのは、
純粋な心を持った少女だけ。
ライバル関係にあるルーデルも、
俺と同じ死神だ。
奴のコードネームは、“イカロス”。
俺は、契約の証をアヤナに渡すつもりだが、
女帝リリスがそれを許さない。
俺のコードネームは、“イデア”。
この世界で最初の死神だ。
リリスが俺に拘るのは、
俺ですら知らない俺の中に眠る力があり、
それは世界を根底から変えてしまう程のものだと、秘書のヒカリは言う。
「今回も、なるべく穏便に断りたいところだが…」
「それは貴方さま次第です」
「わかってるさ。何とかする」
「どうか、お気を付けて」
………………………………………
ついに、この時が来た。
黒魔女と白魔女の、両勢力による衝突も、
これで、一旦幕を閉じるはずだ。
白魔女側の代表であるルーデルと、
黒魔女側の代表の俺は、
闘技場(コロッセウム)の門を潜り、
互いの顔を凝視する。
殺意はないが、因縁がある者同士、
こちらとしても、絶対に負けられない。
「戦いが人を狂わすのか?
狂っているから戦うのか?
何れにせよ、この戦いは必然だ」
「ルーデル、お前との戦いも久しいな」
「アルトリア、今日こそ貴様を討つ!」
先行は、ルーデルだ。
奴の固有能力は、人知を超えた怪力。
大地を自由に操り、百匹の象を軽々持ち上げられる程の腕力を駆使して、フィールドを支配する。
「どうした?お前の力はこんなもんじゃないだろ!守るばかりじゃ何も得られんぞ!アルトリア!」
「くっ…」
マズイ、奴の言う通りだ。
防御ばかりで、全く攻撃を与えられない。
このままでは、一瞬で隙をつかれてしまう。
押されながら、降り掛かって来た相手の刃を、
すかさず黒騎士の剣で受け止める。
今の所、こちらが劣勢と認めざるを得ない。
このまま何も出来ず、圧倒的な力にひれ伏すのか?
いや、まだ策はある。
タイミングを見極めて、隠し技を披露してやる。
「今だ!」
左の拳に力を集中させ、技を撃つ体勢に入る。
後は、相手の懐にさえ入ってしまえば…
「余所見をするな!」
「なっ!」
瞬間移動でルーデルの後ろを取った。
ルーデルが振り向いた瞬間、
奴の鳩尾に渾身の一撃を加える事に成功。
ルーデルは気を失い、その場で倒れた。
結果、この戦いは黒魔女側の勝利となった。
「大丈夫か?」
後日、ルーデルは医務室のベッドで治療を受けていた。
俺が狙い撃ちした箇所には包帯が巻かれていたが、傷も癒えたようで、本人は元気そうだ。
「なぁ、黒魔女の証を出せ」
「急にどうしたんだ?」
「和解の証だ」
「いいのか?」
「良いんだよ、喧嘩はもう終わりにしようぜ」
ルーデルはそう言いながら、自分が持っている白魔女の証をズボンのポケットから取り出して、
和解の印に、俺の黒魔女の証と重ね合わせた。
二章:幸福の定義
今、“アヤナ・スピネル”の手元には、
サイクロプス計画に関する一冊の書物がある。
理事長室の裏側にある機密保管庫に侵入し、
学園の機密情報を手に入れたという訳だ。
「公爵の娘がこんなところで何をしているんだ?」
手に入れたのはいいが、リリスに見つかり、
逃げ遅れてしまった。
「こんな事間違ってます!
今すぐ計画を中止してください!!」
「無理だ。捕らえろ」
「そんな…」
「お前は、見てはいけないものを見て、
知ってはいけない事を知った。
これからどうなるか、お前も分かるだろ?」
「私を殺したところで…」
「これは戒めだ」
誰にも知られてはいけない物を盗んだとあれば、
当然、簡単に許されるはずもなく、
アヤナは今、牢獄の中にいる。
捕まった事をルーデルから聞いたのは、
アヤナが公開処刑される当日の正に今。
俺らは、アヤナを救出するため、
作戦を立て、助けに向かう準備を進め、
アヤナがいる場所へと向かった。
牢屋から出て処刑場へ移動するタイミングを測り、速やかに敵を仕留める。
増え続ける敵に足止めを食らうが、
敵の相手は相棒に任せ、アヤナの元へ向かう。
足止めを喰らったせいで遅れてしまい、
目的地の処刑台の前まで辿り着いたものの、
処刑が始まろうとしていた。
大勢の観客の視線の先には、
十字架に縛られたアヤナが居て、
観客席から狙う十二人の兵士が、
アヤナに小銃を向けている。
「らーらーらー……」
美しいソプラノの音色が、
静まり返ったこの場に響き渡る。
涙を流しながら、
「目を覚まして、どうか私の話を聞いて」と、
みんなに視線を送るアヤナ。
止めようとアヤナの元へ駆け寄ろうとするが、
寸前の所で屈強な男二人に捕まってしまう。
「やめろ…」
もう、誰にも止められない。
「やめろ……」
アヤナが歌い終わった瞬間、
銃声が虚しく鳴り響いた。
再び静まり返った観客席。
目を覆う者だけでなく、
嘔吐して会場から離脱する者が現れた。
「あんまりだ……」
会場が俺一人になった時、
俺の瞳から、数滴の涙が零れた。
血に染まったアヤナの抜け殻を抱き寄せながら、
アヤナとの日々を懐かしむのだった。
三章:アナタと共に
結局あの後、後悔だけを残して数日過ごした。
食事も碌に喉を通らない。
「フォークが進んでないようだな、
せっかくの肉が冷めてしまうだろう。
気に病むのも無理は無いが、
このまま拗ねてるだけじゃダメだ」
ルーデルの励ましも、今の俺には無力だ。
気を使わせて申し訳ないが、
今はそれどころじゃない。
「殺してやる……」
「えっ?」
「だから、リリスに復讐するんだよ!」
「お前、正気かよ!」
「アイツは俺が狙いなんだろ!?
