オオカミか幼なじみか選べない……。

Chapter 1 - プロローグ~出会い~

本多 狼2020/08/29 20:41
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 四月も終わろうというのに、真冬のように風が冷たかったことを覚えている。

 雪の精が、服に守られていない素肌をチクチクと刺すような、あの寒さだ。

 その日、僕は一人で、森の奥にある守神さまをまつった碑へ、お酒や食べ物をお供えに来ていた。

 そこは、小さなころからポルテ村の人たちと一緒に来ていた場所だ。

 僕は、いつものように木でできた階段を一段抜かしで登った。

 見慣れた階段を登り切ると、そこには木漏れ日の射し込む、お気に入りの景色が広がっているはずだった。

 

「なんだ、これ……」

 十以上ある碑の最奥。

 そこは、開けたばかりの絵の具が飛び散ったかのように、赤く染まっていた。

 

「ひどい……」

 いつもならお酒が供えてあるはずの碑が、ひどく汚されている。

 いたずらにしてはやりすぎだと思いながら、僕は辺りを見回した。

 それが血であることは、匂いですぐに分かった。

 生きるために鶏や羊の命をいただく、それは僕たち村人にとっては必要な儀式だから。

 でも、これは明らかに違う。

 

 碑の裏側の茂みに向かって、血は延々と続いていた。

 

 そこに――君はいた。

 

 口や腹が血まみれになり、横たわっている一匹の白い獣。

 犬? 

 いや、オオカミだ。

 

 小さなころから、森でたくさんの動物と出会ってきた。

 白いオオカミを村の近くで見かけたことはない。しかし、僕はそう確信した。

 そして、なんとなく動物の気持ちが分かる、そんな不思議な経験をいくつもしてきた。

 だから、怖いという感覚は全くなかった。

 

 助けたい。

 ただ、そう思った。

 

 近付いて、全身の様子を確かめる。

 喉元はやられていない。微かに腹部が上下している。

 生きている!

 僕は迷わずオオカミに手を伸ばし、まだ白く美しいその背中に触れた。

 助けたい、そう願いながら。

 

「その子を助けて……お願い、メル」

 

 あたたかな青い光と共に、誰かの声が聞こえたような気がした。

 瞬間、風の冷たさも、赤く染まった目の前の光景も無になった。

 そして、その声とは違う何かが、無表情に頭の中へ語りかけてくる。

 

「バインド……完了」

 

 体力が急激に奪われる。

 僕は、意識が遠退いていくのを感じた。

 それは、十五年間生きてきて、初めての感覚だった。

 いや、思い出した。

 幼いころ川で溺れたときのように、それは、ひどく心地良いものだった。