殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼

第12話 - 第十話 「カミラと食事をしよう!」

里奈使徒2020/08/19 10:13
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……昨日はひどかった。

 暗黒街のボスを殺し、その取り巻き達も殺し、帰りにはチンピラ達を半殺しにした。一歩間違えば、チンピラ達もあの世へ旅立っていたね。

 昨日だけで、どれだけの命が露と消えたか。

 ふぅ~。

 深く重い溜息をつく。

 知らなかった。知らなかったよ。

 カミラに殺人の禁断症状が現れるとは思いもしなかった。

 これって何? カミラには、数日おきに殺人させなければならないってこと?

 一般人を襲うなんて論外だし、旅を続けるには、常に悪人のリストアップをしとけってことだよね?

 ふざけんな! どれだけ旅のハードル高いんだ。賞金稼ぎやめれねぇえじゃねぇかよ!

 はぁ、はぁ、はぁ、それにだ。

 カミラと俺とで、手加減の意味がこれほど隔絶しているとは思わなかった。

 あいつ手加減って意味わかっている?

 手加減で人を殺そうとしてんじゃねぇえよおお!

 俺が飛び蹴りして止めなければ、チンピラ達確実に死んでたから。

 首をねじ切られそうになって、チンピラ達すごい恐怖を感じたのだろう。最後には、すげぇ感謝をされたな。涙をだらだら流しながら、悪事は二度としないと必死に誓ってくれた。

 うん、改めて考えるとひどい。

 この調子で旅を続ければ、いつか悲劇が起きるだろう。それだけは避けなければならない。

 カミラの禁断症状、手加減の件も然り。俺は何も知らなかった。これも日頃のコミュニケーション不足が原因である。

 よし、今日は、妹と腹を割って話す。

 カミラと面と向かって食事をして歓談するのだ。

 これまでマキシマム家では、誰それを殺したとか、心臓の抜き方はどうだとか、完全にイッた奴らの会話しかしていない。

 俺は妹と健全な会話をしたいのだ。今こそ、本当の家族のスキンシップを図る。

 という次第で俺は、カミラと一緒にとあるレストランの前に来ていた。食事を楽しみながら、会話にいそしもうと思っている。

「カミラ、昨日は蹴ってごめんな」

 まずは、暴力を振るった事を詫びる。ああしなければ、チンピラの命が確実に消えていたのは確かだ。緊急事態ではあったが、暴力は暴力だからな。変なシコリを残してしまえば、この後のスキンシップに支障が出てしまう。

