「石原裕次郎」と「マイトガイ、小林旭」はヒーローだった!


キョウダイセブン2022/02/15 02:19
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「石原裕次郎」と「マイトガイ、小林旭」はヒーローだった!

「石原裕次郎」と「マイトガイ、小林旭」はヒーローだった!

「石原裕次郎」と「マイトガイ、小林旭」はヒーローだった!

  1960年代の日本の映画界に、石原裕次郎と小林旭という二大スターがいた。二人ともアクションが得意だった。小学生だった私たちは夢中になったが、映画の中で暴れまわる彼らが本当に喧嘩が強いとは思っていなかった。ダンスのように振付師がいて、こうきたらこう避けて、といった約束どおり演技をしているのは分かっていた。

  ところが、1970年代に入って海の向こうからスゴイ映画が日本にやってきた。“燃えよ、ドラゴン”をご存じだろうか?ブルース・リーの大ヒット映画だ。彼は、白人しか主演ができないと思われていたハリウッド映画で初めて東洋人として主演をやった。

 彼のアクションは、それまで見たことのないものだった。彼は俳優である前に、格闘家だった。彼の動きは俳優のものではなく、本物のカンフーの動きだった。


 「もどき」ではなく「本物」だったわけだ。その後、ジャッキー・チェンや日本では千葉真一、真田広之などが活躍できる道を開いた人だった。


 予備校業界でも似たような動きがあった。1980年代に、金ピカ先生(佐藤忠志)が現れた。彼は、派手なスーツに18金の腕時計や、ネックレスというまるでヤクザのような出で立ち。教室に愛用の日本刀を持ち込むパフォーマンスでマスコミ受けがよかった。


 その後の、マドンナ講師(萩野文子)や暴走族講師(吉野敬介)などに道を開いた。しかし、三人とも私大卒だから東大、京大、阪大、名大などの旧帝受験生からはイマイチ信用されないパフォーマンス講師だった。


 そして、当然のように東大卒の林修が現れたわけだ。やっぱり、「もどき」ではなく「本物」は強い。もう、振り付けたアクションは通用しないだろうし、衣装や髪型では講師は受け入れられない。時代を逆戻りさせるのはムリなのだ。


 ネットが普及して、マスコミがいくら煽ってもどの業界も「もどき」では通用せず「本物」でないと一般の人に受け入れられない時代になった。


 そこで、学校だ。驚いたことに学校にはこうした淘汰の法則がまったく働かない。藤井くんの師匠はプロの棋士だし、大坂ナオミのコーチも一流のプロコーチだ。「本物」に習わないと、一流にはなれない。

 それなのに、学校の英語教師は旧帝を卒業しているでもなく、英語圏に住んだこともなく、英検1級に合格しているでもない(という人が多い)。部活でも、野球のルールを知らない野球部の顧問なんてザラにいる。


 一部の例外をのぞいて、ほとんどが「もどき」の指導者なのだ。それでも、裕ちゃんとマイトガイくらいにはなれる。なぜなら、教員免許は水戸黄門の印籠くらいの威力があるんだよ。


 教員免許には点数制度はありません。

 犯罪をしても、その事実は記録されず、常にクリーンな状態です。とは言え、犯罪を繰り返せば、教育委員会から睨まれて、管轄の地域で教職に就くことが難しくなるかも知れません。でも、そんな時は、教育委員会の手が届かない私学に就職すればいいだけです。そして、私学での勤務後に、転居して別の地域で再び教職に就けば、何事も無かったかのように見えてしまいます。

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