殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼

第14話 - 第十二話 「熊さんと遊ぼう(前編)」

里奈使徒2020/08/22 05:33
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聖人に会いにクォーラル市へ。

 俺とカミラは列車とバスを乗り次ぎ、スウェーデン国境付近のエルフスボリまで来ている。ここまでくれば、クォーラル市は目と鼻の先である。

 な、長かった。

 いや、そこまで日数をかけたわけではないが、精神的に疲れる旅だったからね。何せ途中でカミラが殺しの禁断症状を訴えるから、水戸黄門宜しく、各地の悪党を狩りながら旅をしたのだ。手間がかかってしょうがなかったよ。

 と、とにかくエルフスボリまで来たのだ。

 目的の都市まであと少し……。

 だというのに俺達は、地中海から内陸へ五十キロほど入った、ここ、エルフスボリの山間地点で足止めをくらっている。

 というのもここ数日、獰猛なクリズリーが山道に出没し、旅人の安全を脅かしているからだ。安全が確保するまでは全面通行止めで、封鎖は解かれないそうだ。

 クォーラル市へ通じる道はここしかない。

 実に困る。

 もちろん抜け出すのは容易だよ。マキシマム家にとって、この程度の封鎖、脅威でもなんでもない。腕ずくだろうが、こっそり潜入しようが、どちらでもうまくいく。

 でもね、今、俺はカミラに社会の常識というものを教えている。社会の常識では、法は順守すべきものだ。緊急事態でもない限りは、法は絶対に犯したくない。だから他の行商人達と同じように大人しく通行が許可されるのを待っているのだ。

 幸い関所前には、休憩できる施設が立てられている。皆、そこで事態を見守っていた。俺も、カミラと一緒にその施設で待機させてもらっている。

 皆、ピリピリしてるねぇ。

 緊張しているのが否が応でもわかってしまう。まぁ、熊の脅威に素人では対応しようがないだろうし、しかたがないか。

 休憩所では、熊についての噂でもちきりだ。

 やれ人を食い殺しているとか、一頭でなく群れで襲ってきているとか、名うての狩猟ハンター達が幾人もやられているとか。

 本来、熊は刺激しなければ、大人しい動物である。だが、冬籠りに失敗した熊は、要注意が必要だ。通称「穴もたず」という奴だね。この状態になった熊は、非常に凶暴になる。

 今回出没した熊もその「穴もたず」の線が濃厚だ。実際、俺達がここに到着するまでに、討伐隊が六度組織され、六度とも壊滅の憂いにあっているそうだ。

 現在は、七度目の正直で、ロックというベテランの狩猟者が率いるチームが討伐に赴いている。このロックさん、昔、人食い虎を退治した功績で、国から勲章をもらっているそうだ。近隣住人からも信頼が篤い。最後の砦だ。

 そして……。

「や、やられたぁああ! ロックの旦那もやられたぞぉお!」

 見張りをしていた青年が叫ぶ。

 それから担架で運ばれてくるロックさん達。

 ロックさん、血まみれで息も絶え絶えだ。全身傷だらけ、特に胸の傷が酷い。かろうじて生きているといったところか。ロックさんの部下達は、即死だね。呼吸は完全に止まっている。死因はショック死かな。顔面が熊の豪腕で深々と抉られている。相当な圧力だっただろう。

「あぁ、なんてことだ。ロックさんもやられたのか」

「あの腕利きのロックさんが信じられねぇ」

「ロックさんの傷を見たかよ。ひでぇもんだ」

「これでここら辺りの有名な狩猟ハンターは全滅だ」

「あぁ、もう軍隊に出動してもらうのがいいんじゃないか」

「それより、この辺も安全とは限らないだろ。逃げるべきじゃないか?」

「そ、そうだな。熊が下山して襲ってくるかも……」

 周囲がざわざわと騒ぎ始めた。

 荷を抱えた商人は、何日も足止めをされて顔面蒼白だ。商談でもあるのか、役人に詰め寄っていた。また、ここまで避難してきたのか、親子連れもいる。母親がぐずる子供を必死になだめていた。他にも口喧嘩する人達や、絶望でうなだれている人達もいる。