だったら、遅かれ早かれ殺し合う運命なんだよ!
アイツと俺は!!」
「そうか、なら準備は怠るなよ」
「あぁ、わかってるさ」
………………………………………………
アヤナが死んで、一ヶ月が過ぎた頃、
俺は理事長室に呼び出された。
理事長室のドアを乱暴に開くと、
窓際に、気色の悪い笑みを浮かべるリリスが居た。
「ねぇ、アタシが憎い?」
「巫山戯やがって…」
「着いてきて」
怒り心頭の俺の言葉を遮り、
俺の腕を引っ張りながら歩き始めるリリス。
俺らが理事長室を出て向かった先は、
学園にとって重要な場所である時計台の上。
直径二百メートルもある巨大な塔の屋上だ。
「もう、そろそろいいでしょ?
ね?私のモノになりましょ?」
「俺は、お前の玩具じゃない!」
「なんですって!?
この後に及んでまだ楯突くというの?」
「当然だ」
「このクソッタレが!」
俺は、リリスに胸ぐらを掴まれる。
相手は、十字架を模したアメジスト色に輝く十騎士の剣を持っている。
その剣は、素人では到底扱えない代物で、
刃先から数秒で死に至るレベルの猛毒を出す。
そして、百人同時に相手をしても折れない程、
頑丈で強い武器でもある。
リリスも、本気だという事なのだろう。
それでも、容赦のない力量に怖気付くこと無く、
リリスの瞳の先を睨みつけた。
誰の台詞なのかは知らないが、
弱い犬ほどよく吠えるとは能く言ったものだ。
腹や頬を殴られ、蹴飛ばされながら、
痛みに耐えて立ち上がろうとする俺の頭を
ヒールの底で踏みつけるリリス。
何度も、何度も踏みつけられ、
その度に額が地面にめり込んで、
脳にまで激痛が走る。
吐血しながら、それでも俺は再び立ち上がる。
「喧嘩がしたいなら他所でやれ!
大衆を巻き込むな!!」
「やっぱり、悪魔に身を売ったわね。フフッ」
呼吸を整えると、全身から力が溢れるのを感じ、
頭の中で、アイツが“殺れ”と繰り返し囁いている。
両腕が漆黒の刃へと生え変わり、瞳の中が血のように赤く滲んでいるのが、鏡がなくとも分かる。
“バーサーカーモード、発動”
鼓動が止まった瞬間、悪魔が体の主導権を握った。
怒りに身を委ね、反撃を始める。
正しい戦術とか、合理的な判断とか、
それを冷静に考える余裕はなかった。
ただ闇雲に、リリスへ攻撃を当て続けた。
その姿はまるで、獣のようだった。
激しい打撃戦を繰り広げるも、
圧倒的にこちらが劣勢な事は、
素人の第三者から見ても明らかだった。
「消えてなくなれー!!」
俺は、最後の力を振り絞り、
一撃必殺を撃つ体勢に入った。
「無駄よ、諦めなっ!」
どうやら、相手も同じ事を考えているようだ。
リリスが掌を上げた途端、
空から巨大なブラックホールが出現した。
俺は、両腕から魔法陣を生成し、
地面にリリスと同じものを作る。
リリスのよりは小さい力だが、
ここで撃たねば後がない。
歯を食いしばり、全魔力を両手に集中させる。
『ブラック・レボリューション!!』
タイミングは、ほぼ同時だった。
二人の掛け声と共に、辺り一面が闇に包まれた。
勝敗は、この技を撃つ前から決まっていた。
リリスは手加減したようだが、
本気を出せば、惑星一つを容易く破壊する程の力を出せる禁忌な技だ。
俺は、リリスに敗北した。
「どうやら、まだ未熟みたいね。
生け贄にするのは、しばらくおあずけね。
その日が来たらまた迎えに行くわ。
おやすみ、アルトリアちゃん」
リリスはそう言いながら、
びくりとも動かない、
抜け殻同然の体を時計台から蹴落とした。
俺は、僅かに聞こえる鼓動を感じながら、
深い眠りについた。
END