本多 狼2020/08/29 20:41
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 それから二週間ほど過ぎて、マリーが立って歩けるようになった日のことだった。

 

「よしっ、そろそろやるか」

「ジンク、やるって何を?」

「決まってるだろ。卒業試験だよ」

「えっ?」

 

 ジンクは、庭の小屋に向かうと、ガサゴソと何かを探している。

 やがて、メルの身長ほどもあろうかという大剣を、肩に担ぎながらやって来た。

「俺に一撃でも入れることができたら、晴れて卒業だ」

 

 メルたちは、初めて戦った森の作業場へやってきた。

「準備ができたら始めるぞ」

 そう言われて、メルが近くの切り株に腰掛け、持っている道具やナイフを確かめようとしたときだった。

 突然ジンクが大剣を振り回してきた。

 

「うわっ!」

 慌ててメルは後ろにのけぞった。アウラもメルの近くに駆け寄ってくる。

 

「本当の戦いは、こうやって始まるんだぜ。準備を待つなんてこたぁ、絶対にないんだ!」

 言い終わる前に、ジンクはすでに距離を詰めている。本気だ!

 

 メルは、常にジンクの動きを目で追いながら、右に左に小刻みに走った。

 走ることには慣れている。ここは、自分が育った庭同然なのだから。

 

 大剣では不利と思われる木立へ向かった。

 首から下げたペンダントを一瞬ぎゅっと握ってみる。

 それだけで、冷静になれる気がした。

 メルは、アウラと直接、心のやりとりをする。

 

 アウラ、一緒に頑張ろう。僕に付いてきて――。

 

 ジンクは大剣を頭上で回して勢いをつけ、横なぎで数本の木を切り倒そうとする。

 と見せかけて、大剣をあっさり諦め、左の腰からダガーを抜き、メル目がけて放った。

「うわっ!」

 メルは体勢を崩しながら木の陰に隠れてダガーを避けた。

「逃げてばかりじゃ勝てないぜ――」

 木々を擦り抜けながら、メルはナイフを投げる瞬間をうかがっていた。

 一瞬でいい、一瞬だけでいいからジンクの注意をそらせれば……。

 

 メルは足元の自分の影に気付いた。

 そうだ、これだ。

 

 スピードを落とさずにメルは走り回った。

 アウラは忠実に付いてきている。

 やがて、そのときが来た。

 

 メルとアウラは、ジンクの表情が変わるのを見逃さなかった。

 木々の間から射し込む日の光に、一瞬目を細めたジンクに向かって、メルはナイフを投げた。

(しシょウごロし、ッてカ!)

「僕のナイフごときでジンクは倒せないさ」

 

 しかし、それはおとりだった。

 ナイフを左腕で弾こうとしたジンクに、今度はダガーが飛んできた。

(しシょウごロし、ソのニでス)

 

 それは、さっきジンク自身が投げたものだ。

 メルがいつの間にか、自分の武器として回収していたのだった。

 右腕でそれを弾こうとした瞬間、少しかがんだメルの背中から白く大きなものが飛んできた。 

 アウラだ!

 両腕を広げてがら空きになったジンクの胸に、メルの背中を踏み台にしたアウラが飛び込んだ。

 

「参った!」

 仰向けに倒れたジンクは、潔く負けを認めた。

 

     *

 

「少し残って練習するよ」

「そうか。じゃあ、俺は先に戻ってる。日が暮れる前には帰るんだぞ」

「うん」

 

 戦いのあと、メルは作業場に残った。

 ジンクにはああ言ったが、本当は、旅立つ前にこの森にお別れを言いたい、そんな気持ちだったのだ。

 

「ジンクは、いい人ね」

 アウラがメルのそばに座り込む。

「うん」

 メルは寝転がり、青い空を見上げた。

 心地よい風が二人を包む。

 メルの気持ちを察して、アウラは何も言わずただ寄り添った。