雨宿り(第三話)薄くなった男

第四章 再会

進藤 進2022/02/07 19:58
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何回目かの交差点の人波を眺めながら、男は又ため息をついた。


会ってどうする、というのだろう。


相手は人妻である。


自分は何を望んでいるのだ。


危険な恋をするのか。


それとも新手の売春かもしれない。


帰った方がいい。


世の中、そんなに甘くはない。


せっかく、いい夢がみられたのだ。


会って、それを壊したくない。


そう、やめた方がいい。


相手にしたって、こんな若ハゲの男等失望するだけだろう。


やっぱり帰ろうとした時、交差点の向こうに男の視線はクギ付になってしまった。


モスグリーンのワンピースを着た女性が、傘越しにジッとこちらを見つめていた。


ロングヘアーの落ち着いた感じの美人であった。


男のイメージそのままで、どこかで会った事があるような気がした。


信号が変わって、交差点を渡る人波の先頭からモスグリーンの色が徐々に大きくなってくる。


女の視線は男を離さず、真っ直ぐ顔を向けたまま近づいてくる。


男はその美しさに呆然と立ちつくしている。

 

ポケットパークの床をヒールの音をさせながら、女は近づいてきた。


そして迷いもせずに言った。


「あの・・・高橋さんでしょうか。」


言ったとたん、顔を赤らめて俯いている。

 

男の心臓が早鐘のように脈打っている。


「は、はい・・・。そうです。」


女は顔を上げると、胸に手を当てて言った。

 

「良かった・・・。信号を待っている時、遠くからあの人だって思ったんです。イメージ通りのやさしそうな人でした。」


「ぼ,僕もすぐ分かりました。す、すごく美しい・・・人だと、思いました。」


二人は見つめ合うと、吹き出してしまった。


「歩きませんか・・・。」


「ええ・・・。」


男が歩きだすと、女は自然に腕を組んできた。

 

女の傘の中で、二人は雨の街を楽しむように歩いていった。


腕の温もりがくすぐったく、雨の音が心地良かった。


「あの・・・どこかで会った事無いかな?」 


男がためらいがちに聞くと、女はクスッと笑って答えた。


「まだ分からないの?高橋君、私よ・・・。林京子よ・・・。」


男は立ち止まり、マジマジと女の顔を見つめた。


笑った頬に、えくぼができている。


「あーっ・・・。は、林さんかー。えー、本当・・・?」


女は嬉しそうに微笑むと、男の腕を引っ張るように歩いていく。


林京子は中学三年の時、同じクラスの委員どうしであった。


男は彼女に対して恋心らしきものは感じていたのだが、とうとう言い出せないまま別々の高校に進み、それっきりになっていた。


クラス会も無く、こうして会うのはもう十八年ぶりになるのだった。


「ヘェー。奇麗になったんだなー。」


「高橋君こそ・・・。こんなに背が高くなって、ステキよ。」


女はうっとりと、頭をもたれてくる。


いい香りがする。


二人は公園にやってくると、青い屋根の下のベンチに座った。


「僕なんか・・・ダメさ。見てよ・・・。こんなにハゲちゃって・・・。まだ独身だし、おまけにテレクラなんかに、いってるし・・。」

 

「あら、それじゃあ私も同じよ・・・。違うわ、高橋君・・・。ちっとも変わっていないわ。ステキよ、自信もって・・・。」


京子は真剣な顔で見つめてくる。


「本当に男らしかったわ。私・・・ずっと好きだったの。高橋君の事・・・。だから、今日会えてすごく嬉しかったの。あの頃の高橋君、イヤな教師にも堂々と抗議してくれたりして・・・。」


女の言葉に、辛そうな表情で男が言った。


「そんな・・・。ダメだよ僕なんか・・・。今じゃあ毎日ビクビクして上司にへつらっているし・・・。」


「そんな事はないわ・・・。高橋君は変わらないわ。私・・・。」


京子の潤んだ瞳が近づいてくる。


「林さん・・・。」


男も心が吸い込まれそうになる。


「好きよ・・・。キス、して・・・。」


二人はゆっくりと唇を重ねた。


屋根に落ちてくる雨音がBGMのように、二人を包んでいる。


顔を離すと、林京子の顔が、谷口ゆりの顔に変わっていた。


「好きよ・・・高橋さん。自信、持って。」 


男は呆然としながら、女の顔を見つめて言った。

 

「ゆ・・・り、ちゃ・・・ん。」