Ss侍2020/08/17 07:05
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「次、ギアル・クロックス」

「はい」

 順番が来るまで二時間ほど待っただろうか、ようやく僕の名前が呼ばれた。

 

「ギアルならきっとすごい職業になるって、絶対!」

「うん、ありがとう」

 幼い頃から家が近くて、同い年で、同じ学び舎で過ごしてきた、僕の親友と言えるアテスが背中を少し強めに押してきた。屈託のない笑顔を向けている。

 信じてくれているんだ、僕が良い結果を残すことを。

「どうせ魔法使い系の上位職だろ。評判通り」

 儀式を行う台へ向かう途中で誰かがつまらなさそうにそう言った。

 誰かはよくわからなかったけど、その声の主のいう通り僕は周りから『最低でも大魔導師か大魔法使い』『最高職の賢者になれる素質がある』という評価をつけられているらしい。

 その噂が本当かどうか、これから分かるってわけだ。

「ギアルくん、貴方には本当に期待していますからね」

 この儀式を担う教会の司教を務め、さらに通っている学び舎で僕の担任でもあるブライト先生が小声でそう言った。

「ありがとうございます」

 僕も小声で答える。

 元々本を読むのが好きで、そのオマケで勉強も頑張ってみた。

 その結果ブライト先生の専門である魔法学や、その他多くの学問で僕は良い成績を残せた。

 だから、先生や皆んなは僕にかなりの期待を寄せているんだ。

 

 ともかく期待や噂、それら全ての真偽はこれから決まる。

 僕はブライト先生の持つ御鏡に手を触れた。

 ……儀式。

 それは十四歳になった年の終わりに行われる、神聖なもの。

 僕たちはこの儀式を通して己の中に眠っている様々な力が判明する。主に分かるのは職業、扱える魔法、能力の三種類。

 「職業」。

 これはどのような才能を有しているかを、仕事名という形で現したもの。

 例えば自分が『剣士』の才能があると判明すれば、それ以降は他の職業より圧倒的に剣の技術が身につきやすくなり、肉体もそれに合わせて強固になっていく。

 

 「扱える魔法」。

 これは自分が今後覚えることのできる魔法の種類を表している。『風』を扱えると判明したならば、その系統の魔法を身につけられる権利があるということ。

 儀式で判明しなかった魔法の種類は、基本的にどう頑張っても扱うことができない。

 例えば職業が『魔法使い』や『魔導師』であれば、十種や二十種の魔法を扱え、『剣士』だと多くても四種か五種程となる。

 

 「能力」。

 これは職業とは別の、個人の有している才能を表している。

 例えば【回避】の能力が備わっていれば、そうでない人に比べて敵の攻撃を避けるのが上手くなる、

『魔法使い』の職業だった人が【火炎強化】の能力があれば『火』の種類の魔法の威力が増幅される。

 また、能力に関してはこの儀式で判明しなかったものも、後で自力で身につけられる。

 三項目どれも多種多様。明確に上位互換や下位互換の関係性があるものも存在する。例えば僕が期待されている『大魔導師』や『大魔法使い』は『魔法使い』等より上に位置する。

 とはいえ、普通の『剣士』と判明した人が経験や努力で、上位の『剣豪』を撃ち破ってしまうことだってある。

 加えて世界中で一人か二人しか扱えない特殊な魔法や能力もあり、いい職業だから成功するとは限らない。最終的には人それぞれ。

 ……その、はずなんだけど、どうにも世間的にはこの儀式で判明することが今後の人生の全てだという認識が根強い。僕みたいな認識の者は少数派だ。

 だから少数派としてこの儀式でどんな結果になっても受け入れる覚悟はある。

 でも流石に自分にとって大切な行事であることには変わりないから、心臓がものすごい速さで動いているのがはっきりと感じられ、手には汗を握っているのだけれども。

 体感で一時間、実際は数秒が経った後についに鏡が僕についての詳細を映し出し始めた。

 まず職業が表示される。

「お、おおおお! やはりっ! ギアルくんの職業は大魔導師ですっ!」

「やっぱりな! あいつなら当然だよ」

「期待を裏切らないねー!」

 そっか、やっぱり大魔導師だったか。

 みんなの期待通りになったわけだ。

 まあ、男子にしてはかなり非力な僕が『剣士』や『槍使い』になるわけがない。少なくとも『魔法使い』系なのは自分自身でも分かっていた。

 逆に剣士や槍使いでも面白かったと思うけど。

 魔法の超エキスパートとなると今後の身の振り方がわかりやすい。冒険者か兵士となって戦果を上げていき、名を挙げ、国や貴族お抱えの存在となり出世していく。よくある感じだ。

 特に通ってる学び舎の校長は、僕が国や世界に貢献して学び舎の名自体も上げてほしいなんて考えているらしい。昨日直接本人にそう言われた。

 正直、そこまでできるかどうかはわからない。

 今度は鏡に魔法の項目が表示された。

 ……ブライト先生は目を見開いた。僕自身も、目を疑った。

「はっ……? なんですか、これは……!?」

「司教様、どうされたのですか!」

「先生、ギアルになんかあったの?」

「扱える魔法が五十種とかだったとかじゃね?」

「そんなに種類ないけど、ありえそう」

 そんなもんじゃない。そんなものじゃないんだよ皆んな。

 先生も僕もその場で固まってしまった。すでに次の能力の項目が表示されているにもかかわらず、それを注視できないほどの衝撃。

 僕より先に口を動かせたのは先生の方だった。普段は出していないようなかなりの大声が出ている。

「い、一種……『速度』魔法の一種だけ……!?」

 そう、表示されたのは『速度』の一種のみ。

 つまり、僕は魔法を一種類だけしか使えない存在になってしまった。

 

 魔法が一種類だけっていうのは剣士や武術家、鍛冶屋や料理人など魔法系以外では超極稀にあることだけど、魔法系の職業で扱える魔法が一種のみというのは前例がない。

 本来は司教として魔法の項目に関しては何種類使えるか、その数しか大衆に明かしてはいけないところを、先生はその魔法の詳細までつい口にしてしまっている。

 ダメなことだけど、それも仕方ない。これは驚くのも無理はない。

 ようやく今の衝撃からちゃんと意識を取り戻し、なんとか動けるようになった僕は、表示された能力の項目を軽く眺めてから、ブライト先生に背中を向ける。

「……先生、僕、先に帰ります」

「あ、ああ……さ、先にね……い、いいでしょう。特別に認めます。ただ、その……あの……気を強く持ちなさい……ね?」

「……はい」

 ざわざわと他の同い年の子達が騒ぐ中を通り、僕は帰宅する。

 途中で目があったアテスのあのなんとも言えない、哀れみを含んだ悲しそうな表情が脳裏に焼き付きそうになった。