第1話 - 第二十五章 きらめき
水しぶきを上げて、たくましい男の腕がプール・エンドにタッチした。
男はプールをはい上がり、水をしたたらせてデッキチェアーの所に近づいてくる。
さゆりはイエローのビキニから長い手足をスラリと伸ばして、デッキチェアーに横たわっていた。
中央に寄せられた水着から、バストの谷間が見え隠れしている。
男に微笑みながら起き上がると、テーブルに置いてあるジュースを手渡しながら言った。
「上手なのね、泳ぎ・・・・。あとで、私にも教えてね。」
男は女の水着姿を眩しそうに眺めながら、ジュースをうまそうに飲んだ。
今日はどこにも出かけず、ホテルでゆっくり過ごす事にした。
ジムで汗を流し、スカッシュをしたあとプールに来ている。
やはり身体を動かすと気持ちがいいと、男は思った。
「そういえば高田さん達、どうしているかしら。まったく不思議なオジさんよね。ただのスケベかと思ったら、あんなに泳ぎはうまいし。イタリア語だってペラペラなんだもの。」
ストローをもてあそびながら、さゆりが言った。
「でも考えてみたら、卓也さんも最初はひどかったもんね、ふふっ。」
さゆりは何やら思い出して、一人クスクス笑っている。
男は顔を赤らめると、倒れるようにしてデッキチェアーに横たわった。
女は男を見ながら、まだ楽しそうに笑っている。
男は手を頭に組み、感慨深げに言った。
「そーだなあ、もし高田さんや広子さんがいなかったら、こうして二人でプールサイドにいるなんて事、なかったろうな・・・。」
「そうよー・・・・。私だってあんなサングラスかけてオールバックのヤクザみたいな男の人なんてごめんだったわ・・・。しかも、あのスーツの色・・・。」
さゆりは又、声をあげて笑い出した。
目から涙がにじんでくる。
男は顔を赤くしながらも、女を愛しそうに見つめている。
本当にそうだ。
よく、この天使の心を手に入れられたものだと思っている。
高田に、広子に、イタリアの神様に、感謝したいと思った。
今度、教会に寄ってゆっくりお祈りしようと思った。
そして、この二人の旅が終わるまで、自分をまだ元気にしていてくれと願う。
卓也の真剣な眼差しに気づいて、さゆりは笑うのをやめて見つめ返していた。
プールの中の嬌声が館内にこだましている。
午後の日差しが強く照らし、水面に白いループを幾つも作っている。
ローマ、三日目の午後はプールサイドで過ごしている。
室内プールの暖房が二人を暖かく包み込んでいた。
二人は手をとったまま立ち上がるとプールに向かって歩いていき、ゆっくりと身体を沈め泳ぎ出した。
水面のループが小さな光に散乱しキラキラと輝かせている。
女の黄色い水着が水の色を通して、薄いグリーンに変わる。
無数の空気の粒が女の身体にまとわり付いている。
男はゴーグル越しに女を見つめながら、後ろを泳いでいく。
あとわずかに残された時間を惜しむように、卓也は生きていく。
たとえ死んでもこうしていつも、さゆりを追いかけていきたいと思った。
明日はどこへ行こうか。
そう思うと、男はフッと水の中で微笑みを泡にした。
どこへ行こうと、女と共にいるのだ。
どこでも良い。
こうして女の後ろをついて行ければ。
女は水の中で立ち上がり、ゴーグルを取って白い歯をこぼした。
横からの日差しが女と水を照らし、キラキラ輝かせている。
水に濡れた短い髪が女の頬にまとわりついている。
男はゴーグルを外さずに女を見つめていた。
自分のうろたえた瞳を見せたくはなかった。
今さらながら女の美しさに震えている自分を。
今度は男が水に潜り逃げていった。
女は頬を膨らませると、ゴーグルをつけ男を追いかけた。
ローマ、三日目の午後が楽しく過ぎていく。