本棚記録帳

第13話 - 翼がなくても/中山七里

季月 ハイネ2020/11/30 10:23
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「誰かを憎みたい気持ちも分かる。叫ばずにいられない気持ちも分かる。だけど一度考えろ。お前は他人に優しい子で、自尊心が強い。その時は人を責めて気が晴れても、必ず後悔する。自分が惨めだと思うようになる。これ以上、自分を傷つけるな。自分をこれ以上、嫌いになるな」(本文より)



 オリンピックを狙う陸上選手と、彼女から片足を奪ってしまった幼馴染み。幼馴染み同士が加害者と被害者になった、二人をめぐる心と決意の長編ミステリー。


 ミステリーの醍醐味は、いかに別の印象を読者に植えつけさせて事実を隠し、謎解きの時点でひっくり返すか、だろう。話の中でさりげなく書かれていた一文が、実は重要な手がかりだったりするのだ。

 どんでん返しの帝王と呼ばれている中山さん。そのさりげなく仕込ませている手がかりとどんでん返しに、またしてもやられてしまった。疑問に思ったらそれが手がかりとなる。覚えておこう。そしてまた、中山さんの思惑にはまってしまうのは明白なのだが。

 中山さんの仕掛け方は凄い。「ん?」と思ったところが今回はまさに手がかりだったのだが、思い返すと本当にさりげないのだ。読み返すと顕著にわかる。それだけでなく、登場人物たちを諭す台詞がまたしびれる。一緒に思わず涙してしまう箇所も、少なくないのだ。物語の中へ夢中に入り込んでいるからこそ、その場面での台詞がずしんと響いてくる。まさに、人生の先輩からの教訓である。

 そして、登場人物たちの諦めが悪い。目標を失おうとも、新しい目標を打ち立てて突き進んでいくのだ。なんと往生際が悪くて、なんと負けず嫌いなのだろう。目標に手が届く人というのは、そういった諦めが悪く、信念を最後まで持っている人が多い。信念を失わなければ叶うと、彼ら・彼女らは体現してくれるようだ。