魔法のシロップ屋さん

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宇波2022/02/27 15:08
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「こーんにちはー」


 姉の電話が終わると同時、見計らったように裏口の扉がノックされる。


「陽夏来た。はーい、待っててー」


 小走りで裏口を開くと、やっぱり陽夏が立っている。

よ、なんて、軽く手を挙げる陽夏に、私も返す。


「よ。今、ポーション作っているから」

「やっぱり? すごい独特なにおいするもん」

「きらい?」

「においは好き。おばあちゃん家みたい」


 軽口を叩きながら家に上がる陽夏は、台所で微笑んでいる姉に、「お邪魔します」と声をかける。


「いらっしゃい、陽夏ちゃん。おやつあるからね」

「よっしゃ。カナタさんのお菓子、ウチ、好きなんだ」

「あら、嬉しい。ゆっくりしていってね」


 本当にうれしそうに笑う姉。そんな姉に、照れたように頬を掻きながら、陽夏は迷いなく私の部屋の扉を開ける。

その行動に首を傾げる。何か忘れているような……。


「あーっ、待って! 制服脱ぎっぱ!」

「うわぁ」

「うわぁって何?!」

「うそうそ。いつものことじゃん」


 コロコロ笑いながら、陽夏は部屋の隅に鞄を置いて台所へやって来る。

姉は鍋とは別に、やかんに水を入れて沸かしていた。


「今回のノルマはどんな感じ?」

「今日で達成なのよ。明日集荷してもらうの」


 やかんから、ぴーって音がする。

姉と陽夏が話している間、私は冷蔵庫からおやつ、とメモが貼られているケーキ型を取り出した。

 細長いケーキ型は、いわゆるパウンドケーキ型。

ラップから見え隠れする中身は、スポンジケーキのようなものが被せられている。


「カナタさんのような調合師も、それだけで生計立てようとすると大変だって聞いたけど」

「そんな話も聞くわね。でも、そんなに大変だって思ったことは無いわよ。毎月二百本、低級回復ポーションを国に納めれば、最低賃金分の月給は保証してくれるもの」

「回復ポーションの中では最低ランクの低級回復ポーションとはいえ、二百本も作るの大変じゃん? 材料費もかかってんでしょ?」

「そうねぇ。治癒薬草が低級の回復ポーション二百本分で、今は三万円くらいだったかしら」

「副業しないと生活苦しいじゃん」


 まな板の上にケーキ型をひっくり返すと、抵抗もなくするんと落ちる中身。

オレンジ色のゼリーの層と、オレンジがかった乳白色の層が重なって、上部にオレンジの輪切りが飾られている。


「おねえちゃん、これ、ムースのケーキ?」

「当たりよ。オレンジのゼリーとムースを重ねて、チョコレートのスポンジケーキを敷いてみたの」

「見た目涼しー。夏に食べるのにぴったりじゃん。天才かよカナタさん」


 五つに切り、皿に取り分ける。

姉はやかんの火を止めた。


「お湯、沸かしたけど飲み物どうする? アイスティーもあるわよ」

「ウチ、アイスティー!」

「コーヒーにする。あったかいやつ。おねえちゃんは?」

「わたしも温かい飲み物がいいわ。マグカップお願い」


 棚からマグカップをふたつ。それとグラスを三つ取り出して机に置く。

冷蔵庫に入れていたアイスティーの入った瓶と、紅茶の茶葉を机に持って行くと、インスタントのコーヒースティックが用意されていた。ブラックの。


「陽夏、氷いる?」

「いらなーい。注いどくよ」

「ありがと」


 陽夏が三つのグラスにアイスティーを注いでいる間、茶葉を入れたポットにお湯を注ぎ、残りをインスタントコーヒーに使う。

紅茶の香り高さが、安物のコーヒーの匂いに掻き消されている。なんだか少し、面白い。


「先に置いてくる」

「お願いね」

「ウチも手伝う」


 プライベートスペースの、リビングとも呼べる広めの空間。

ログハウスに似合わない黒塗りの仏壇がひとつ置いてある。

そこには、笑顔を浮かべる二人の男女の写真。


「お父さん、お母さん。今日のおやつはおねえちゃん特製の、オレンジムースケーキだって」


 ケーキの乗ったお皿とアイスティーを供え、手を合わせる。

目を数秒閉じてから再び開けると、隣では陽夏が同じように手を合わせていた。


「三年、だっけ」

「そう、三年」


 私の父と母は、三年前に亡くなった。

ダンジョンが現れて、数日後のことだった。


「まさかダンジョンから、はぐれた魔物が外に出てきてるなんて、誰も思ってなかったよ」

「そうだね。私も、どっか遠いところの話だと思ってた。」


 ダンジョンが現れた。

そんな速報を、遠い世界で行われている戦争と同じような感覚で知った日。

どこか浮足立つ世界を普段通りに過ごしていた私に届いたのは、両親の訃報だった。


 ダンジョンにいた生物、便宜上、魔物と呼ばれているものが地上に現れ、両親を食い殺した。

その魔物はすぐさま討伐され、同じようなことが起こらないように対策が強化されたが、両親は戻ってはこなかった。


「世界変わりすぎて、怒涛の三年だったんじゃね」

「そうだね。今じゃもう、魔物が外をうろついているなんて話は聞かないし」

「調査隊が派遣されてー、民間からも有志の調査隊が作られてー。そっからあっという間だったよね」

「ねー。適正職業ジョブなんてものも発見されたしね」

「そのジョブの確認、ウチら明日やるじゃん」

「そうだった」


 なんて話していれば、台所から焦れたように、「飲み物冷めちゃうよぉ」と、姉の声がかかる。


「はぁい、今戻るよ」

「カナタさんのケーキ、美味しい内に食べんとね」

「ね」


 そんなことを話し合い、台所で待つ姉のもとへと戻る。楽しく、笑いながら。