進藤 進2022/02/04 05:43
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雨が、まだ降り続いている。


マンションの窓に複雑な編目模様をいつまでも作り続けている。


まるで今の礼子の心を描く抽象画のように、幻想の世界に引き込んでいく。


礼子の前に食べ終わった食器が並べられていた。


赤だしの味噌汁、鮭の切り身、厚焼き卵、それらが半分も手をつけられず大きく広げられた新聞の活字をバックに寂しそうに残されている。


「コーヒー・・・入れましょうか。」


礼子は、ため息をつきながらテーブルの上を片づけ始めた。


瀬川の為に昨日会社が退けてから買い物をして心を込めて作った食事は、もう男の心を動かす事もなくなっていた。


別に多くを望むつもりはないのに。

ただ、笑顔を見たいだけなのだ。


礼子には少女の頃から夢があった。


それはいつか愛する人と家庭を持った時、相手がおいしそうに自分の手料理を食べてくれる事だった。


瀬川は食べる事にはあまり関心はなく、夕食を作るといってもレストランや出前でいいと言って勝手に予約してしまうのだ。


コーヒーの香りに気づいたのか、新聞をずらすとそのままの姿勢で男は飲み始めた。


礼子も一口含んでみると、ほろ苦い味が口中に広がった。


やるせない味だった。


たまらず女は砂糖とミルクを、いつもより少し多めに入れた。


コーヒーカップの中で白い渦がグルグルと回っている。


同じ所をいつまでも回ってやがて溶けていく。


もう終わりにすればいいのに。


ふと、そんな思いが心をよぎった。


雨が、冷たそうに風景を濡らしていく。


今年の雨は長いと思った。


礼子は雨が嫌いであった。

雨は何もかもから色彩を奪ってしまう。


男の広げた新聞が、冷たい壁のように女の心を塞いでいく。


部屋の外も中も、モノトーンのまま礼子の朝は始まっていった。