本多 狼2020/08/29 20:41
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 メルたち三人は、長老の家をあとにした。

 それぞれがいろいろな思いを抱えながら、無言で歩いていた。

 

 長老の家からの坂道を下りた辺りで、メルは思い出す。

「そうだ、アウラのことを長老様にお願いしなくちゃ。母さんとジンクは先に帰ってて」

 そう言ってメルは、また長老の家へ向かって走り出した。

 

 長老は、アウラが村に入ることを許してくれた。

 ただ、オオカミだと分かると村人が騒ぎ出すかもしれない。

 幸いなことに、この辺りで白いオオカミに出会った者はいない。

 だから、オオカミではなく犬だと思わせればよい、ということになった。

 

     *

 

「アウラ、待たせたね」

 先ほど別れた大きな木の下で、アウラは休んでいた。

 軽く伸びをして立ち上がったアウラを、メルは優しくなでた。

 しかし……。

 

「アタシは犬じゃない!」

 

 長老から言われた村に入る際の条件は、「オオカミではなく犬として過ごす」。

 だが、アウラにはそれがどうしても許せなかったようだった。

 今にも噛みつかんばかりにメルに詰め寄る。

 

「だから~、村にいるときだけでいいんだよ。ただ、僕が聞かれたときに、犬だよって説明するだけなんだ」

 メルは必死になだめる。

「そうしないと、君と一緒にいられないんだ。頼むよ、アウラ……」

 メルは、申し訳なさそうにアウラに向かって頭を下げる。下げ続ける……。

 

 しばしの沈黙のあと、アウラが答えた。

「分かったわ、仕方がない……アタシがそばにいないと、メルを守れないから――」

 メルは勢いよく頭を上げて、

「ありがとう、アウラ」

とにっこり笑った。

 

 家に帰る途中で何人かに声を掛けられたが、特に問題はなかった。

 ただ、村人とのやりとりの中で、メルが「犬」という言葉を発するたびに、アウラがメルのアキレス腱を甘噛みするのであった……。

 

 家に入ろうとすると、聞き慣れた声に呼び止められた。

「メル、大丈夫だった? パパから聞いたよ、大変だったね」

 ジンクの娘、フロールだ。

 

 彼女は、きれいな栗色の髪をしている、いつも元気な女の子だ。

 メルよりも一歳年上の十六歳。

 幼なじみで、家が向かい合っていることもあり、よく遊ぶ仲だった。

 

「心配かけたね、フロール。このとおり、元気だよ」

 メルは笑って答えた。

「やっぱり私が森へ付いていけば良かったんだわ。まったくもう! 私がいないとすぐ無茶するんだから……」

「いや、だから大丈夫だって」

 

 フロールとのやりとりを眺めていたアウラが、

「メルは、まだまだお子様ね。そばにいてあげないとダメなんだから」

と、まるでフロールの言葉が分かったかのように、澄まして言う。

「なんだよ、もう――」

 

 フロールは、アウラの前にしゃがみ込み、静かに体をなでながら、

「初めまして、メルをよろしくね」

と、まるでアウラの言葉が分かったかのように言った。

「いやいや、そもそも僕がアウラを助けたんだよ!」

 

 アウラとフロールはお互いに、言葉が分からなくてもやっていける、そう感じたのだった。