Chapter 36 - フロール 恐ろしい作戦
「一緒に湖に来てくれ」
翌朝、メルたちが朝食を終えると、先に済ませていたバズが険しい表情でやって来た。
「仕事を頼まれた。みんなの力を借りたい」
季節はもう夏だというのに、数日前から、この辺りの川が凍っているらしい。
涼しそうに思えるが、舟が行き来できないため、商売を中心に支障が出始めている。
そして、このコルリスの南にあるラーゴ湖に、なぜかサメが現れるようになった。
誰彼構わず襲いかかるので、湖に近付けない、漁に出られない、といった苦情が多数。
しかも、そのサメのそばには、怪しい男がいたというのである。
「まつろわぬ民は、絆の民以外は襲わない。そう思ってたんだが、今回は違う……」
「ワシらを集めるために、わざとやっているのかもしれんのぉ」
「ヴィオが思うに、これはきっと、罠に違いありません」
「フムフム、そのとおりだフム」
「アウラは、どう思う?」
メルが尋ねる。
「アタシは行くわ。ベスタに近付けるのなら、どこへだって」
「じゃあ、決まりね」
フロールがみんなを見て、力強くうなずいた。
*
「フムフム、問題はどうやって戦うかだフム」
湖に向かいながら、フムスが疑問を口にする。
「そうなんだ。引き受けたはいいが、水の中じゃどう考えても俺たちには不利だからな」
バズも悩んでいる。
依頼を受けた本人だからこそ、責任を強く感じているようだ。
「ヴィオも……分からないです」
「ワシも、水中だけは……思いつかんのじゃ」
「でも、なんとかしよう。これ以上被害が出ないように」
メルがみんなを励まそうとする。
そのとき、メルたちの目の前にボールのようなものが飛んできた。
カラフルなそれは、ぼよんぼよんと弾み、不規則に動く。
気になったアウラが反射的に前足を伸ばす。
「だめーっ!」
子どもの声だ――。
しかし、時すでに遅く、アウラの爪によって、それは水を飛び散らせながら無残に割れてしまった。
「うわ~ん、ぼくの水風船だったのに~」
男の子が泣き叫ぶ。その横で、姉と思われる女の子が優しくなだめている。
その様子を見て、顔に水のかかったアウラがすまなそうな顔をしている。
「ごめんね。代わりのものを買いに行こう」
メルはそう言って、男の子の手を取り、水風船の露店へ連れて行った。
新しいものを手に入れた男の子は、すっかり機嫌を直して、
「お兄ちゃん、ばいばーい」
と手を振って帰って行く。
そのあとを追うように、女の子が丁寧にメルたちへお辞儀をして、小走りに去って行った。
この一連の出来事を無言で見ていたフロール。
彼女は、子どもたちにやきもちをやいていた……のではない。
ひとつ、戦いに使えそうな恐ろしい作戦を思いついていたのであった――。