「なんで謝るの? 僕、お兄ちゃんに蹴られて凄く楽しかったよ」

 カミラは心底不思議そうに答える。

 うん、ご近所さんが聞いたらとんでもない誤解をされそうだ。

「カミラ、やめなさい」

「やっぱりお兄ちゃんは違うな。パパもママも全然本気で遊んでくれなかったんだもん。あんなに激しく蹴られて僕、凄くドキドキしたよ」

「よ、よし、この話は終わりだ。さぁ、入るぞ」

 通行人が少なくて助かった。

 警察を呼ばれる前に、俺達はレストランに入る。

「いらっしゃいませ」

 お店のボーイが声をかけてきた。

 店内は、そこそこ賑わっている。客層も品があり、少し格式が高くみえた。ドレスコードとかありそうな雰囲気である。

「あ~食事がしたいんだけど、この服で大丈夫かな?」

「問題ありませんよ」

 ボーイはにっこりと笑みを浮かべ返事をすると、席まで案内してくれた。景色が綺麗な窓際の席である。

 カミラが小さいから、気を利かしてくれたのかな。

 俺とカミラはテーブルに座ると、適当に料理を注文した。

「そういえば、朝からろくに飯を食べてなかったよな」

「うん」

「いっぱい食べていいからな。お腹ペコペコだろ」

「ふふ、お兄ちゃんまだ一日だよ。全然我慢できるよ。あと三日だって大丈夫」

 カミラは得意げに言う。

 うん、そうだな。

 俺達一家は、七日絶食したとしても平気で動き回れる。たった一日絶食したからと言って何ほどの事もない。

 ただね……空腹を我慢できるのなら、殺人衝動も我慢して欲しかった。そっちは全然耐性ないんだな。

 それからしばらくとりとめのない会話をしていると、料理が運ばれてきた。

 小牛のフィレステーキ。

 出来立てで肉から湯気が出ている。スパイスの香ばしさが鼻腔をくすぐった。

 美味しそう。

 ナイフとフォークを手に取る。ナイフで肉を切り分け、フォークで一刺し、口に運ぶ。

 うん、旨い。

 肉汁が溢れて舌を刺激する。香辛料と肉が絶妙にマッチしていて、食が進むぞ。

 さらに二口、三口とフォークで刺して食べる。

 カミラは、サーモンのアルミ焼きを注文した。アルミを取り、ナイフとフォークを使って、綺麗に食べ始めた。

 誤解しないで欲しい。

 カミラは、首チョンバーして喜ぶようなシリアルキラーな子だ。だが、基本的なテーブルマナーは、抑えてある。殺しを生業とする異常な一家ではあるが、こういう教育もちゃんとしてあるのだ。

 一応、うちは、爵位も持っている貴族だしね。

 料理は、さらに運ばれてくる。

 海老、蟹、帆立などなど……。

 カミラは、行儀よく食事を続けていた。

 うんうん、百点満点とはいかないが、十分に貴族令嬢として通じる。

 強いて指摘するとしたら、出てくる料理に目移りするらしく、フォークを迷わせているところぐらいかな。好奇心旺盛なカミラらしい。少しマナー違反だが、子供のうちはそれで十分。変に飾るよりずっとよい。

 実に微笑ましいではないか!

 周囲のお客さんも俺と同じ気持ちらしい。カミラの食事風景を見て、暖かな目で見守っている。

 これだよ、これ。

 これこそ俺が求めていたものだ。

 このお店全体を覆う心地よい空間!

 よし、下地は十分だ。このまま会話をヒートアップさせていこう。

「カミラ、お魚好きか?」

「うん♪」

 カミラは、香ばしい匂いを漂わせるサーモンを頬張りながらにこやかに答える。

「そうか。そうか。カミラがいい子にしてたら、これからもどんどん美味しいお店に連れて行ってやるからな」

「わぁい!」

 カミラが笑顔で喜んでいる。

 おっ、カミラが食の楽しさに気づいてくれたか!

 そうだよ。本来、これが正解なのだ。殺しを楽しむなんて論外も論外、大論外だ。歳相応な少女らしく美味しいものを食べて喜んで欲しい。

「カミラがそんなに喜んでくれるとはな。うんうん、兄ちゃんも家から連れてきたかいがあったよ」

「うん、僕もお外に出てよかった。楽しい!」

 おし! いい感じだ。このままキチガイ一家の事は忘れて欲しい。世の中には、殺しより楽しい事がいっぱいある。それをわからせるチャンスだ。

 このいい流れに乗る。

「それじゃあ、次はどこに食べに行こうか? カミラの好きなところでいいぞ」

 カミラがグルメにはまるなら、とことん付き合ってやる。

 趣味はグルメ。

 いいじゃないか!

 世界中の名店を食べ歩いても構わない。暗殺家業を忘れてくれるなら、経費で「億」かかろうと安いものさ。

 カミラは、俺の話を聞いて楽しそうに考えている。

「うんとね、え~とね~」

「あせならくてもいいぞ。ゆっくり考えなさい」

「どこでもいいの?」

「あぁ、兄ちゃんに任せとけ!」

「じゃあ、軍隊!」

 ん!? こ、こやつ今、何を?

「カミラ、そこは食事処じゃないぞ。わかってるよな?」

 嫌な予感バリバリだが、あえて抵抗したい。

「うん、わかってるよ。ご飯はもういいや。もっと軍隊(おいしい)もの殺(た)べたい!」

 くっ、やはりか……。

 昨日判明したが、カミラの「たべる」は、食するじゃなくKILLするって意味合いが強い。

 カミラは可愛いからグルメレポーターにでもなれば、応援してやれたのに。

 まぁ、そうだよな。そんな簡単にカミラの快楽殺人(シリアルキラー)が治れば苦労しないか。

 カミラは、楽しそうに「軍隊! 軍隊!」と連呼する。

「カ、カミラ、わかった。わかったから、そんなに騒ぐんじゃない」

「じゃあ軍隊連れてってくれるの!」

 冗談じゃない。死ぬ気か?

