殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼

第8話 - 第六話 「カミラの性質」

里奈使徒2020/08/15 06:06
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マキシマム家を出て、ヴァンニック市に入る。

 改めてこの世界を説明しよう。

 ここはシーロッパ大陸の東に位置している。どこかで聞いた響きの通り。大陸の大きさ、気候等、環境は前世のヨーロッパとほぼ同じである。

 文明レベルで言えば、前世基準でだいたい西暦千九百年の前半位だ。だから、スマホもなければ、インターネットもない。電話とラジオはあるけど、テレビはない。

 飛行機は民間レベルではないけれど、世界有数の大富豪、あるいは国が所有している。だから普通の旅行者は、列車で移動するのが基本だ。

 そして、大きな違い。殺し屋が実在している。前世でもいたかもしれないが、大っぴらに市民が認知しているのだ。

 どういった歴史を辿れば、そうなるのか知んないけどね。

 そんな時代背景の中、俺達はヴァンニック市からオレゴン市の郊外へと移動している。

 できるだけ実家から離れたい。ヴァンニック市は、マキシマム家の影響が大きいからね。

 速攻、交通機関を使った。列車でまずは市外へ移動する。

「うわぁい! お外だ。お外!」

 カミラは、生まれて初めて乗る列車に興奮している。靴を脱ぎ座席の上に座ると、列車の窓から外を眺めていた。小さい子が初めて列車に乗ったら、よくやる奴だね。

「カミラ、これが列車だ。速いだろ?」

「うん♪ まるでパパの背中に乗っているみたい」

 カミラがはしゃぎながら答える。

 他の乗客達も、カミラの微笑ましいセリフに慈愛に満ちた表情を向けてきた。そこらかしこで「可愛らしいお嬢さんね」と賛美の声が聞こえてくる。

 これだよ、これ。この風景を見たかったのだ。

 殺人、マーダー、キル、KILL……。

 ここには、そんな殺伐としたものが存在しない。

 無邪気なカミラの姿に、周囲が暖かな目を向けてくる。

 ふふ、まるでパパの背中に乗っているみたいかぁ~。

 実際、親父は、列車並みの速度で走れるけどね。カミラの言葉通りなのだが、まぁそれは置いておく。

 今は、この空間を大事にしたい。

 そういや俺の家族って列車並に走れるんだった。瞬間最高速度で言えば、列車よりも速い。

 ……近くだと安心できない。

 改めて、遠くに行こうと決意する。

 それから列車は、最終駅に到着した。

 俺達は列車を降り、国境を越えるため山間部に入る。

 ここまでくれば少しは安心するな。

 ほっと一息、カミラの様子を見る。

 それまで、いろいろな物を見て、感激していたカミラの表情が暗い。

 はしゃぎすぎて疲れたか?

 いや、よそ様の子供じゃないんだ。あの程度で疲れていては、マキシマム家で一日たりとも生きていけない。

 カミラは無口になり、何かに耐えているようだ。

「カミラ、どうした? 元気がないな」

「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだい?」

「お腹すいた」

 そうか。お腹が空いて元気がなかったんだな。

 う~ん、本当にそうなのか?

 釈然としない。

 俺達一家は、七日七晩絶食しても平気で動き回れる。水さえあれば、一か月だって可能だ。そんなマキシマム家の人間らしからぬセリフである。

 だが、カミラは初めて外へ出たんだ。緊張と疲れで必要以上にカロリーを消費したのかもしれない。

 無理やり自分を納得させる。

 そして、鞄に入れていたオニギリをカミラに渡す。白い米にパリッと海苔が巻いてある。少し冷えているが、簡易食としては十分に美味だ。

「……いらない」

「遠慮するな。お腹空いているんだろ?」

「そっちじゃない」

「そっちじゃない?」

「うん」

「……食べ物じゃくて?」

「うん、こっちだよ」

 カミラがクィーっと首をちょん切るジェスチャーをする。

 あ~そっちね。

 今度は納得した。悲しいことに納得してしまった。

 殺(た)べたいってことか。

 家を出てから早三日。

 あれからカミラは、一度も殺しをしていない。禁断症状が出てきたようだ。

 カミラは、あからさまに殺気を振りまいている。

 まずいなぁ。

 

 この調子だと、通行人を襲いかねない。

 国外に出る前に、カミラの殺気を抑える事から始めるか。

「カミラ、聞け」

「なに? お腹すいた。あれ殺(た)べていい?」

 カミラは荷物を背負った中年の男を指差す。

 中年の男は、ふーふー汗をかきながら坂道を登っていた。

 行商の途中なのかな?

 お仕事、ご苦労様です。

 こんな一般人を殺すなんてもってのほかだ。

「だめだ」

「お腹すいた! すいた!」

 カミラはバンバンと俺を叩いてくる。その遠慮のない拳は、確実に急所を当ててきた。しかも、大木に当てれば、それが幹ごとへし折れるぐらいの力でである。

 さすがマキシマム家の娘と言ったところか。相手が俺でなければ、肉を抉られ、骨を断たれ、最後にはミンチができ上がってただろう。

「ち、ちょっと待て、待て。落ち着け。兄ちゃんの心臓を抉り出そうとするんじゃない」

「う~う~」

 カミラは不満たらたらだ。

 目は血走り、野獣の如く獲物を求めている。先程まで、外の世界を見て目を輝かせていた可愛げな童女の姿じゃない。

「カミラ、聞け。お外では簡単に殺しをしちゃだめなんだ」

「やだ、やだ! お腹空いた!」

 カミラがさらに興奮して俺を叩く。抹殺しかねん勢いだ。さすがの俺の肌もカミラに叩かれすぎて、少し赤くなってきたぞ。

「カミラ! あまり我儘言うんじゃない」

「う、うぁああん! お腹空いた。殺(た)べたい。殺(た)べたい。殺(た)べられないなら、お家に帰る!」

 カミラが泣き叫ぶ。火がついた赤子のようだ。

 しかたがない。実家に帰られては本末転倒である。

「わかった。わかったから泣くのをやめろ。殺(た)べていいから」

「うっ、うっ。ほ、本当?」

 カミラが涙を指で拭きながら、こちらを見ている。

 苦渋の決断だ。

 ここでカミラの機嫌を損ねたら、実家に帰られてしまう。それでは、カミラ普通の子計画が頓挫してしまいかねん。

「あぁ、本当だ。だが、ちょっとだけ待ってろ。すぐに殺(た)べていい場所に連れていくから」

「早く、早く!」

 カミラが薬の切れた麻薬患者(ジャンキー)の如く、せっぱつまった声を出す。

 そうだった。俺が甘かった。

 カミラは、殺しの魅力にどっぷりと浸かっている。いきなり殺しをやめろと言われてもやめられるわけがない。麻薬中毒者がいきなり麻薬をやめられるかと言えば、Noと言えるだろう。

 薬を絶つには、徐々に減らしていくしかない。

 カミラは毎日、殺しをやっていた。その依存性は、言わずもがなである。

 早急に治療しなければならないのは、確かではある。だが、一気にやっても反発を招くだけだ。だから、殺しの回数を段階的に減らしていく。最終的には「キャー、血が出てる。喧嘩怖い、お兄様助けて!」とか言うぐらい大人しくなってくれればね。

 俺は期待に満ちた目でカミラを見つめる。

「お兄ちゃん、早く、早く。血、贓物、シュパーンしたい」

 そう言って、カミラは悶えながら身体を震わせている。

 う、うん、目標は高く持たないと。