第7話 - 犬じゃない!
メルたち三人は、長老の家をあとにした。
それぞれがいろいろな思いを抱えながら、無言で歩いていた。
長老の家からの坂道を下りた辺りで、メルは思い出す。
「そうだ、アウラのことを長老様にお願いしなくちゃ。母さんとジンクは先に帰ってて」
そう言ってメルは、また長老の家へ向かって走り出した。
長老は、アウラが村に入ることを許してくれた。
ただ、オオカミだと分かると村人が騒ぎ出すかもしれない。
幸いなことに、この辺りで白いオオカミに出会った者はいない。
だから、オオカミではなく犬だと思わせればよい、ということになった。
*
「アウラ、待たせたね」
先ほど別れた大きな木の下で、アウラは休んでいた。
軽く伸びをして立ち上がったアウラを、メルは優しくなでた。
しかし……。
「アタシは犬じゃない!」
長老から言われた村に入る際の条件は、「オオカミではなく犬として過ごす」。
だが、アウラにはそれがどうしても許せなかったようだった。
今にも噛みつかんばかりにメルに詰め寄る。
「だから~、村にいるときだけでいいんだよ。ただ、僕が聞かれたときに、犬だよって説明するだけなんだ」
メルは必死になだめる。
「そうしないと、君と一緒にいられないんだ。頼むよ、アウラ……」
メルは、申し訳なさそうにアウラに向かって頭を下げる。下げ続ける……。
しばしの沈黙のあと、アウラが答えた。
「分かったわ、仕方がない……アタシがそばにいないと、メルを守れないから――」
メルは勢いよく頭を上げて、
「ありがとう、アウラ」
とにっこり笑った。
家に帰る途中で何人かに声を掛けられたが、特に問題はなかった。
ただ、村人とのやりとりの中で、メルが「犬」という言葉を発するたびに、アウラがメルのアキレス腱を甘噛みするのであった……。
家に入ろうとすると、聞き慣れた声に呼び止められた。
「メル、大丈夫だった? パパから聞いたよ、大変だったね」
ジンクの娘、フロールだ。
彼女は、きれいな栗色の髪をしている、いつも元気な女の子だ。
メルよりも一歳年上の十六歳。
幼なじみで、家が向かい合っていることもあり、よく遊ぶ仲だった。
「心配かけたね、フロール。このとおり、元気だよ」
メルは笑って答えた。
「やっぱり私が森へ付いていけば良かったんだわ。まったくもう! 私がいないとすぐ無茶するんだから……」
「いや、だから大丈夫だって」
フロールとのやりとりを眺めていたアウラが、
「メルは、まだまだお子様ね。そばにいてあげないとダメなんだから」
と、まるでフロールの言葉が分かったかのように、澄まして言う。
「なんだよ、もう――」
フロールは、アウラの前にしゃがみ込み、静かに体をなでながら、
「初めまして、メルをよろしくね」
と、まるでアウラの言葉が分かったかのように言った。
「いやいや、そもそも僕がアウラを助けたんだよ!」
アウラとフロールはお互いに、言葉が分からなくてもやっていける、そう感じたのだった。