―カポーン
広いとは言えない高ノ瀬湯の開店前。先輩の好意で、いつもお世話になっている4人を招いて、ゆっくり貸切で身体を温めてもらうことになった。
それは良いんだ、それは。
問題があるとすれば…。
「お~い祐介。早く背中を流してくれ」
なぜか男の俺が、貸切で女の園状態となっている高ノ瀬湯の女湯にいることだ。
俺をお呼びになったのは、学園の生徒会長にして高ノ瀬湯の3代目、かつ俺の雇い主であらせられる高瀬美月先輩だ。
曰く、
—いつも君がお世話になっている人たちを招くのであれば、君がホスト役を務めて然るべきであろう―
とのことだ。
雇い主が背中を流すことをご所望なので、美月先輩の後ろに椅子を置いて座らせてもらう。高ノ瀬湯の椅子は「ケロリン」と印刷されたレトロなデザインが憎い。
なんとかケロリンに意識を向けようと思ったが、背後に座ると目の前に広がる光景は強烈な破壊力を発揮する。
小顔な先輩の、顔の大きさほどあるのではないかという推定Gカップの膨らみは、華奢な背中からはみ出して見えるほどの重厚な存在感を持っている。当然、前はバスタオルで隠しているが、前からタオルで押さえつけられている分、後ろからでも充分に膨らみを確認することができる。
「せ…先輩、それじゃ流しますよ」
俺はあくまでもホスト役なので一緒に湯舟に入る訳ではないが、濡れてもいいように海パン1枚だ。ここで反応してしまったら地獄絵図になることは想像にかたくないので、可及的速やかに与えられたミッションだけをこなす。
「ゆ…祐介くん、ごめんね。シャンプーあるかな?」
華奢な身体をバスタオルでキッチリガードして、それでも火が出そうなほど真っ赤になりながら話しかけてきたのはクラスメイトの麻生深雪。まさか麻生も、お風呂に入りにおいで?と言われてきたら、クラスメイトの男が海パン1枚でウロウロしているとは思わないだろう。
「ありがとう。そ…それじゃ借りるね!」
よほど恥ずかしいのだろう、シャンプーを受け取って走り去ろうとする麻生。だが、子どものころに習わなかったか?お風呂場で走ったら転ぶ…、って…、本当に転んだ。
「あいたたた…もう~恥ずかしい」
「大丈夫か?麻生」
ケガをしていたらいけないので、こっちも恥ずかしいなんて言ってられない。慌てて麻生の手を取って助け起こすと、—はらり―、あれだけきっちり留められてたハズのバスタオルが落ちて、美月先輩と比べるとずいぶん控えめな膨らみとご対面してしまった。
「…き…き…きゃー!!!」
麻生は湯気が出るんじゃないか?というほど顔を真っ赤にして、湯舟に飛び込んでしまった。あれだけ元気ならケガの心配はないだろう。
「祐介く~ん。ちょっと腰をマッサージしてもらっても良いかしら?」
艶めかしい間延びした声でマッサージをご所望なのは花房雪乃さん。高ノ瀬湯と同じ町内にある小料理屋「ゆき乃」の女将さんだ。年齢を聞いたことはないけど30代~40代くらいの大人の女性で、ボディの破壊力は我らが美月先輩と勝るとも劣らないゴージャスさだ。
「雪乃さん、腰痛いんですか?」
「そうね~。あなた達みたいに若かったら良いんだけどね~。あらあら~、祐介くん上手いのね~」
ケロリンの椅子に座った雪乃さんの腰をマッサージする。すると、どうしても目に入ってしまうのが爆尻という表現しか思いつかない豊満なヒップ、そしてお尻の割れ目だ。
「んっ…気持ちいい…」
勘弁してください。目の前のビジュアルと指先に伝わる柔らかい感覚だけでもヤバいのに、耳からも俺の精神を崩壊させる情報を入れないでください。
「…ぶつぶつ…高瀬先輩はおかしいです」
後ろをぶつぶつ言いながら通り過ぎて行ったのは後輩の沖優菜。今は中学と高校に分かれてしまったが、なぜだか懐かれてしまい、高ノ瀬湯にもしょっちゅうやってくる。
「美月先輩のなにがおかしいんだ?」
これ以上、雪乃さんの腰をマッサージして、艶めかしい声を聞いていたら理性が崩壊しそうだったので、優菜の方に逃げてきた。
「高瀬先輩のおっぱいは化け物です。祐介先輩、私のおっぱいも大きくしてください!」
おもむろに俺の手を掴み、自分の胸を揉ませようとする優菜。思わず、揉む…も…む?…もめない?優菜の胸に揉めるほどの脂肪は蓄えられておらず、おっぱいというよりは胸部といった方が誤解がないだろう。
とはいえ、小さいから揉んで(だから揉むほどはないが)良いことにはならない。慌てて手を引いて優菜から離れる。しかし、初めて揉んだ女子の胸の感触に、海パンの下の息子が反応を初めてしまった。
「ヤバいな…」
ほとぼりが冷めるまで中腰でやり過ごそうと浴室の隅っこにくると、貴族の末裔だという衣梨奈・フォン・エーギルが居た。
「熱い…気持ち良いけど熱いのよ…、あっ!貴方ポケットにチューペット隠してるんじゃなくって?」
高ノ瀬湯では、チューペット(チューチュー?ポッキンアイス?正式名称は知らないが)を凍らせたものを湯上りに無償で提供している。衣梨奈はそのことを言っているのだろうが、海パンの下にあるものは決して甘くて冷たいアイスなどではない。
「早くチューペットよこしなさい!」
欧米の血が入った色白の肌が真っ赤になっていることから、湯舟につかり過ぎてのぼせてしまったのかもしれない。でも、でもでも海パンの下にあるものを掴まれると非常にマズい。…やめて…つかんじゃダメだって…!
※
「お疲れ様だったな」
いや先輩、ニヤニヤ笑いが押さえ切れてませんって。
とはいえ、差し出されたチューペットはありがたく頂く。冷たくて美味しい。
衣梨奈は本当にのぼせてしまったらしく、目を回し始めたので、女子更衣室に寝かせて麻生が団扇であおいであげているハズだ。俺の貞操も無事に守られた。
「まぁ、私もそろそろ卒業だ。こんなお祭り騒ぎは最後になるかもしれないし。言うほど悪いものじゃないだろう?」
僕が学園のマドンナ高瀬美月先輩と同棲・混浴生活をはじめることになった、愛すべき高ノ瀬湯での毎日が始まったのは、ちょうど半年前にさかのぼる。
退屈でしかなかった学園での生活は、高ノ瀬湯の浴室から立ち上る湯けむりのように、次々とあたらしい出会いや刺激が充満していった。
「卒業まで、どうぞよろしくお願いいたします。先輩!」
「ん。こちらこそだ」
美月先輩が卒業したら、高ノ瀬湯での生活はどうなるのだろう。
そんな現実も今は、楽しかった時間の余韻にごまかしてしまおう。