オオカミか幼なじみか選べない……。

第23話 - VS.リュゼ&セルペンス

本多 狼2020/09/20 12:14
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 バーレで情報を耳にしてから、四日が過ぎた。

 何時間か歩き続けたので、「そろそろ休憩を」とメルが声を掛けようしたときだった。

 アウラがしきりに顔を動かし、辺りの様子を気にしはじめた。


「匂いがする。気を付けて、二人とも。こっちよ!」


 猛スピードで街道から外れ、アウラは白い花が咲き乱れる川原へと下りて行く。

 追いついたメルとフロールの前には、フードを被った男と、蛇がいた。

 噂どおり、五、六メートルは優にありそうな、光沢を放った深緑色の大蛇だ。

 胴回りはきっとフロールよりもあるに違いない。

 その近くには、両手で杖のようなものを握っている女の子の姿が……。

 戦っている?


「チッ、邪魔が入りましたか。もう少し遊んでからと思いましたが……そろそろ一噛みしておきましょうか、セルペンス」

 男はそう言うと、持っている杖で地面を何度か叩いた。


「フムス、お願いっ!」

 そう叫ぶと、少女の目の前にぼんやりとガラスのようなものが現れる。

 なんだ、あれは? シールド?

 メルたちが駆け寄って助けに入ろうとすると、

「来ちゃだめですっ!」

と、少女はメルたちのほうを向いて叫んだ。


 その隙をセルペンスと呼ばれた大蛇は見逃さなかった。


 鎌首をもたげたのち、そのまま恐ろしい速さで少女へ向かって襲いかかった。

「GYOOOOOOOH!」

 ガラスのような、水蒸気の塊のようなシールドの一点を突き破り、毒蛇の牙が少女へ届いてしまう。


「痛っ!」

 少女は尻もちをついて、左足を押さえながら苦痛にうめく。

 そして、蛇は何事もなかったかのように、フードの男のもとへと戻っていく。

 さっきまでは草に隠れて見えなかったが、少女のそばに小さな動物が見えた。

「あれは――モルモットね。彼女はきっと、絆の民よ」

 アウラがメルたちに言った。


 モルモットは、苦しんでいる少女のまわりをあたふたと動き回っている。

「大変、早く助けなきゃ!」

 フロールが少女に駆け寄り、傷口を確かめる。

「無駄ですよ。セルペンスの毒は、わたくしが何年もかけて作り上げた、特別な作品ですから。でも、ご安心ください。すぐに死ぬことはありません。そんなものは芸術ではありませんからね。楽しみは長く続かなくては。じわじわと身体が壊れていく、恐怖という名の歓喜を、存分に味わっていただきましょう!」


(よッ、おッぱジめルか)

 メルが腰のナイフ(一号)に手を伸ばす。

 アウラが「いつでも行ける」という様子で、メルの横に並ぶ。


「せっかく絆の民に出会えたというのに、残念でしたね……でも、チャンスはあげますよ。わたくしは紳士ですからねぇ」

 眼鏡の奥で、男の目が怪しく光る。

「この先に、大蛇石と呼ばれる大きな岩があります。のちほど、そこでお会いしましょう。まずは、その少女の応急処置が先ですかな。そのモルモットに聞けば、大蛇石の場所を教えてくれるでしょう。そこで、あなたがたに解毒剤をお譲りできるかもしれません」

 男は、体の前でくるくると杖を回し、不敵な笑みを浮かべる。

「わたくしに勝ったら差し上げましょうか。まぁ、それまでにその少女が生きていられるかは、約束できませんがね。そうそう、わたくしの名はリュゼ。では、失礼……」


「待てっ!」

 そう叫んで追いかけようとするメルを、アウラが制する。

「だめよ、メル。今倒せたとしても、あいつはきっと解毒剤の在処を言わないわ」

 メルは、悠然と立ち去って行くリュゼの後ろ姿を、ただにらみつけるしかなかった。


 フロールが、動揺を隠しながら懸命に応急処置を施す。

 その間も、モルモットはせわしなく少女のまわりを行ったり来たりする。

 そして時折、何かを訴えるようにジャンプしている。

 それに気付いた少女は、苦しみながらも小声でフロールに何かを告げた。

 フロールは、なるほどといった感じで、辺りの様子に注意を払っているメルを呼んだ。


「このモルモットをくすぐってください、だって」


 意味がよく分からなかったが、ひょいとモルモットを抱きかかえ、メルは思いきりくすぐってみた。

 身をよじらせたモルモットは、やがてヒマワリの種を何個か吐き出した。

 呆れたような顔で、フロールがモルモットを見つめる。

「ほんとに出たっ――食べないように言い聞かせてるのに、つまみ食いして時々喉に詰まらせるって、この子が言ってたわ……」

 

 みんなのなんとも言えない微妙な視線を浴び、モルモットが話し出す。

 白と茶色の二色、そして巻き毛が特徴的なモルモットだ。

「フムフム、気付くのが遅いフム。やっと話せるようになったフム」

「モルモットがしゃべってる! かわいーっ!」

 フロールは、さっきまでと打って変わって、ハートの目でモルモットを抱きしめた。

「痛いフム!」

「ごめんごめん。ねえねえ、名前は?」

「フムスだフム」

「え?」

「フムスだフム」

「ふむすだふむ? 言いにくい名前ね……」

「違うフム。フムス、だ、フム」

「ふむす・だ・ふむ?」

 永遠に繰り返されそうな会話を、アウラが終わらせる。

「フムスよ。名前は、フ・ム・ス」

「あー、そっかー。フムスね~。もう、最初からちゃんと言ってよね~」

「言ってるフム!」


 少女の名はヴィオ。

 まだ十二歳だというのに、フムスと一緒に旅をしてきたらしい。

 身に着けている服は紫色ではあるが、まるで童話の世界から、赤ずきんがそのまま抜け出してきたかのような格好をしている。

 横になっていても、右手には大事そうに杖を握ったままだ。

 やはり彼女も、絆の民の一人だった。


 苦しむヴィオに代わって、フムスが自分たちのことを教えてくれた。

 ヴィオにも、自分の親の記憶はあまりないらしい。

 メルと同じく幼いころに生き別れ、ここから南西にある小さな村で、村人と暮らしていたそうだ。

 そしてある日、絆の民として覚醒した。

 

 ヴィオは守りに特化していて、フムスが口に入れたものを飛ばすことでそれを強化し、いろんなシールドを生み出せるらしい。

 さっきの戦いで現れた、ガラスのようなシールドは、水を吐き出して作れるのだという。


 ヴィオとフムスは、エルペトから東に向かい、両親を探す旅をしていた。

 そして、事件を起こしていたフードの男、リュゼと遭遇したのだ。

 リュゼは、蛇のセルペンスを使い、絆の民と思われる人たちを何人も毒殺していたらしい。


「許せないわね!」

 濡らしたタオルでヴィオの額の汗を拭いながら、フロールが言った。

「もう、けちょんけちょんのギッタギタにしてやるんだから!」


 フムスの話によって、おおよその事態を把握することができた。

 ついでに、フロールの「けちょんけちょんのギッタギタ」の話を聞かされた……。


「メル、そろそろ向かいましょう。フロールたちは、ここに残っていて」

 アウラはそう言って立ち上がった。

「大丈夫、僕らに任せて」

 二人は、リュゼとセルペンスの待つ大蛇石へと向かった。