 祖父ちゃんの伝説、八万人の軍隊に突撃した話に感化されたのだろう。

 無謀すぎる。

 あれは世界最強と唄われた祖父ちゃんだからできた話だ。俺達兄妹が同じ事をしても、せいぜい五万人ぐらいが関の山である。作戦によっては八万人もいけるかもしれないが、それでも大きなリスクがつきまとうだろう……って何を真面目に検討している!

 これは論外、検討に値しない話だ。

「……カミラ、軍隊はまた今度見学に行こう」

「えぇ~!」

「後で連れて行ってやる」

「後っていつ?」

「いずれな、いずれ」

 そう言って、無理やり話を終らせる。

 ふ~。

 椅子の背もたれにどっとよりかかり、大きく溜息をつく。

 そんなに簡単に人は変われないもんな。

 わかってたよ。

 カミラが三度の飯より殺しが大好きだって。

 胸の内に、暗雲が漂ってくる。

 思わずテーブルをトントンと指で叩いてしまう。

 ……おっけい。まだ大丈夫。

 カミラは、親から強制的に殺しをやらされてただけ。何よりうちに進入してきた暗殺者を返り討ちにしただけである。無辜の民を殺したわけじゃない。

 まだまだカミラは救える。

 よし、切り口を変えよう。

 まずは敵を知り、己を知れば百戦危うからずだ。

 カミラの情報収集が先決である。

「カミラは、今までどんな感じだった?」

「どんなって?」

「だから、今までの生活だよ。兄ちゃんは、カミラがどんな風に暮らしていたか知りたい」

 パンを千切って口にほおり込み、笑みを浮かべて世間話をする。

 趣味、特技、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな科目、嫌いな科目……。

 カウンセリングをするにあたり、最低限の情報を入手するのだ。

「え~とね、毎日殺(た)べてた」

 そうだな。毎日、賞金稼ぎが来てたもんな。

 それは知っている。

「そうか。大変だったな」

「ううん、全然大変じゃないよ。つまんなかった。みんな、死んでるんだもん」

 悲しい事だが、殺し屋として育てられた俺には、カミラの話が理解できる。

 死んでいるとは、つまり目が死んでいるという意味だ。まぁ、侵入者の大半は、家のスケールに圧倒され、度肝を抜かれる。

 ましてカミラと戦わせる挑戦者は、万が一を考慮して親父か母さんが選抜する。事前にぼっきりと心の牙を折られてただろうね。

「それで他には?」

「あとは鍛錬」

「そっか。最近はどんな鍛錬をしていたんだ?」

「三階から飛び降りてた。すごく退屈だったよ」

「そ、そうか」

「お兄ちゃんは、断崖の絶壁から飛び降りてたんでしょ。いいな~」

 そう、俺はカミラの歳になる頃には、高度三百メートル以上もある崖からダイブをしていた。百獣の王ライオンですら我が子を抱いて逃げ出すような高度の崖だ。それも毎日だぞ!

 我ながらよくやってたよ。完全に幼児虐待だ。

「カミラ、お前は羨ましがっているようだが、崖から飛び降りたっていい事なんて何もなかったぞ」

「そんな事ない。僕もやってみたいのに。パパもママも危ないからってさせてくれないんだよ」

「それは親父達が正解だ」

「ちぇ、お兄ちゃんもそう言うんだ。パパもママも代わりに三階から飛び降りてなさいって、全然つまんないよ」

「そ、そうか」

「電撃も浴びせてくれなかったんだよ。お兄ちゃんは六歳の頃から雷に打たれてたんでしょ」

 そう、俺は絶壁から飛び降りる事の他に、雷に打たれていた。雷雲が現れたら、避雷針を持って外へ行かされるのだ。

 この辺の地域の雷雲は、真っ黒でかなり雷を溜めていた。体感的に一億ボルトぐらいあったんじゃないかな?

