第6話 - 絆の民
メルはジンクのあとを追うように、長老の家へと向かうなだらかな坂道を登っていた。
マリーの待つ家へ早く帰りたかったが、村に問題が起きたときは、一刻も早く長老の指示を仰がなければならない。
「メル、あのハヤブサ使いは只者じゃねえ。これから聞くことは、お前にとってつらい話になるかもしれねえ」
ジンクは前を向いたままメルに告げた。
「だがな……どんなことがあろうと、俺はお前の味方だ――」
「うん」
メルは、初めて人に向かって斧を構えたことを思い出しながら、頼もしい背中にうなずいた。
メルたちが来ることを分かっていたかのように、長老は坂を登ってくる二人を外に出て待っていた。
「長老、ハヤブサを使う男に襲われた。急いで知りたいことがある。絆の民ってのは、なんだ?」
ジンクは登ってきた疲れを感じさせず、一息に話した。
立派なひげをたくわえた長老は、ジンクとメルを交互に見つめたあと、
「中に入りなさい」
と、いつもと変わらない様子で答えた。
長老様の家に入ることはほとんどない。
壁に飾られた見たこともない風景や、あちこちに刻まれた紋章を、興味深そうに眺めながら、メルはジンクに付いていった。
やがて長老は、一番奥の部屋の扉を静かに開けた。
「ジンク、メル。そなたたちに起こったことを聞かせておくれ」
長老は眉ひとつ動かすことなく、ジンクとメルの話を聞いていた。
メルがオオカミと出会ったこと。メルがそのオオカミと会話できること。ハヤブサを使う男に襲われたこと……。
そんな出来事のすべてを、長老は平然と受け止めていた。
ジンクが「絆の民」という聞き慣れない言葉について尋ねようとしたときだった。
「メル!」
部屋の入り口のほうを振り返ると、そこには、メルの育ての母であるマリーが立っていた。
マリーはうっすらと涙を浮かべながら、メルに走り寄って、思いきり抱きしめた。
「無事で良かった……」
マリーはメルの頭を何度もなでながら、そして、思い出したようにジンクを見て言った。
「ジンク、本当にありがとう」
ジンクは照れくさそうに指先で頬をかいた。
「母さん、なんでここに?」
頭をなでられるのが恥ずかしくて、顔を離しながらメルは尋ねた。
「二人が村に戻ったときに、わしに連絡してくれた者がおってな。それで、急いでマリーを呼んだのじゃよ。まぁ、あれだけ森がざわめいていたら、一人で守神さまへ向かったそなたに何かあったのでは、と気付くがのぉ」
長老は、マリーに隣へ座るよう手招きした。
先程までと違って、マリーは厳しい表情に変わっている。
あれは、家で説教するときの顔だ。
大事な話が始まる。
メルは、そう思った。
「絆の民、男はそう言ったのじゃな?」
長老は、低い声でジンクに確認した。
「あぁ、確かにメルに向かってそう言った。長老、絆の民ってのは、一体……」
意外にも、話し始めたのは長老ではなくマリーのほうだった。
その目から、メルは今までに見たことのないマリーの覚悟を感じ取った。
「メル、あなたは私の大事な息子よ。でも、あなたに話しておいたように、私は本当の母親じゃない。あなたは……絆の民なの」
よく分からない、という顔をしているメルに向かってマリーは続ける。
「ここから西へ向かった先に、コルリスという大きな街があるの。そこで私は、あなたのお父さんとお母さんに出会った。まだ一歳だったあなたを連れ去ろうとする人たちがいたの……二人は、小さなあなたを逃がすために、たまたま居合わせたなんの関係もない私に、大切な息子を預けた……」
メルもジンクも、ただ黙って聞いていた。
マリーは嘘をつくような人ではない。
それを知っているからこそ、今まで知らなかった過去は重かった。
「二人と話す時間は、ほとんどなかった。あなたを連れ去ろうとする人たちに、私のことを知られてはいけないから。二人の名前も知らないの……私にまで危険が及ばないようにと、必死だったわ。『私たち絆の民の、大事な息子をどうかお願いします』と言って、二人は消えていったの」
メルを優しく見つめながら、長老が話を続ける。
「絆の民が具体的にどんな者たちなのかは、マリーもわしも分からんままじゃ。マリーの身の安全も考えてくれた二人のことを思うと、下手に調べないほうが平和に過ごせる、そう判断して暮らしてきたからの。しかし、今日の出来事から思うに……動物と心を通わせられる力があるのやもしれんな。そなたは昔から、なぜか動物に好かれとった」
「確かに……メルが羊の番をすると、あいつら素直に言うこと聞いてたなぁ。いつだったか、原っぱで一緒に昼寝してたら、メルにだけ小鳥がたくさん集まってきたこともあったな」
ジンクが納得顔でうなずく。
「いつか、この日が来ると思っていたわ。よく聞いて、メル。あなたは、私の大切な息子よ。でも、あなたには真実を知る権利がある。そのために……西へ向かいなさい」
「母さん……」