殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼

第9話 - 第七話 「暗黒街に潜入せよ(前編)」

里奈使徒2020/08/16 03:59
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さてさて、ここら辺で殺してもいいような、ゲロ以下の存在がいなかったか。

 記憶の引き出しを探る。

 悲しいことに俺の頭には、指名手配された世界中の賞金首の情報がインプットされている。それは顔写真だったり住所だったりターゲットの得意な戦術だったり様々だ。俺が前世の記憶を取り戻す前は、鍛錬をしているか、殺しをしているか、賞金首の情報を覚えているか、そのどれかしかしていない。青春真っ只中の十七歳のする事じゃない。

 実にアホだった。

 俺、前世と違ってイケメンなんだぞ。両親譲りの整った顔立ちをしている。ファンタジー小説に出てくる主人公ばりの甘いマスク、すらっとした背丈、身体は引き締まってて、いわゆる細マッチョだ。街角でナンパすれば、どんな美女でも九割以上の確率で成功する自信がある。

 ひと夏の恋、一夜のアバンチュール、憧れのマドンナとのデート、幼馴染の美少女とのキャッキャ、ウフフな展開。俺のルックスならどれも十分に可能だ。

 それなのに今までの俺。

 女?

 くだらん。それより鍛錬だ。死合だ。賞金首のリストを見せろ。

 ……こんな感じだったよ。

 くそ、どれだけフラグを叩き折った事か!

 あぁ! 今、考えれば仕事で色んな可愛い子と出会ってたのに。悪党の賞金首に苦しめられる少女達。そんな彼女達を賞金首を狩ることで救ってきた。大半は怖がられたけど、中には感動して俺にアプローチしてきた子もいたんだよ。それも凄い美少女にだぞ。

 俺はそんな美少女の誘いをにべもなく断っていた。実につれない、相当つれない態度を取っていたのだ。

 あぁ、実にもったない。

 本当、今までの俺は大バカだよ。

 世の男子高校生が好きな子の写真を眺めていた時に、俺は賞金首のおっさんの顔写真を眺めていた。

 世の男子高校生が好きな子の趣味や特技を調べていた時に、俺は賞金首のおっさん達の殺しの手口を調べていた。

 はは、凄いだろ。そういう次第で、俺はそんないかつい強面のおっさん達数百人以上の情報が頭の中に入っているんだぜ。

 か、悲しすぎる。

 激しい後悔に襲われたが、その経験が今回は役に立つ。それだけが救いだ。

 記憶の引き出しを開いた結果……。

 ここから一番近い場所にいる賞金首は、ボムズだな。

 麻薬王ボムズ。

 ボムズ率いるヤゴル会は、非合法な犯罪組織だ。カライム通り一帯に勢力を広げ、殺人、麻薬、売春と幅広く手がけている。たしか西家の資金源の一つになってたかな。

 まぁ、やりすぎてその西家から切り離されてたみたいだけど……。

 というのもボムズ暗殺を西家を通じて、うちが依頼されていたからだ。しかも、任務を言い渡されたのは俺。前世の記憶が戻ってなければ、今頃ボムズ邸へ暗殺に向かってただろう。

 俺が家を出たから、ボムズ暗殺の後任が他の誰かに決まっただろうね。そいつには悪いが、獲物は譲れない。カミラの様子を見る限り、一刻の猶予もないからね。通行人を無差別にKILLする前に殺る。

 ボムズよ。カミラの禁断症状を抑えるための犠牲になってもらおう。

 そうして俺達兄妹は、殺してもいい奴らがたむろする場所、ボムズのねぐらがある暗黒街へと足を踏み入れた。

 街は、ピンクのネオンが広がっている。

 飲み屋やバーが軒並み連なっていたり、他にもラブホや連れ込み宿が散見された。しかも、すごい色気ムンムンのお姉さんがお店の前に立ち、行きゆく男達を挑発し……これはなんていうかエロいね。

