殺し屋リーベルの哀愁 俺の妹は殺人鬼

第7話 - 第五話 「ヴィゼクの慧眼」

里奈使徒2020/08/14 02:38
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マキシマム家先代、ヴィゼク・タス・マキシマムは思う。

 孫リーベルの初めて出した生の感情……。

 熟練した職人が感情を乱さず作品を作り上げるように、

 たんたんと暗殺を実行し、何事にも冷静だったあのリーベルが!

 それが、妹の事であれほど心を荒ぶらるせるとはのぉ。

 変われば変わるものじゃ。

 いや、もともとカミラを甘やかす両親に忸怩たる思いを持っておったのかもしれん。それがとうとう表面化したんじゃな。

 我ら一家は、殺しを生業とする。理想ばかりではまわらない。時には、小を捨て大を拾う、冷徹な判断を下すこともあろう。だが、根本では家族が一致団結し、互いを支えあう心が大切じゃ。

 どんな仕事でもそう、独りでは限界がある。

 リーベルは腕はピカイチじゃが、その辺の機微に疎い。

 家族に対して無関心で己の技術向上のみに執着しておる、そんな少々冷たい印象を持っておった。

 それがどうじゃ。なんとも熱い心を持っておるではないか!

 見抜けなかった。

 

 このヴィゼクの目をもってしても見抜けなかったぞ。

 くっく、リーベルの言、なかなかに的を得ておった。

 ワシらは、病弱なカミラをいつのまにか籠の鳥として扱っておった。

 これではいかん。このままでは、孫可愛さでカミラの成長を殺してしまう。

 

