オオカミか幼なじみか選べない……。

第2話 - アウラ 記憶のないオオカミ

本多 狼2020/08/29 20:41
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 妙にお腹の辺りがあたたかくて、メルは目を覚ました。

 自分の体の前に、犬のような動物がくっついて寝ている。

「うわっ!」

 驚いて飛び起きても、その動物はピクリともしない。

 状況が飲み込めないまま立ち上がると、貧血のように目の前がくらくらして、メルは両膝をついた。

 

「まだ、寝てなさい――」

 目の前の動物が、顔も見せず丸まったままの姿で告げた。

「さっきのオオカミ?」

「そうよ、メル。あなたが助けた――」

「しゃ、しゃべってる!」

 

 おろおろしているメルを見かねて、オオカミはゆっくりと端正なその顔を向けた。

「アウラ、なんで僕の名前を知ってるんだ……」

 ん……数秒間固まりながら、メルはまた口を開いた。

「って、なんで僕は君の名前を知ってるんだ? なんで会話できてるんだよ~っ」

「ふふっ、なんでばっかり……でも、そうよね。よろしく、メ・ル」

 

「とりあえず、助けてくれたお礼は言うわ」

 そう言って、アウラは立ち上がって頭を下げた。

「よく分からないけど、メルとアタシは……つながっている、みたいね」

「つながっている?」

「教えてもないのに、名前知ってたじゃない。話もできるし。それに、瀕死のアタシがここまで回復して、あなたはなぜか弱っている。そうじゃない?」

「……確かに、僕は君を助けようと思って……」

 

 嘘のようにアウラの血が消えていることに気付いて、メルはつぶやいた。

「血が……傷がふさがったのか……」

 信じられないという表情のメルを見て、アウラが続けた。

「アタシにも分からない。何かに襲われて……でも記憶が……ないの」

 二人はしばらく黙ったままだった。

 どこかで、聞き覚えのある小鳥が静かに鳴いていた。

 

「ここにいても仕方がない。とりあえず、僕の村に戻ろう」

 メルはアウラの不安を感じ取っていた。

 胸の内というか、頭の中というか、なんとなくお互いの思いを共有している感覚があった。

「……そうね。また襲われたら、十分に回復していないアタシたちは不利になる。行きましょう」

 二人はゆっくりと歩き出した。

 

 アウラが慎重に匂いを嗅ぎながら進む。

 きっと、自分を襲ってきた何者かを警戒しているのだろう。

 

「おかしい。匂いがないわ……」 

 

 アウラがこれ以上不安にならないように、メルは明るく振る舞おうとする。

「大丈夫、僕に付いてきてよ。ポルテ村まではそう遠くないから」

 引き続き警戒を続けながら、アウラはメルの横に並んだ。

「そういえば……お願いとか、バインドっていう声を聞いたような……」

 

 アウラは反応しなかった。

 春らしさを取り戻した風が生み出す葉擦れの音に紛れ、メルの独り言は消えていった。

 

     *

                                  

 太陽が、少しずつ木々に隠れるようになっていた。

 アウラには大丈夫と言ったが、この森の中で夜を迎えるのはどうしても避けたい。

 川の水を飲み、休憩を挟みながら、二人はただただ歩き続けた。

 歩くスピードが徐々に落ちている。

 回復していない体力が、さらに削られているのを感じる。

 それはきっと、瀕死の状態だったアウラも一緒なのだが――。

 

「日が沈む前には、森を抜けられるはずなんだけど……」

 そうつぶやいて、メルははっとした。

 アウラの心細い気持ちが、はっきりと自分の体に伝わってきたからだ。

 

 僕たちは、理由は分からないけれど、つながっている……。

 何も覚えていない、独りぼっちだったアウラを、心配させちゃいけないんだ。