第2話 - アウラ 記憶のないオオカミ
妙にお腹の辺りがあたたかくて、メルは目を覚ました。
自分の体の前に、犬のような動物がくっついて寝ている。
「うわっ!」
驚いて飛び起きても、その動物はピクリともしない。
状況が飲み込めないまま立ち上がると、貧血のように目の前がくらくらして、メルは両膝をついた。
「まだ、寝てなさい――」
目の前の動物が、顔も見せず丸まったままの姿で告げた。
「さっきのオオカミ?」
「そうよ、メル。あなたが助けた――」
「しゃ、しゃべってる!」
おろおろしているメルを見かねて、オオカミはゆっくりと端正なその顔を向けた。
「アウラ、なんで僕の名前を知ってるんだ……」
ん……数秒間固まりながら、メルはまた口を開いた。
「って、なんで僕は君の名前を知ってるんだ? なんで会話できてるんだよ~っ」
「ふふっ、なんでばっかり……でも、そうよね。よろしく、メ・ル」
「とりあえず、助けてくれたお礼は言うわ」
そう言って、アウラは立ち上がって頭を下げた。
「よく分からないけど、メルとアタシは……つながっている、みたいね」
「つながっている?」
「教えてもないのに、名前知ってたじゃない。話もできるし。それに、瀕死のアタシがここまで回復して、あなたはなぜか弱っている。そうじゃない?」
「……確かに、僕は君を助けようと思って……」
嘘のようにアウラの血が消えていることに気付いて、メルはつぶやいた。
「血が……傷がふさがったのか……」
信じられないという表情のメルを見て、アウラが続けた。
「アタシにも分からない。何かに襲われて……でも記憶が……ないの」
二人はしばらく黙ったままだった。
どこかで、聞き覚えのある小鳥が静かに鳴いていた。
「ここにいても仕方がない。とりあえず、僕の村に戻ろう」
メルはアウラの不安を感じ取っていた。
胸の内というか、頭の中というか、なんとなくお互いの思いを共有している感覚があった。
「……そうね。また襲われたら、十分に回復していないアタシたちは不利になる。行きましょう」
二人はゆっくりと歩き出した。
アウラが慎重に匂いを嗅ぎながら進む。
きっと、自分を襲ってきた何者かを警戒しているのだろう。
「おかしい。匂いがないわ……」
アウラがこれ以上不安にならないように、メルは明るく振る舞おうとする。
「大丈夫、僕に付いてきてよ。ポルテ村まではそう遠くないから」
引き続き警戒を続けながら、アウラはメルの横に並んだ。
「そういえば……お願いとか、バインドっていう声を聞いたような……」
アウラは反応しなかった。
春らしさを取り戻した風が生み出す葉擦れの音に紛れ、メルの独り言は消えていった。
*
太陽が、少しずつ木々に隠れるようになっていた。
アウラには大丈夫と言ったが、この森の中で夜を迎えるのはどうしても避けたい。
川の水を飲み、休憩を挟みながら、二人はただただ歩き続けた。
歩くスピードが徐々に落ちている。
回復していない体力が、さらに削られているのを感じる。
それはきっと、瀕死の状態だったアウラも一緒なのだが――。
「日が沈む前には、森を抜けられるはずなんだけど……」
そうつぶやいて、メルははっとした。
アウラの心細い気持ちが、はっきりと自分の体に伝わってきたからだ。
僕たちは、理由は分からないけれど、つながっている……。
何も覚えていない、独りぼっちだったアウラを、心配させちゃいけないんだ。