殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼

第15話 - 第十三話 「熊さんと遊ぼう(中編)」

里奈使徒2020/08/22 12:53
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「でっかい熊さん♪ でっかい熊さん♪」

 カミラは、小躍りをしている。

 白カブトの情報がよほどカミラの琴線に響いたのだろう。

「カミラ、落ち着け」

「わくわく♪ わくわく♪」

 聞いちゃいねぇ。

 これほどのテンション、始めて殺しの禁断症状を我慢した日以来かも。

 まずいぞ。

 俺が口を酸っぱくして言い続けた事が、カミラの頭からすっぽり抜けている。

 これは封鎖を突破して、独りで白カブトを捜しにいかねんぞ。役人がカミラを止めようものなら、即座に殺すだろう。

「緊急事態だ!」

 思わず叫ぶ。

「だからそういってんだろうが!」

 おっさんが怒鳴る。俺まで怒られてしまった。

 まぁいい。

 まずは、カミラを落ち着かせる。

「カミラ、カミラ!」

 スキップしているカミラの肩を数回叩く。テンション高めのカミラの意識を戻すため、少し強めに叩いた。バシィ、バシィと衝撃音が響く。

「お兄ちゃん、痛い」

 カミラが少し非難めいた声を出す。痛かったようで肩をさすっている。

「あぁ、ごめんよ。だが、落ち着いたようだな」

「まったくお兄ちゃんは乱暴だな」

 どの口が言うと言いたいが、ここはぐっと我慢する。カミラの暴走を防ぐのが大事だ。

「あぁ、カミラ、白カブトだが――」

「うんうん、お兄ちゃん、早く、早く行こう!」

「カミラ、だめだぞ。おとなしく待ってような」

「えーやだ! でっかい熊さん見に行きたい!」

 これはいつもの我儘の比ではない。是が非でも行くという強烈な意志を感じる。説得は、骨が折れそうだ。

 う~ん、どうするか?

 もともと熊退治は俺独りで行くつもりだった。カミラが寝入ったスキにこっそり山中へ侵入して、残らず殲滅する予定だったのだが……。

 ふむ、今回はターゲットは人ではない。害獣である。よく考えれば、たとえカミラが暴れたとしても被害は害獣のみだ。

 多少、自然は壊れるかもしれないが、許容範囲だろう。それならカミラを連れて行っても問題ないかな。

「わかった。じゃあ、連れてってやるから俺のいう事をちゃんと聞くんだぞ」

「は~い♪」

 カミラが元気よく手を挙げて返事をした。

 さてさてじゃあちょっくら行って、片付けてくるとしよう。

 俺とカミラは休憩所を出ようとするが、

「君達、どこに行く気だ?」

 周囲の人々の何人かが俺らの行き手を遮ってきた。彼らの表情は固い。

 ふむ、しまった。

 あれだけカミラが大声で騒いだのだ。俺達が熊を見に行くという会話は丸聞こえだったのだろう。

「あなた、まさか妹の癇癪に負けて山に入る気じゃないでしょうね? 死ぬわよ」

「そうだぞ。少しぐらい大丈夫だろうとか思ったら大間違いだ」

「うむ、判断を誤ってはいかん。だいたい君達、親はどうしたんだ? もしかしていないのか? それなら私が保護してやってもいいぞ」

 彼らは、てこでも行かせない気らしい。必死に俺らを止めてくる。

 白カブトの脅威に震えているだけの人もいれば、こうやって他人の心配をしてくれる人もいる。

 彼らは善人だ。

 おそらく兄妹二人きりで旅をしている俺達に対し、気にかけてたんだろうね。

 これはこっそり潜入は難しくなった。

 彼らに当身を食らわせるのは、忍びない。かといって振り切って進めば、心配をかけるだけである。中には俺らを追いかけてくるほどのお人よしもいるかもしれない。

 ……殺人許可証(マーダーライセンス)を見せるか。

 俺達がマキシマム家の人間だと伝えれば、心配させずに済む。マキシマム家の名は、伊達ではない。俺達のような子供でも強者だと認識してくれるだろう。

 う~ん、でもなぁ~。

 ここでライセンスを使うと、あっというまに噂が広まる。ただでさえ銀髪美少女とイケメンハンサムな美少年の二人組みだ。行く先々で俺達の正体がばれてしまうだろう。

 ただでさえ、二人組みの凄腕賞金稼ぎの噂が立っているのだ。俺達の水戸黄門活動のせいでね。正体がばれないように慎重に慎重に後処理をしてたのに、これだ。

 人の口に戸がたたないとは言ったものだ。

 うん、ここで殺人許可証(マーダーライセンス)を使えば、情報は確実に拡散される。

 そうなれば、殺しの依頼をされたり、何よりマキシマム家に懸けられている莫大な賞金目当てに暗殺者が殺到するだろう。俺が目指している平穏な生活が遠のいてしまうのは明白である。

 それならば……。

「ご心配ありがとうございます。ですが、大丈夫です。こんな若輩者が、言うのもなんですが、熊退治は俺達兄妹に任せてもらえませんか」

「何を言うんだ! 君達死にたいのか!」

「そうだ。勇気と無謀をはき違えたらいかん!」

 彼らは血相を変えて反対する。

「実は俺達、マタギの一族なんです。熊を殺すことに関しては右に出る者はいません」

 そう、マキシマム家である事さえばれなければいい。俺達は強者、マタギの一族とする。

「……本当か? じゃあなぜ銃を持っていないんだい?」

「疑問は最もです。銃はこれから行く街に修理のため預けてあるんです。その銃を受け取るため、俺達は旅をしていたんですよ」

 俺の嘘八百な言葉を住人の皆さんは、半信半疑、いや、八割以上疑っている。まぁ、そうだろうな。俺の見た目は、線の細い貴公子タイプだからね。とても逞しいマタギの一族には見えないだろう。