 ……我ながらよく死ななかったよ。完全に幼児虐待だ。いや、そんな言葉じゃ軽すぎだ。幼児虐殺だね。

「あ~カミラ、あれもそんないいもんじゃないぞ」

「そんな事ない。僕もやってみたいのに。パパもママも危ないからってさせてくれたないんだよ。雷の代わりに滝に打たれてなさいって、全然つまんないよ」

 カミラは口をとがらせて不満を言う。

 うん、まぁ雷ほどじゃないが、うちの庭にある滝だってなかなかのものだぞ。ナイアガラの滝並にすごい水圧がかかるからな。

「カミラ、滝だって捨てたもんじゃないぞ」

「それだけじゃないよ! フグを食べたときも僕だけ仲間外しされたんだよ」

 そうだった。うちではフグを内臓まで食べる。要するにテトロドトキシンに対する耐性をつけるのだ。

「カミラ、そんなに美味しいものじゃないぞ」

「僕も食べたいよ。それなのにパパもママもだめだって。お腹を壊さないように青酸カリにしときなさいって。甘やかしすぎだよ。僕のポンポン丈夫だよ。差別だ、差別!」

 カミラはヒートアップして声高に叫ぶ!

 うん、やめろ。もういい。お腹いっぱいだ。

 こんな公共の場所でマキシマム家の闇を話すんじゃない。

 ほら、周囲のお客さんも見てみろ。

 崖から飛び降りるとか、電撃を浴びるとか、荒唐無稽で信じちゃいないだろうけど、危ない話をする変な兄妹だとドン引きしている。

 あれだけ暖かかった空気も、こんなにさめざめだ。

 これだよ、これがマキシマム家の闇だよ。ただ話をするだけでも、周囲に悪意しか撒かない。

 飛び出してきて正解だな。

 何代にもわたって、殺し屋家業をしてきたつけだ。子々孫々まで不幸だよ。

 カミラの話を聞いて改めて思った。

 これは酷い。酷すぎだろ。

 仮に俺がマキシマム家の党首になったら、絶対に殺しを廃業してやる。まっさきに家族全員の殺人許可証(マーダーライセンス)を破棄させてやるもんね。

 まぁ、継いだりはしないけどさ。

 とにかく、妹の意識改革だ。上は両親から始まり下は末端の使用人にいたるまで、息を吸うように暗殺をしてきた。こんな環境で育ったのだ。妹の会話が偏るのも当然である。

 なんとしても妹の洗脳を解かなければならない。

 そのためには、どうすればいいだろうか?

 会話はもちろんする。だけど、やっぱりセラピストとかいたらベストだろうね。カウンセリングのプロに診てもらうのも手かもしれない。

 もちろんセラピストが殺(た)べられないように、俺が隣で監視してなければいけないけどね。

 そうやって考え事に没頭していると、周囲からヒソヒソと話が聞こえた。まだ俺達の噂をしているね。

 まぁ、あれだけ変な話をしていたらな。

 変に目立ってしまった。

 こういう時、耳がいいのも考えものだ。聞きたくない事まで聞こえてくる。ちなみにどんな噂をしているかというと「家出」「非行」「虐待」の三つだね。

 おぉ、きしくも当たっているじゃないか。そう俺達は親の虐待から逃げてきているのだ。

 ……警察に通報されたら面倒だな。

 客の会話を盗み聞きしながら、様子を探る。善意の誰かが通報に走れば、すぐにレストランを出なければならない。

 そうして会話を盗み聞きしていると、ある貴婦人のグループから「聖人」というキーワードが聞こえてきた。

 現代の生きた聖人。

 難民を救う英雄。

 子供達の救世主。

 ん!? これって、この聖人に話を聞いてもらったら効果があるんじゃないか?

 おぉ、おぉ!!

 思いつきに身が震える。

 こうしちゃいられない。

 俺は思わず席を立ち、聖人の話をしていた客の前まで移動した。

「な、なに?」

 貴婦人達は、驚いている。

 まぁ、噂をしていた当人がいきなり現れたらね。

 マナー違反かもしれないが、なりふり構っていられない。

「突然すみません。ぜひ、その話を詳しく聞かせてくれませんか!」

 俺は、貴婦人に頭を下げて頼んだのだった。