 近隣住民、足止めをくらっている旅行者、商人、通行を制限している役人達、共通していることは一つ。

 全員が恐怖に怯えきっているという事だ。

 妹以外は……。

「熊さん♪ 熊さん♪」

 カミラがスキップしながら踊っている。人食い熊が現れたと知って、一人浮かれているのだ。お前は、どこぞの戦闘民族か。

「そこ、さっきからうるさいぞ!」

 中年のおっさんが怒鳴ってきた。余裕がなく、ピリピリしているのが伝わってくる。

「すみません」

 素直に頭を下げて謝った。

 何人も犠牲者が出ている事件なのに、カミラの行動は不謹慎すぎる。

「ったく、下手したら皆お陀仏かもしれんってときに子供は暢気なものだぜ。緊急事態だってわかっちゃいねぇ」

 中年のおっさんがそう言って管をまく。どうやら誰でもいいからイライラをぶつけたいみたいだね。それからも、執拗にカミラの態度を注意された。

 俺はひたすら平謝り。

 とうのカミラはというと……。

「ねぇ、お兄ちゃん、僕ここにいるの飽きちゃった。早く出発しよう」

 この始末である。

 朝からの騒ぎをまるで理解していないらしい。通行止めだって説明したよね。

「カミラ、まだ通行止めだ。しばらく待たなきゃだめだぞ」

「えぇえ! 早く熊さんのところに行きたい」

 空気を読まないカミラの発言に場が凍る。

 カミラ、さっきからその熊さんに皆がピリピリしているんだぞ。もうちょっと周囲に配慮をな――。

 カミラを見る。まるでわかっていない顔だ。

 ふぅ~。

 白い目で見る住人達にいたたまれず、カミラを連れて外へと飛び出した。

 風がひんやりと吹いている。

 ま、まぁ、いいや。

 カミラにとって、空気を読んだ発言をするのはまだまだ難しすぎるだろうからね。それにしても、カミラが人殺し以外でここまでテンションを上げるとは意外だった。

「カミラは、熊が好きなのか?」

「うん、大好きだよ!」

 カミラは、即答する。

 そうなんだ。不謹慎だが、人殺しが好きというよりはマシである。

「早く熊さんに会いたい。僕だけ熊さんと遊んじゃだめだっていつも留守番だったでしょ」

 そうなのだ。うちの一家は、時折南極に熊狩りに行く。

 肉食獣最強と名高い南極熊をイチゴ狩感覚で狩っていくのだ。気分はキャンプ感覚である。

 装備は軽装。武器なんていらない。虎だろうが熊だろうが、素手でいわせるほどの変態一家だからね。マジな話、ツキノワ熊程度なら拳一つで仕留めるぞ。

 俺もよく親父に連れられて熊殺しをやったな~。

 意外に簡単だった。熊って鈍重だし、そこまでパワーもない。

「そうだったな。カミラは、いつも留守番だったもんな」

「うん、退屈だった」

「じゃあ、カミラは熊を仕留めた事ないのか」

「ううん、あるよ」

「えっ!? うちの庭に熊なんていたっけ?」

 マキシマム家の庭は広い。

 断崖絶壁の崖に、急流すぎる滝、世界保健機構にBランク危険種設定された動植物百種類以上……。

 人口的に設定されたトラップだけでなく、自然界のトラップもある。

 多様な動物もその一つ。ほとんどが獰猛な肉食獣だ。だが、熊はいなかった気がする。せいぜい大型の狼程度だった。

「あのね、内緒だけどね。パパが熊さんプレゼントしてくれたの」

「親父が?」

「うん、始めは反対したよ。カミラには危ないから狼にしときなさいって。でも、お願いお願いってずっと言ってたら、パパがね、誕生日に熊さんをこっそり持ってきてくれたの」