「皆さんも、言葉だけでは信用できないでしょう。論より証拠。誰か銃を貸してもらえませんか? 腕前を証明してみせます」

 すると、一人の男が進み出て、背負ってた銃を渡してきた。

「オラもマタギだ。怪我で討伐隊の選抜から漏れてしまったが、腕をみる自信はある。おめぇがそこまで言うのなら、それで証明して見せろ」

「お安い御用です」

 銃を受け取ると、手慣れた動作で銃の玉込め確認等を行う。

「ほぉ~素人ではないようだな」

「えぇ、マタギの一族だから当然です」

 マキシマム家では、一通りの武器の扱いについて習う。銃もしかりだ。

「ん、じゃあ、あれさ撃ってみろ」

 マタギのお爺さんは、三百メートル先にある木を指す。

 俺は狙いを木の枝に絞り、

「ふっ、その綺麗な枝を吹っ飛ばしてやるぜ」とばりに引き金を引いた。

 ダダァアアンと轟音が鳴り響き、弾が枝に命中する。小枝は、どさりと地面に落ちた。

 さらに俺は連射して、次々と小枝を打ち抜いていく。

「お、おぉおお、凄い腕だ。ほ、本当だった」

「あんな子供なのに、信じられない」

 周囲からどよめきが起きた。

「こ、こりゃたまげた。うん、ロックさんに負けず劣らずの腕じゃ」

 マタギの爺さんが目を見開いてうなる。

「それじゃあ、この子に任せてみても、いいんじゃないかな。もういつ襲われるか、不安で不安でしかたがないんだ」

「う、うん、これほどの腕ならもしかして、いけるかも」

「待ちなさいよ。いくら腕がたってもまだ子供よ。しかも一人でなんて無理に決まってる」

「そうだ。ロックさん達でも全滅したんだ。俺達の身勝手な願望で、若い命を危険にさらすわけにはいかない」

 周囲の人々からあーだこーだと賛否両論の意見が挙げられた。

「あ~ご心配して頂かなくても大丈夫ですよ。俺は伝説のマタギの一族ですから。特に、生きた伝説と呼ばれている祖父直々に指導してもらいましたから」

「で、でもね。万が一ってこともあるのよ」

「そうよ。白カブトには銃が効かないみたいじゃない。いくら射撃に自信があっても無理よ」

 ご婦人の方々が特に心配をしてくれる。ありがたいことだ。

「問題ありません。銃が効かないのは、その分厚い肉に阻まれるからです。俺なら弱点である眉間を狙います。それに何より無理は絶対にしません。基本は様子を見てくるだけですから」

 そう言うと、しぶしぶながらも納得してくれた。

 銃の腕前を見せたこと、何より藁にも縋りたい気持ちもあるのだろう。皆、俺に期待を寄せている。封鎖を担当している役人も然り。応援のめどもなく、少しでも熊の情報が知りたいのだろう、簡単な手続きですんなり通してくれた。

 俺とカミラは、そのまま山道に――

「ち、ちょっとちょっと妹さんがついて来てるわよ。危ない」

「そうだ。君、お兄ちゃんが戻るまで大人しく待ってなさい」

 うん、そうだね。俺は許可されてもカミラは止められるだろうね。外見だけなら、カミラはまだ小学生なんだもの。仕方がない。

 カミラは、止めてくる人達にあからさまに不満の眼を向けている。

 まさかKILLしないよな?

 お兄ちゃんとのお約束第一条「許可なく人を殺(た)べてはいけない」を忘れたとは言わせないぞ。

「お兄ちゃん」

 カミラがこちらを見てくる。どうやら第一条を忘れてはいないようだが、熊と会わせる約束も忘れていないようだ。

 カミラが無言で訴えてくる。

 止めてくる人達をなんとかしろってことだな。

 わかってるよ。お兄ちゃんは約束を守る。

「あ~実はですね、うちの妹もなかなかの腕なんですよ。伝説と呼ばれたうちの一家でも天才と呼ばれているんです」

「本当かい!」

「信じられん。こんなに小さいのに……」

 周囲の大半が俺の言葉を疑っている。

「本当なんです。また論より証拠ですね」

 さっきと同じように銃を受け取り、カミラに渡す。

「カミラ、ちょっとその銃で腕前を見せてやってくれ。そういしないと彼らが納得しないんだ」

 俺が説明すると、不思議そうに銃を見つめるカミラ。ペタペタと銃を触り、銃口を覗いたりしている。俺と違い手慣れている感がない。なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。

「ど、どうした? 銃ぐらい扱えるだろ? 親父達に一通り習ったよな」

 小声でカミラに耳打ちする。

「お兄ちゃん、これどうやって使うの?」

 ま、まじか!

 一体全体、カミラの教育って何をしてきたんだ? いや、まぁ暗殺教育なんて別にしないならしないほうがいいんだけどさ。

 うっ。せっかく話しをあわせてきたのに。周囲がざわざわと騒ぎ始めてしまった。