
プロローグ
俺の名前は東雲蒼。私立桂樹高等学校に今年の春から通っているどこにでもいる男子学生だ。
特に楽しいイベントも無く、気づけば夏休みも後半戦に差し掛かっていた。折角の長期の休み、しかも高校生になって初めての夏休み。小さいことでも何かしらのことを友達と思い出作りという名目で出来たかもしれないが、生憎そのような友達は居なかった。そんなボッチでつまらない日々はあの出来事を境に180度変わった。
夏休みの終わりを告げようとしている8月下旬。俺は1人の幼女と運命?的な出会いをした。
俺の趣味はサイクリングと言うわけではないが、割かし自転車を漕ぐことが好きな俺は地元にある廃墟「ブロックアート」に来ていた。この場所は小さい頃近所の幼馴染とよく遊んだ馴染みのある場所と同時に気分を変えるのに丁度いい場所だ。大きいブロックのオブジェクトが無数に置いてあるここにはとある噂があった。
『夕暮れ時に魔を喰らう鬼が現れる』
最初はただの伝承に過ぎないとたいして重要視していなかったが、最近になってから急に気になりだした。自分でも何故この噂が気になるのか分からなかったが、きっと何かあると思い来てみた。
気味の悪いこの廃墟にはお似合いの噂だが、それは俺の中では噂の範疇で収まらなかった。
午後5時。一般的には夕方だと言われるこの時間帯だけど、夏ということもあり周りはまだ明るかった。数時間、この廃墟で読書をしていた俺は看護師をしている母親が返ってくることもあり立ち去ろうと立ち上がった時、不意に生温い風が体を飲み込んだ。ただの伝承だと思っていたあの噂のことが頭の中で広がるのを感じるのと同時に、殺気を感じた。普通の生活をしていればまず感じることの無いそれに、俺の足は竦み1歩も動くことが出来なかった。息が荒くなり呼吸がし辛くなるのを感じながら辛うじて動く首を後ろに回すとさらに息が荒くなった。
俺は見てしまった。ファンタジーの中の産物だと思っていた異形の魔物を俺はしっかりと、ギリギリ機能する目で見てしまった。
「――――――――!」
廃墟に響く野太い魔物の咆哮。近づく足音も軽いのに圧力が尋常ではなかった。逃げることの出来ない俺の頭には『死』の1文字で埋め尽くされていた。
混乱と恐怖の中立ち尽くす俺は視界の端に何かが映ったのが見えた。神でも仏でもいいから助けを願っていた俺の後ろで、可愛らしい声と同時に何かが倒れる音がした。俺は直感であの魔物が倒れたのだと思い、首だけを後ろに回すとそこには全身を血に濡らした幼女が俺を襲うはずだった魔物の上に立っていた。こいつもあれと同じ魔物かと思うと再び体が硬直した。そんな俺を見た幼女は魔物の上から飛び降りると、近づいてきた。
「君、大丈夫?」
突然話しかけられた驚きで反射的に「ダイジョブデス」と答えてしまった。幼女は俺の顔を凝視すると、手を差し出した。
「いきなりで悪いけど、君の血が欲しいんだけど。くれる?」
意味の分からないことを言う幼女に俺の頭は自然に1つの答えを出していた。こいつが、この幼女があの噂の鬼だと。理由もなければ確証も無い。ただ、あの魔物を倒しただけで俺はそう確信していた。
「あげるわけがない。見ず知らずの相手に血を分けてくれと言われても、明確な使用用途が無いとあげるわけにはいかない」
きっぱりと断ると、幼女は悲し気な顔をした時さっき倒されたはずの魔物がビクビクと動き始めた。ゲームでよくある、残基制のボスキャラ見たいに魔物は立ち上がると重そうな拳が構えられた。今度こそは逃げようとした時、腕を掴まれた。
「動かないで!君はただの人間だから、あいつにすぐ殺されちゃうよ!」
「あれは何なんだ!」
「あれは……危ない!」
急に突き飛ばされた俺は後ろに生えている木まで転がった。頭を抱えながら起き上がると、さっきまでいたはずの幼女が跡形もなく消えていた。周りを見渡すと、少し離れた木の足元にあの幼女が倒れていた。飛ばされたダメージなのか、頭からはおびただしい量の血が流れ、赤く染まっていた。
「う、嘘だろ……」
1度はあの魔物を倒した頼みの綱になっていた幼女が戦闘不能になったのがわかった俺はすぐに駆け寄った。
「おい!目を覚ましてくれ!お前だけが頼りになるんだ!目を開けてくれ!」
幼女に向かってそう叫ぶ俺の下に魔物は刻一刻と近づいてきているのを感じながら何度も叫ぶと、ようやく幼女は薄く目を開けた。
「う、うるさいな」
「よ。よかった!目を覚ましたところ悪いけど、戦いはまだ終わってないんだ。助けてくれ!」
「残念だけど、それは出来ない。さっきの攻撃を受けて、こうして話をするのがやっとになっちゃった」
苦笑いする幼女の顔色は段々と白くなっていき、意識を保つのがやっとの様に思えた。
「どうすればいい?俺は何が出来る?」
「そうだな……君と僕がこの事態を生きて切り抜けるには……君と契約を結ぶことだ」
「契約……」
聞きなれないその言葉に俺はそれでも即答した。
「何でもしてやる!俺とお前が生きられる選択のために俺は協力する」
「覚悟は……決まっているみたいだね。それじゃあ、僕の口元に君の首を差し出してくれ」
幼女に覆いかぶさるように倒れると同時に、首に激痛が走った。指をカッターで切るのとは違う、鋭く長い痛みが起きている俺の意識は次第に落ちていった。