 なんとも如何わしい場所である。

 俺達、場違いそのもの。普通であれば、妹と一緒に歩いていい場所ではない。チンピラやゴロツキがわんさかいるし、絡まれる前に移動するか。

 ボムズの邸宅の場所は把握している。うちの優秀な執事達がターゲットの情報を念入りに調査してくれてたからね。

 俺達は、気配を消しながら目的地へと走る。

 ボムズの邸宅はすぐに見つかった。

 周辺とは一線を画す。ひときわ豪奢な建物だ。さすがこの地区を牛耳るドンなだけあるね。

 ボムズ邸宅の要所では、多くのボディガードが目を光らせていた。正門に五人、裏口に十人。向かい側の建物にも見張りが二十人以上いる。

 見えているだけでこれか。中はその数倍ってところかな。

 うん、調査どおりだ。我が執事達の優秀さに目を見張る。

 さて潜入するか。

 なかなかにガードを固めているようだけど、俺達マキシマム家の者にとっては、イージーモードである。

 俺達は忍者の如く、塀を飛び越え屋内に入った。屋内には予想通り大勢のボディガードがいる。

 う~ん、どう攻めようか。

 全員けちらしてもいいけど、殺生はできるだけ避けたい。

 よし、ひっそりと潜行するのがベターかな。

「カミラ、まだ突入するなよ」

 声をかけるが、返事がない。

「カミラ?」

 さらに声をかける。

 ん!? そういえば、カミラずっと静かだな。あれだけ殺(た)べたい、殺(た)べたいと騒いでいたのに。

 カミラを見る。

 カミラは苦しそうだ。はぁ、はぁ、と息を乱しながら、俺の内臓を抉ろうとしてくる。ドス、ドスゥと衝撃が伝わってきた。返事もできないほどだし、よほど血に飢えているようだね。

 でも、そろそろ兄ちゃん辛いぞ。さすがに血が滲んできたからな。

 早くボムズを探して処置をしよう。

 俺の身がもたん。

 忍び足で各部屋を探す。

 あちこちにボディガード達が控えていた。

 中にはいると思ったが、予想以上に多い。襲撃に備えすぎだ。

 臆病なのか、慎重なのか、両方だろうな。

 まぁ、ボディガードが多いのは悪い事ばかりではない。その警備スタイルから、守るべき対象の居場所を推測する事ができる。

 簡単に言えば、ボディガードが最も厳重にガードしている場所、そこがボムズの居場所だ。

 ボディガードの巡回をかいくぐり、進む。

 途中、どうしても衝突が避けられない地点では、ボディガードに当身を食らわせて気絶させた。

 

