第3話 - VS.ディーネー&ファル
深々とした木々を抜けて、二人は少し開けた場所に着いた。
ここは、ポルテ村のみんなが木を切り倒して作業場にしている広場だった。
「もう少しで森を出られるよ」
メルがそう言った瞬間、恐ろしい殺気が体中に流れ込んできた。
これは、隣にいるアウラが感じているものだ!
しかし、メルには何も見えない。
どこにどんな敵がいるのか、全く想像がつかなかった。
ゆっくり横を向くと、空を見上げながらアウラが静かに言った。
「アタシが合図したら、振り向かずに木々の中へ隠れて。でないと、どちらも、死ぬわ」
嫌な汗が背中を伝っているのが分かる。
これは夢ではないと、アウラが全身で教えていた。
「メル、走って!」
その合図とともに、メルは前方へ駆け出した。
何度も薪を運んだり、荷物を届けたりしてきたことを思えば、疲れているとはいえ、このダッシュは苦ではない。
とにかく言われたとおりにまずは隠れよう。
だが、そんな単純な動きはやはり読まれていた。
「危ないっ!」
アウラの叫び声で、一瞬足の動きが止まった。
結果、それがメルの命を救った。
目の前に飛んできた槍のようなものを、右に倒れ込みながら避ける。
そのまま起き上がり、低い前傾姿勢のまま、メルは木々のカーテンへ辿り着いた。
「チッ。俺も腕が落ちたもんだ」
メルとアウラの間で、槍を地面から引き抜きながら、痩身の浅黒い男が忌々しそうにつぶやいた。
「白いオオカミ、そしてバインドした奴をやっと見つけたんだ。次は決めるぜ」
男はメルを見据えて、ゆっくり近付いてくる。
確実に獲物を仕留める、そんな鋭い目をしていた。
男の後ろのほうでは、アウラが青みがかった黒い鳥と戦っていた。
いや……一瞬で地に到達するその速さに、何者でも無力だろう。
空中からの攻撃に、アウラはなすすべもなく防戦一方だった。
「よそ見してる余裕なんかないぜっ!」
気付けば、あっという間に男との距離が縮まっていた。
まずい、逃げなくては――。
メルは左右を見渡し、武器になりそうなものを探しながら、また走り出した。
まだ走れる。
距離さえ保っていれば、まだ、いけるはずだ。
男の持っている槍にも注意を向けながら、やはりアウラのことが心配でならなかった。
「振り向かずに」と言われたが、自分だけ助かるわけにはいかない。
ここで村のみんなが伐採作業をしているのだから、道具があるはずだ。
探せ、探すんだ!
敵の急降下を間一髪でいなしつつ、アウラもメルのことが気になっていた。
しかし、瀕死の状態から立ち直ったとはいえ、この体にまた一撃を食らったらどうなるか分からない。
攻撃に転じられるほど回復してはいないことを、アウラはよく分かっていた。
「お主に恨みはないが、我が主の命令でな。悪く思うなよ」
「それはお互い様よ。アタシも、簡単に終わるつもりはない!」
アウラは、敵が再び飛行体勢を整えるその隙に、結局メルのいる方向へ走り出した。
互いの思いは、離れていても感じられる。
一緒に切り抜けるんだ!
いくつかある切り株のそばに、メルは小振りの斧を見つけた。
男もメルの考えに気付き、猛然と距離を詰めてくる。
メルが斧を拾うのが先か、男の槍が背中を貫くのが先か。
「終わりだ――死ねーっ!」
男が無駄のない動きで走りながら槍を投げる。
二度避けることは、牛や羊とのんびり暮らしてきたメルには不可能だろう。
ほとんど放物線を描かずに迫り来る死の槍を、横から必死に飛びついたアウラが、その体で弾き飛ばした。
そのままアウラは、受け身を取れずに地面に叩きつけられる。
「アウラーッ!」
斧を手に駆け寄ったメルに向かって、アウラは無事だと示すようにゆっくり立ち上がった。
しかし、その口からは血が滴っている。
男は槍を諦め、腰からダガーを引き抜いた。接近戦で確実に仕留めに来るつもりだ。
アウラと戦っていた鳥が男の左肩に降り立つ。
同時に二人を始末するようだ。
メルは震える手で斧を握り、アウラをかばうように構えた。
そのとき、ものすごい速さで風を切りながら飛んでくるものがあった。
ブーメランだ!
それは、間一髪で避けた男の頬に一筋の赤い線を残し、再び持ち主の手の中へと収まった。
「俺の仕事場で人殺したぁ、覚悟できてんだろうなぁ、アンちゃんよぉ」
「ジンク!」
ブーメランの持ち主は、左手でメルに応えつつ、並々ならぬ殺気を湛えてゆっくり向かってくる。
「ちっ、邪魔が入ったな。俺の名はディーネー。また会おう、絆の民とそのオオカミよ」
「ハヤブサのファルと申す。御免」
そう言って諦めたように得物の槍を拾い、男は森へと消えていった。