黒く暗い海の中に俺は浮かんでいた。冷たくも熱くもない温度を感じないこの海の上で俺はある夢を見た。幼馴染の女の子と結婚して幸せな家庭を築いたであるようでないような未来を見た。楽しそうに話しながら食事する俺たちの夢を見ると、体が温かくなってきた。死に直面していたはずの俺は、その夢の続きを見るたびに生きる活力が湧いてきた。
「俺は、未来の為に今を生きなきゃいけないんだ。こんなところで訳の分からない化け物に殺されてたまるか」
独り言をつぶやいた俺の耳元に声が聞こえた。
声につられて目を開けると、目の前に血だらけで俺を心配そうな目で見つめていた。いきなりそんな状態で立っている幼女に衝撃を受けながら、ゆっくりと周りを見渡すとあの魔物は跡形も無く消えていた。逃げたのかと思ったが、幼女の状態を見てすぐに気づいた。
「な、なぁ……あの魔物はどこに?」
「あれはね……僕が殺した」
その言葉に俺の心拍数は一気に上昇した。身長150cmしかなさそうな幼女が3m近くあった巨大な魔物相手に殺した発言に俺の頭では危険信号が出ていた。
逃げるにしたって血を吸われたせいの貧血で走り逃げることは不可能だろう。考えながら幼女を見ると、胸の位置に禍々しい目玉みたいなタトゥーみたいな不思議な絵みたいなものが彫られているのが見えた。
「胸の絵はなんだ?俺が倒れる前にはそんなのは無かったはずだけど……」
「これ?」
少し笑いながら幼女は襟首を引っ張りながらさらに見せてくる。俺はロリには興味ないないが、男の本能なのかちらっと見えた乳首を見たのが見えたのか幼女は怪しく笑った。
嫌な予感しかしない中、幼女は一言。
「僕と君は主従契約を結ばれている」
頭では理解が追いつかず汗が噴き出した。
「それって、つまり……」
「僕は君の主になったってことだよ!いや~嬉しいな~従僕作りは100年近くしてなかったから失敗しないかヒヤヒヤしたよ」
従僕作りの言葉に引っかかったが、1番の難所は100年の所だった。
「100年って、お前はいつから生きているんだ……」
「女性に年齢を聞くのは野暮なもんだと聞いたけど……」
ニマニマしながら幼女は俺の周りをぐるぐる回りながら言う。初対面なのにここまでうざい絡み方をするのも長い間生きているからだろう。
そんな幼女を横目に俺は時間を確認すると、時計の針は午後9時を指していた。どうやら少しの間気を失っていたらしい。もう帰らないと既に帰ってきているはずの母親が心配しているはずだ。そう思い、ここから立ち去ろうと起き上がった時に気づいた。自分がいる場所がブロックアートではないことに……
「こ、ここはどこなんだ!さっきまでいた廃墟とは全然違う。まさか、神隠しの類か?」
「神隠しなんて、そんな大層なことは出来ないよ。第一、僕は君みたいに大きな人間を運ぶような力は備わっていない」
「お前は何者なんだ?さっきの発言もそうだし、さらにあの魔物を殺した。明らかに人間が出来る範疇を超えている!」
喚き散らす俺を横目に幼女は微笑みながら話し始めた。話せる限りの全てを。
「君のいるここは、この世に大きな疑心、疑いを持つ人しか訪れることが出来ない神社。名前は『疑心社』。僕はここの神主をしながら、迷える存在を導いている。一種の相談役みたいなものだと思ってくれていいよ。そして、君は僕の眷属となったことによって一つの疑問を持っているはずだよ。『俺は人間なのか、どうなのか』。なら、答えてあげる!とっても簡単でシンプルな答えを」
生唾を飲む俺を見ながら幼女は耳元で答えた。『半人間半妖怪の半端者』だと。
ついさっきまで正真正銘の人間であったのにも関わらず、今は半分人間でありながら妖怪であるこの世で一番合ってはならない中途半端な存在になっていること知り俺の頭の中は考えることを止め始めた。それでも、俺ののどからは一つの質問が出てきた。
「それじゃ、俺はもう完璧な人間に戻ることは出来ないのか?」
「戻れるわけないだろ。君は僕と主従契約を結び、命を僕に託して今を生きているんだ。命を主に託している以上、自ずと存在の性質は主である僕に似る。その結果がこれだ」
「そんな……」
その場で蹲る俺の背中を主である幼女は優しく撫でた。
気分が落ち着いて立ち上がるとあの幼女が賽銭箱の上で俺のことを見ていた。
「やっと目が覚めた。どう?気分は優れたかい?」
「ああ、おかげさまで」
「君にはまだ言ってなかったことがある。僕の名前は『天邪鬼』。あの有名な妖怪と同じ名前だけど、全くの別物だと思って欲しい。僕の能力はサーチと身体強化。詳しい事は後ほど教えてあげる。さて、言ってなかったのは僕の名前だよ。もういい時間だし下界に降りて帰るとしよう」
「帰るってどこに?俺は自分の家があるけど主さんはどうするんだ?」
後ろにいる天邪鬼の顔を見ると、半目で睨んできていた。
「な、なんだよ」
「僕はいつでも従僕である君を監視できるように近くにいないといけない。だから、僕が行く場所はもう分かるよね」
ニヤッと笑いながら天邪鬼は言う。
俺はため息を吐きながら帰路についた。
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