Chapter 19 - 付いてってあげてもいいわよ
街道を吹き渡って行く五月の風を感じながら、二人は西へと向かった。
追い風が、うっすら汗ばんだ肌に心地よかった。
村から一時間ほど歩いたころ、アウラが異変に気付いた。
辺りの匂いを入念に嗅ぎ始めたアウラは、やがて街道沿いのとある木立に辿り着く。
そして、アウラの鼻先に押されながら、木々の間から姿を現したのは……。
「フロール!」
メルは驚きのあまり、大声でその名を叫んだ。
「あ、あはははは……き、奇遇ねぇ、こんな所で会うなんて……」
彼女は普段とは違い、大きな荷物を肩に掛けて、すっかり旅人のような姿になっている。
さすがのメルでも、この不自然さに気付かないわけがない。
「フロール、もしかして……」
「メ、メルは私がいないとダメなんだから。つ、付いてってあげてもいいわよ」
メルは無表情でフロールを見つめる。
しばしの沈黙……。
「いいんじゃない――あなたとお母さんが倒れたとき、フロールはずっと看病してくれたわ。アタシもそばで見ていたけど、彼女の薬の知識は、きっと旅の役に立つはずよ」
フロールの言葉は分からないものの、二人のやりとりからすべてを察したアウラ。
「そして何より……あなたと離れたくないって顔をしてるわよ?」
ゆっくりと戻ってきたアウラが、からかうようにメルを見上げる。
メルは、赤くなった顔を隠すように、服の胸元をバタバタさせる。
「……分かったよ」
その言葉を聞いて、フロールは満面の笑みで駆け寄ってきた。
「私がいないと、メル、死にそうだからさ。回復は、お姉さんにドンと任せなさい!」
「だから~、一歳しか違わないってー」
アウラは、二人のやりとりを引き続き興味深そうに聞いていた。
だが、フロールの言葉は分からないままだ。
ふと思い出したように、アウラはメルを呼ぶ。
「ねぇ、メル。お母さんから渡されたペンダントなんだけど」
「これのことかい?」
メルは、アウラに見えるように、首元からペンダントを取り出す。
「それを、フロールに触らせてみて」
不思議そうな顔をしながら、メルは言うとおりにフロールに声を掛ける。
「フロール、このペンダントを触ってみて? アウラが、そう言ってるんだ」
「分かったわ。どれどれ……きれいなペンダントね」
フロールが触れると、ペンダントは青く輝き出した。
「フロール、聞こえる?」
「えっ?」
「アタシよ。こっちこっち、アウラよ」
アウラを見たフロールが、今まで誰も聞いたことのないような叫び声を上げた。
「*#※?$%!」
それからのフロールは、アウラに質問攻めだった。
どこから来たの、どうして話せるの、どうやってメルとバインドしたの、などなど。
「すごい……動物と話せるなんて!」
フロールはあれからずっとしゃべっている。
ペンダントにそんな力があったなんて、メルもそれには驚いた。
「フロールのように、絆の民と親しい間柄の人なら可能だって、思い出したの。このペンダントがある限り、絆の民とのバインドを終えた動物たちと話ができるはずよ。もちろん、信頼できないような人や、動物と話せるなんて信じない人には無理だけどね」
「そっか……母さんやジンクにも教えたかったなぁ」
「そうね。いつか村に帰ったら、かな」
「そういえば、フロールは黙って出て来たの?」
メルは、フロールに尋ねてみた。
「えーっと……パパには言ってきたわよ。パパは私の言うことに反対しないから!」
「だから村を出るとき、ジンクはあんなモゴモゴした話し方だったんだな」
「そ、そうだったの?」
「今ごろ、奥さんにこっぴどく叱られてるわね」
アウラの一言で、メルもフロールも黙ってしまった。妻圧勝の夫婦喧嘩が頭をよぎる。
「……ははは。さーて、日が暮れる前に次の町へ行かなくちゃね。ほらほら……」
引きつった顔でフロールが言葉を絞り出す。
「ジンク、大丈夫かしら……」
「……ダメかもしれない」