「なぁ俺たちこれからどうするんだと思う」
「どしたのいきなり」
放課後、だいぶオレンジに染まりきった教室に残らされた私たち。沈黙に耐えきれないと言わんばかりに、空白が訪れるとハクヤが喋る。
だけど何も中身がないからその話も長く続かない。そうして最初に戻る。もう何回繰り返しただろうか。
「いや、これから俺たち進路どうするんだろうなぁって」
「進路ねー」
地元の大したレベルでもないこの公立高校に入学した私たち。
都会で公立といえばどうにも秀才なイメージがつくそうなのだが、私たちの住んでる地域のような田舎はそもそも公立高校がポツンと1つしかない。
選択肢がない。だから相当頭がよくて遠くの学校を受験して合格しない限り、小学校から高校までほとんど同じメンツで過ごすことができる。
というか過ごせてしまう。
眼鏡をかけている私は人から見るとだいぶ頭がいいように見えるらしい。そんなアイテム一つで頭がよく見えるなんてなんて固定概念だ捨ててしまえ。
こんなことを思うくらいだし、私は実際頭が悪い。
どうしようもなく。
「だってお前は近くの大学行くだろ?俺なんて頭悪いから遠くの大学行くか就職するかの二択なんだよな」
そうか就職っつー手もあるのか。
「就職いいじゃん、やりたくない勉強するよりお金稼いだ方がいいよ」
「確かにそうなんだけどなー」
ハクヤはどうにも乗り気でないらしい。
「こんな田舎だし就職先なんてたかが数件しかないしさ。んでその中から俺が就職できるようなところってどこよ」
「そこらへんの電気屋とかいいんじゃないの」
ちゅーっと甘ったるいいちごオレを吸う。
「俺の未来はいちごオレみたいに甘いわけじゃないのかー」
もっと深刻に言ってくれれば一緒に悩めるんだけどね。
ハクヤクン。
「私だって今の学力じゃ近くの大学に進学できるか怪しいもん。私だって進路怪しいんだから」
「いばることではないな、落ち着け」
どうしようどうしようとずっと言ってきたこの二人は結局学年でもまだ進路が決まってないやばい奴らとして今日先生との面談が組まれたのだった。
周りのやつらの数倍は悩んできたはずなのにどうしてまだ決まらないんだか。
担任にも言われたしハクヤにも言われたし自分でも思う。
少し考えてみればソレは至極まっとうなことなんだけどね。
何も考えてない同級生より色々考えてる私たちの方が時間かかるに決まってる。
「なぁ先生遅すぎじゃないか流石に」
「本当」
今日は夏休み直前の午前授業で昼には授業終わったのにまだ担任は現れない。
「あいつらこうやって残しておけば焦って進路決まるとでも思ってるんやろか」
「教師側がそんな雑でたまるかい」
実際雑だと思いますよ田舎の学校の教師なんて。
別に進学実績とかなんとかは一切関係ないし自分の将来がどうなるわけでもないしさ、と。
「いや本当俺のこと考えてくれてるのミノリだけなんじゃ」
「そかね。多分そんなことはないと思うよあんたが知らないだけで」
「ノらないねー」
「何が」
何がもクソもないだろ....ハクヤの声は消え入りそうだった。
なんだい急にしおらしくなっちゃってい。
さっきまでのオレンジ色はさらに熟して濃い色になった。
担任はどうも来る様子がない。
帰りたいな。
「ハクヤ、帰ろ」
「帰るか」
妙に素直じゃんか。帰ろか。
机の中に残した教科書を鞄に詰め込む。
ハクヤは教室の電気を消す。
「なーこれ進路相談サボったけど大丈夫だよな?」
やっぱりハクヤはこんな時には持病の心配性がね。はいはい。
「別に心配することでもないでしょ。早くこなかった教師たちもあれなんだしさ」
「うーんソレでいいのかな...」
「ほらこうしてあげるから元気出して」
私はハクヤに後ろから抱きついた。
ハクヤが声を出さずに体を震わせる。
思春期男子だしなぁ、色々あるんだろうね。
育ってきた双丘をわざと当ててますしィ。
別に前から特段スキンシップが激しいわけでもなかった。魔が差すというか衝動的というか。ともかく無意識に体が動いた。
不意にさっきの教室でのハクヤの態度が脳をよぎる。
別にハクヤのことは嫌いじゃないしなんなら好きだよ。恋愛とかそういう方面のソレで。
そうじゃなきゃ自分から男子に抱きつきになんていかないでしょ。
「どう?元気になった?」
ハクヤがこっちを向く。
「元気になったわ、ありがと」
特に関係に変化は無いようですね。そっちがその気じゃ無いなら私は別に構わないんだけどね。
どうして少しがっかりしているんだ私。
そのまま二人で門まで歩く。
隣のグランドで野球部がナイター設備を使いながら練習をしていた。
舞う土埃、動く選手。
昔見たことのある映画でもこんなワンシーンがあった気がするな、と。
なんの映画だったかは忘れたけど。感動して泣いた気がする。
そのままハクヤと無言で歩く。
グランドの脇をぬけるとだいぶ暗い道になる。学校の敷地内なのに都会の路地のように暗い。
そっとハクヤが手を差し出してくる。
「どしたの」
「手繋ご」
「いいよ」
ハクヤもその気なのかもしれない。私の気持ちと同じかどうか。
手を繋ぐ。
私と同じくらいのハクヤの手は少し汗ばんでいた。
「汗かいちゃって、緊張してんの?」
すぐに手を振り解いてハンカチで拭うハクヤ。
「別に私は気にしないけど」
また手を繋ぐ。