本棚記録帳

第14話 - 雨、ときどき編集者/近江泉美

季月 ハイネ2021/03/29 18:08
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 流れるように心に滑り込む文章。感情を揺さぶる登場人物の思い。思わず手に汗握る興奮。単語や文章そのものより、それを読んだ時に受ける衝撃や感動の方が重要ではないか。そのために小説家は言葉を選び、物語を紡いでいるのではないか。(本文より)



 偏屈な作家が残した手紙を元に、彼の名作を世界へ届けようと奔走する編集者の奮闘。


 物語を作る人がいる。物語を届ける人がいる。作り手が編み出した物語を読者へ届ける、それが編集者だ。

 一人の作家、樫木重昂の死。彼を担当していた編集者、真壁。仕事に身の入らない日々を送っていた真壁の元へ、ある日、樫木からの手紙が送られてくる。自分の物語を父に届けて欲しいと。そうして、真壁の奔走が始まる。

 綺麗ごとだけで世の中は生きていけない。生きていくのは夢の中でなく、現実という世界だからだ。こうしたい、ああしたい、そんな理想を掲げていても、明確な道筋を描けなければ頓挫してしまう。理想を、綺麗ごとを、思考を現実化するには、たどる道をどれだけはっきりと描けるかが必要になってくる。

 作中で、真壁が何度かルイルイにぐうの音も出ないほど言い負かされるが、彼女の言葉は決して間違いではないと知れる。データだけではいけない。綺麗ごとだけでも、情熱だけでもいけない。全てをバランスよく──と考えるとそれこそ理想かもしれない、何かを形にするにはすべて大切な要素だ。

 読者を読者とも思っていなかった樫木が変わったきっかけ。読者に、伝えるために。

 空白の終章。私は「挑戦者たち、踏み出す」なんて名づけたい。