Chapter 2 - 太雅と幸
「あ!ママーーーーー!!!」
幸(ゆき)の声がした。園庭で遊んでいたようだ。
先生にきちんとご挨拶をしている娘を見ると、成長したなと実感する。
この前までおっぱい飲んでよちよち歩いてたのに、子供の成長は本当に早い。なんてぼ~っと物思いにふけっていたら、先生がこっちに近づいてきた。
慌てて頭を下げ、
「すみません。お迎えが遅くなっちゃって。」
「いえいえ、幸ちゃん、楽しそうにうんていで遊んでましたよ。うんてい、お上手ですね。お手手にまめがいっぱい出来ちゃって。お風呂の時、痛いかもしれない。」
「あぁ、大丈夫です。ありがとうございます。」
そう言って、いそいそと園を出た。
「ママ、今日綺麗な恰好してる~。仕事?」
ギクリ。子供は意外と親を見ている。
「うん。仕事!その後いったん家帰って着替えたのよ。」よし、私も嘘が上手い。
「そっかー。」
疑いもなく、返事をする幸。
しめしめ、5歳児をだますのはちょろいちょろい。
結局、幸を保育園へ迎えに行ってから、家に帰りついたのは16時半。長男は塾で、もうそろそろ帰ってくる頃だ。
~良かった。太雅が帰ってくる時間には間に合った。~
手を洗い、うがいを済ませてエプロンを着けた。
晩御飯は、朝の内に仕込んでおいたから、後は温めるだけ。
「うん!私って要領いい~♪」
フルで働いていた頃には到底出来なかった事。仕事がある日の朝はいつもバタバタで、幸の「髪結んで。」に答えられない日もあった。今は専業主婦だから、子供の事にも十分に時間を注いであげられる。自分自身にも余裕が生まれた。
『お金がある=幸せ』な人も世の中には大勢いるだろうが、今の私にとっては『子供に手をかけてあげられる時間、学校から帰って来た時にお迎えしてあげられる事=幸せ』だ。
すると、長男、太雅(たいが)が帰って来たのか、
“ピンポーン”
とチャイムが鳴った。
モニターを見ると、頭がちょこんと映っている。太雅だ。
鍵を持たせてあるが、なぜかチャイムを鳴らす。不思議に思い、一度聞いたら、「なんとなく」と言うあいまいな返事だった。
ランドセルをおろして鍵を出すのが面倒なのか。私が家にいるのが分かっているからなのか。私がフルで働いていた頃はしてやれなかった、学校から帰って来たときのお出迎え。
そして”おかえり”と言う言葉。これを今はしてあげられてる。太雅もそれが分かってて、わざとチャイムを押しているのかもしれない。お母さんが家で待っていてくれる。その事が、太雅にとってはすごく嬉しい事なのかもしれない。
モニターには出らずに、玄関へ向かい、鍵を開ける。
幸と二人で
「おっかえり~!」と言ってドアを開けると
太雅はニコニコしながら
「ただいまぁ」
そして、お決まりのぎゅ~っとハグ。
~あぁこの上ない幸せだ。このまま大きくなってくれたら最高だな。
・・いや、待てよ。太雅は今、小3。3か月もしたら、もう小4。そろそろ“お母さん大好き!”発言も卒業?たまにほっぺにチューしてきてくれるのも卒業??きゃぁ~~~!いやぁぁぁぁあああああああ~
(心の叫び)
頭を抱えながら、自分に問いかける。
~いや、現実を受け入れろ。反抗期が来るのは当たり前。(私の反抗期なんて小学5年から高校まであったのだから、とても言えた口じゃない)私の子だから、反抗期が来るのは覚悟しよう。私の母にもそれで随分辛い思いさせたのだ。(結婚式の時、ちゃんと両親には謝ったから、この事に関してはチャラだと思っている。)
「?どうしたのお母さん。なんか顔色悪いよ?」
「え?そう?気のせいよ。気のせい!そういや今日、給食なんだったの?」話をすり替える。
「えっとね~コッペパンと、シチューとフルーツが入ったサラダみたいなやつ」
「わ!美味しそう~。でも、今夜のわが家の夕飯も負けてないぞお。」
幸「何~?なんて食べ物?」
太雅「何何??肉?魚?俺が好きなやつ?」
「ふふふ。お風呂あがってからのお楽しみ~♪♪」
幸「え~ママ教えて~ヒントは~??」
「ヒントねぇ、、”お肉”を使った料理かな。」
もったいぶった私の言葉にワクワクさせられたのか、太雅は『お肉♪お肉♪』と言いながら、自分の部屋に入り、早速宿題に取り掛かっていた。