「そ、そうか」

 親父はカミラに甘いからな。

 娘のおねだりには、逆らえなかったようだ。

「私、熊さん大好き。他の動物はすぐに壊れちゃうから、つまんないもん」

「そ、そうか」

「うん、いつもママに隠れて遊んでたんだよ」

 もう、熊の縫いぐるみ感覚だ。

「まぁ、母さんに見つかったら処分されちゃうからな。それでその熊を仕留めた事があったのか」

「うん、もっともっと遊びたかったのに残念だった。一緒に、抱いて寝てたらね、いつのまにか死んじゃってた」

 なるほど。ヘッドロックで絞め殺したわけだね。

 これだからチート一家は困る。

 さてさて、腕利きだというロックさんも討伐に失敗したようだし、そろそろ俺が出張るか。

 熊退治は俺がやる。

 違法に侵入する事になるけど、しかたがない。俺も先に進みたいし、何より色々な人達に迷惑がかかっているみたいだからね。

 これは緊急事態と言えるから、法を犯してもよいだろう。

 人の味を覚えた熊なんて害獣でしかない。さっさと殺すにかぎる。

 そうだ。侵入する前にロックさん達の傷跡を確認しよう。爪の大きさや形から、群れの数や種類を特定できるかも。

 俺は、ロックさんがいる救護室に向かう。

 ロックさんは全身を包帯でぐるぐるに巻かれていた。

「あ、あぁ。く、くそ、あのば、化物」

「ロック、無理してしゃべるんじゃない。傷口が開くぞ」

「だ、だめだ。はぁ、はぁ、は、早く」

 ロックさんは大怪我にもかかわらず、身体を起こし必死に何かを伝えようとしていた。包帯が血で滲んできている。医者のお爺さんが懸念した通り、傷口が開いたのかもしれない。

「なんだ、何を伝えたいんだ?」

 医者のお爺さんがロックさんの必死な様子にただ事ではない事を察したのだろう。ロックさんの言葉を聞き洩らさないようにと、その耳元に顔を寄せる。常人なら、小声すぎてそのお爺さんしか聞こえないだろうけど、俺の聴力なら問題ない。

 ロックさんはぼそぼそと言うと、そのまま力尽きて倒れてしまった。

 ロックさんの言葉……。

 し・ろ・か・ぶ・と。

 何かの比喩かな?

 医者のお爺さんは、ロックさんの言葉の意味を知っているようだ。口をパクパクさせて驚いている。

 そして、あわてて医務室を飛び出して行った。

「た、大変じゃぁああ! 大変じゃぞおお!」

「どうした、爺さん?」

「ロックの遺言だ。今回のあれは、し、白カブトだ。軍隊を呼ばんと無理じゃ」

「ひ、ひぇええ! し、白カブトだって!」

「な、なんてことだ。二十年前の悪夢が再び俺達の前に……」

「で、伝説の羆が蘇っちまった。俺達は、もう終わりだぁ」

 近隣の住民の皆さんがヒステリックに叫ぶ。誰もが、恐怖を一層深くしているようだ。

 ふぅん、伝説のヒグマねぇ~。

 俺と同じような旅行者や商人の人達は、白カブトを知らない。その伝説のヒグマについて近隣住民の人達に話を聞いている。

 白カブト……。

 話を統合すると、二十年前に頭の天辺に白い毛が混ざった大熊が人を襲ったそうだ。獰猛にして残忍。多くの人々が犠牲になったという。その時も、腕利きの狩猟ハンターが討伐に向かったのだが、そのあまりの巨体と肉厚に普通の銃では歯が立たず、全滅したそうだ。結局、中央から軍隊を呼んで大量の重火器を使ってなんとか追っ払う事に成功したみたいなのだが……。

 聞く限りでは、南極熊よりは手ごわそうだ。

「でっかい熊さんっ!!」

 カミラが、目を輝かせて声高に叫ぶ。テンションはハイマックスのようだ。今にも山を駆けあがり、走り回りそうな勢いである。

 だから空気を読もうねって。