 そして……。

 いた。

 くちゃくちゃと骨付き肉を咀嚼しながら、傍らにいる少女の肩を抱いている。少女は眉を寄せ、嫌悪感に必死に耐えているようだ。

 ボムズの罪状の一つが、無理やり少女を拉致して自分の慰み者にしている事だ。実際にその光景を見せつけられると反吐が出るね。

 さらに傍らには鎖に繋がれ、ぼろぼろにやつれた奴隷。その奴隷を監督するためなのか、ムチを手にしたボムズの部下もいる。

 奴隷の背中は鞭で叩かれ傷だらけであった。

 うん、情報通りの屑だね。

 ギルディ。

 ここからは、コソコソ隠れる必要はない。

 俺とカミラは、ボムズの前に堂々と現れた。

「なんだ、貴様は?」

 ボムズの野太い声が響く。

 さて殺すか……いや、待てよ。

 ここで殺っておしまいって言うのは簡単だ。カミラは、ボムズを躊躇なく殺すだろう。

 ただ、それだとカミラは、衝動のままに殺したことになる。殺すのはしょうがないとしても、殺したのは悪人だからという認識をさせたい。

 コホン、一つ咳払いする。

 そして、一歩前に進み出ると、

「ボムズ、貴様の悪行もそこまでだ!」

 びっとボムズを指差して高らかに宣言したのである。

「くっく、ガキが世迷言を! ここをどこだと思ってやがる。おい、見張りは何をしてやがったぁああ!」

 ボムズが怒鳴り声を上げた。その声質は、暗黒街のボスらしく高圧的で殺気に満ち溢れている。

 数分後、慌ててボディガード達が駆けつけてきた。ボスの苛立ちを察してか、ボディガード達の顔色は悪い。

 数は五十人程か。

 ふむ、ひっそりと潜入した意味が無くなったね。

 即殺して、即撤退。

 殺し屋の基本だけど、俺は口上していたから真逆の行動だ。殺し屋としては、失格である。

 だが、それでいい。俺は立派な殺し屋になりたいわけではない。妹を更正させたいだけなのだ。だから、殺す意義は、丁寧に説明する必要がある。

「ボムズ、人身売買に違法な殺人、あまつさえ無実な少女を拉致監禁するなど言語道断。良心が痛まないのか?」

 まずはボムズの悪行を指摘する。

 これから殺すにあたって、ターゲットはこれだけ悪い事をしたんだよってカミラに教えてあげるのだ。

「小僧、何を青臭い事を言ってやがる。お前、俺が誰でここがどこだかわかって言ってるのか?」

「もちろんだ。それよりボムズよ、お前にも親はいるはずだ。田舎の母さんが悲しむぞ」

 悪い事をしたら家族が悲しむ。行いは自分だけに留まらない。大切な人にまで影響するのだ。これをカミラにもわかって欲しい。

「……このバカをノコノコ俺の寝室まで入れたのは誰だ? このガキともども処刑してやる」

 ボムズが獰猛な声で吠える。額には青筋が立っていた。

 うん、わかってるよ。

 ボムズには、良心にも両親にも訴えても無駄だってこと。これほどの屑が改心するわけがない。

 ただね、この手順は必要なのだ。

 悪人は殺す。それはいい。だが、話し合いをした上でやむをえなく殺す。殺しは最終手段だってことをカミラに教えてあげるのだ。

 手間だと思うよ。すぐに殺したほうが楽さ。でもね、これは人間として生きる上で大切な事なんだからね。人間と獣の違いはそこにあるのだから。

 うんうんと満足げに頷く。

 ボムズは、ぴくぴくと瞼まで痙攣し始めた。そろそろボムズの堪忍袋の緒が限界のようだね。

 バトルモードに移行する。

 わかっちゃいたけど、ものくそ短気だな。すぐに殺そうとするなんて人の命をなんだと思ってやがる。こいつは人間より獣に近いよ。

 暗殺に潜入した自分が言うのもなんだが、ボムズは屑だ。はっきりしたね。

「カミラ、そういう事だ。こういう屑だけを殺すんだ。わかったか?」

「お、お兄ちゃん、ま、まだかな。僕、も、もう我慢ができな……い」

 カミラが顔を上げ、苦しそうに訴える。

 うん、全然聞いてねー。

 今までの話は欠片も聞いてないようだ。

 ずっとうつむいてたのは、衝動を必死に耐えてたわけだ。真摯に聞き入ってたわけじゃなかったのね。

 ……悲しいが、これもうすうすわかってた。

 だけどね、どんなに勉強をしない子でも、親は勉強しなさいって叱るでしょ。言葉は、無意味だとわかってても言い続けなきゃいけないんだよ。

 カミラは、もうだめ、限界、早く殺(た)べたいと繰り返す。

  はてさてこれって、ボムズとカミラどちらが獣なんだろうか。

 う、う~ん、き、厳しいなぁ。

「ほぉ~~そっちのガキ! ガキはガキでも上玉のガキじゃないか。貴様、さっさと顔を見せておけ。あやうく二人ともぶっ殺すところだったぞ!」

 ボムズがニタニタといやらしい笑みを浮かべた。

 あ、ボムズのほうが獣だね。