〇〇中学校はアホばかり!


キョウダイセブン2022/03/08 01:32
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〇〇中学校はアホばかり!

塾を始めて10年ほど経った頃、私は便器にこびりついた黄色いウ〇コをこすって落としながら前日生徒に言われたことを考えていた。

「あの子たちをやめさせてもらえないと、ボクたちが塾をやめます」

 成績トップクラスの子たちの申し出だった。


 確かに、ヤル気のない生徒たちが塾に来るようになってからトイレが汚れるし、教室に設置してある問題集の答えが無くなるし、机や壁の落書きが酷くなって教室内が荒れてきていた。授業中も騒がしい。それまで怒鳴りつけたり、強制的に塾をやめてもらったりしたけれど賢い子たちの我慢も限界が来ていたらしい。


 そこで、私は決意した。ちょうど娘たちが小さな頃だったので、退塾率の高い成績下位の子を相手にしていたら生活が不安定に陥るリスクが高かったのだ。そこで、最初に当時広がり始めていた YouTube にあ「〇〇中学校の生徒はアホばかり!」という動画を投稿してみた。

 隣町から来てもらっている生徒たちの口癖だった。それだけ地元中学校は荒れていたのだ。


 すると、当然ながら反発された。人間は本当のことを言われると怒るものだ。不良に「不良」と言ってごらん。絶対に怒るから。でも、私は躊躇わなかった。強制的に塾をやめてもらうとトラブルになっていたので、素行不良の生徒には自主的に「高木教育センター」を避けてもらう方向に誘導した。


 簡単に言うと、素行不良の生徒に嫌われるようにした。成績上位の子たちは、素行の悪い生徒と同じ教室で勉強するのを極端に嫌う。予想どおり成績上位の子たちにはこの塾の決定は歓迎された。そして、四日市高校や桑名高校の上位の子たちが多く集まってくれるようになり、高校生クラスが設置できるようになった。


 そして、最初に「京都大学」の合格者が出たのは2009年のことだった。その頃には、完全に塾に色分けが出来ていた。“不良のたまり場”と呼ばれる塾もあった。私の塾は“えらっそうな塾”と陰口を叩かれれていたようだった。しかし、逆に言うとエリート塾の色彩を帯び始めていて退塾率が下がり続けて経営が安定した。


 10年もすると“不良のたまり場”と言われた塾はつぶれていった。高木教育センターは、9年連続で京都大学に合格者が出て、そのうち3名は医学部医学科の合格者だった。通信生の数も増え東京のエール出版社の「私の京大合格作戦」の2020年版から2023年版まで3年連続で掲載されるまでになった。


 最近

「どうやったら、そんなに賢い子ばかり集められるのですか?」

 と、同業者に尋ねらえることが増えた。答えは簡単で、嫌われる覚悟をすればいい。日本は同調圧力が異常に高い。人と同じことをすることを求められる異常な社会。少しでも他人と違うことをすると、村八分の目に遭う。


 しかし、人と同じことをやりながら人より上に行くことは無理なのだ。人から非難されようが、陰口を叩かれようが気にしない。自分の信じたことをやり通す。人は叩かれている人を見ながら、その人の本気度を見極めようとする。一時的には倒産の危機に陥るかもしれない。でも、それでもやり通すと「あの人は本気だ」と認めてもらえる。


 それだけの覚悟がないのなら、素行不良の生徒を相手にフラストレーションを溜めながら生きてゆくしかない。

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