 我が息子ガストも、本当はわかっておるはずじゃ。冷静に考えれば、リーベルの言に納得する。優秀な頭脳を持つ我が倅が、モノの道理を理解できないはずがない。

 まぁ、娘可愛さで、眼が曇ってなければよいが……。

 ふむ、少しガスト達と話してみるか。

 執事に命じ、ガストとルナさんを呼ぶ。

 数分後……。

 息子ガストとその妻ルナが、我が応接室に現れた。

 ガストは、仁王立ちで腕を組み、眼光鋭く睨みつけてくる。

 なんとも小癪な覇気を浴びせてくるわ。この眼光の前では、百戦錬磨の戦士ですら縮み上がり、裸足で逃げ出すだろう。

 まぁ、ワシには通じないがな。

「座りなさい」

 ガストの威圧をいなし、ソファーに座るように促す。

「親父、無駄だぞ」

「ほぉほぉ、開口一番それか。無駄とはなんの事じゃ?」

「とぼけるな。俺達を呼んだ理由はわかってる。親父は、リーベルの肩を持つんだろ? 相変わらず孫に甘いな。俺は、持論は曲げんぞ」

 ふん、確かに孫に甘いのは認めよう。

 だが、娘のこととなるとどっちが甘いのやら。普段のお前なら、こんな低落は見せておらん。リーベルに言われずともお前が実践していたはずじゃ。

「まぁ、そんなにケンケンするもんじゃない。座れ」

 ガストは若干不満げだが、素直にソファーに腰をかける。一方、ルナさんは、立ったまま動こうとしない。

 ニコニコと笑顔を見せておるが……目が笑っておらん。

「ルナさん、とにかく座ってくれ。これじゃあ話もできんじゃないか」

「ふふ、お義父様に話なんてありませんわ」

「ルナさん、あまり爺を困らせるもんじゃない」

「ほほほほほほほ、困らせるような事をしているのはお義父様じゃありませんか」

 これは、倅以上にやっかいじゃわい。

 母熊から子熊を奪ってはいけないという例えがある。

 なるほど。実感するわい。

 母は強し。なんというプレッシャーじゃ。齢六十近く、死線は幾度となく潜ってきた。じゃが、ここまでのプレッシャーはなかなかお目にかかれなかったぞ。

 ルナさんの刺すような覇気、いや、これはもう殺気に近い。その殺気が老体に容赦なく降り注いでくる。

 ふ~っと息を吐く。

 ルナさんがリーベルやカミラを溺愛しているのは知っていた。説得は難しい。一筋縄ではいかぬのは、わかっておったが……。

 これは、予想以上にくるのぉ。

 精神が削れる、削れる。

 はてさて怒れる母熊から子熊をどう引き離すか。まずは、話し会いのテーブルについてもらわんとのぉ。

「ルナさん、意地を張らずに座ってくれ」

「おほほほ」

 ルナさんは不気味に笑うだけで、微動だにしない。

 聞く耳持たずか。

「……ならそのままでも構わん。だが、話はさせてもらうぞ」

「ふふ、お義父様、その必要はありません」

「いや、必要じゃ。正直に言おう。我らは間違っておった」

「何が間違っているのでしょう。何も間違ってませんわ」

「聞きなさい!」

 腹に力を込め、声を発した。怒鳴り声と同時に丹田に込めた気を思いっきり放出したのである。八万の軍勢に突っ込んだ時も、これほど胆力を消費した事はない。

 これには、さすがのルナさんも平静でいられなかったようじゃ。脈を乱し、呼吸を荒くした。のらりくらりとかわしていたポーカーフェイスも崩れている。

 少し大人気なかったかのぉ。

「ルナさん、すまんかった」

「いえ、さすがはお義父様。老いてなお盛ん。改めて感服しましたわ」

 ほぉ、もう平静を取り戻しておる。

 この辺の妙技は、舌を巻く。とっさに倅が庇ったとはいえ、ワシの覇気を受け、ここまで早く立ち直る者が世にどれほどいよう。

 本当に倅は、大した嫁をもろうておるわぃ。

 それから……。

 ルナさんはワシの本気を感じ、態度を改めてくれた。

 話し会いのテーブルにはついてくれるようじゃ。

 ソファーに座り、その思いを語り始めたのである。

「お義父様は、間違ってます。カミラの戦闘技術は、お粗末です。それにすぐに油断します。とても安心して外に送り出せません。まだ私達の目の届く範囲で育てるべきです」

「ルナの言う通りだ。親父、カミラの体つきをみろ。まだまだ一人前とはとうてい言えん」

「確かにカミラは体ができておらん。幼少よりはマシになったが、まだまだ及第点に及ばんのも知っておる。技術がおぼつかないのも認めよう」

「だったら」

「じゃがな。いつまでもここでぬるま湯に浸っているわけにはいくまい。実践に勝る経験は無し。お前達も武者修行を通じて、成長したはずじゃ」

「否定はしない。外に出て、見えない景色が見えるようになる。そういう経験をいくつもした。だが、俺はある程度腕を上げてから、家を出た。カミラの腕では、あまりに心許ない」

「あなたの言うとおりです。それにお義父様、私達とは時代が違いますよ。取り巻く政治も武器も昔の比ではなく、進化し続けてます。気楽に武者修行できる環境ではありません」

「世の移り変わりは必然じゃ。だから、マキシマム家は、時代に合わせて技術を磨いておる。十分に対処できよう」

「それだけじゃありません。私達マキシマム家には賞金がかかっているんですよ。世界中の賞金稼ぎに狙われているんです」

「カミラは、面が割れておらん。大丈夫じゃ」

「殺しを続けていれば、いずればれます。世捨て人になるわけではないんですよ」

 ルナさんがここぞとばかりに攻め立てきた。

 マキシマム家をとりまく事情は複雑である。

 賞金稼ぎからの襲撃。

 犯罪者からの報復。

 武芸者からの挑戦。

 政争の具……それは枚挙に厭わない。

 ルナさんは、カミラが家を出た場合のリスクをあらゆる方面から示唆してきた。

「ルナさんの懸念はもっともじゃ。危険じゃろう。それは認める。だから、リーベルがついていくと言っておる」

「リーちゃんだけじゃ――」

「リーベルで十分じゃ。いや、リーベルだからこそ任せられる。これは、何も孫可愛さで言っているわけではないぞ。先達者としての客観的な意見じゃ。嘘ではない。家紋に誓ってもよい」

「……お義父様、本気ですか?」

「もちろんじゃ。マキシマム家の名にかけて誓おう。ワシの言葉に嘘偽りなし。破れば死をもって償う」

 マキシマムの家紋(シンボル)に誓う。それは、生半可な誓いではない。破れば、即座に死。それほどの重大な掟である。

 誓ったのは、これまで数回。

 いずれもマキシマム家、存亡の危機に直面した時じゃ。宿敵を必ず殺すと決めた、あのXデー以来じゃな。このような家族会議で誓うには大げさに思うかもしれん。だが、孫達が成長する大きな機会じゃ。

 ワシの覚悟を知ってもらいたかった。

 しばしの静寂……。

 ガストは、ワシとルナさんとの会話に途中から口を挟まず、傍観に徹していた。だが、その目がかっと見開いた。

「親父、リーベルにそこまでの期待をかけているのか?」

「もちろんじゃ。リーベルの才、わからぬお前でもなかろう?」

「むむ、それは……」

「意地をはるな。正直になれ。リーベルの底知れぬ才、我らの器では計り知れぬ。あやつに任せておけば万事問題なしじゃ」

「ふふ、そうだな。俺とした事が、娘可愛さで目が曇っていたようだ」

「結論がでたようじゃな」

「あぁ、外出を許可する」

「あなた!」

 ルナさんが慌てて身を乗り出し、口を挟む。

「ルナ、落ち着け」

「これが落ち着いてられますか! 許しませんよ。誰であろうとリーちゃんとカミラちゃんを害するものはこの私が許しません!」

 ルナさんが、スカイピアを取り出して穂先を向けてくる。

 おっ、こりゃいかん。

 ルナさん、本気じゃ。本気でワシらを殺る気じゃわい。

 家族間で血を見る事だけは避けねばならん。

 腰を浮かし、取り押さえにかかるが、

「落ち着け!」

 そう叫ぶや、ガストが飛び出す。ルナさんを抱きかかえ、キスをした。

 なんと!

 倅め、やりおるわい。

 ルナさんは、目を大きく開け、ぱくぱくと口を空けている。

「はぁ、はぁ、あ、あなた……?」

「落ち着け」

「は、はい」

 ルナさんの戦意がみるみる消えていく。

 まったく肝が冷えたわい。

 ルナさんは、普段は冷静な人じゃが、子供の事になると、とたんに激情家に変身するからのぉ。

 あやうく戦場になるところじゃった。

 その喧騒に執事達も慌てて部屋に駆け込んできたが、なんでもないと手を振って退室させた。

 ルナさんは落ちついて、ガストの腕の中にいる。

 最後の説得は、ガストに任せるか。

 こんな爺より、愛する夫からの言葉が何よりも聞くじゃろう。

 ワシは口を挟まずに二人を見守る事にした。

「ルナ、お前の心配もよくわかる。確かに不安だ。未熟なカミラでは、敵に足元をすくわれるかもしれん。だが、一人ではないんだ。リーベルがサポートする」

「で、でも……」

「ルナ、俺達の息子は、規格外の天才だ。自慢の息子を信じてやれ」

「そ、それはそうでしょうけど……では、執事達も何人かお供につけましょう」

「だめだ。執事達では、カミラの我儘に応えてしまう。必然甘くなる。それでは家にいるのとそう変わらん」

「……うぅ、うぅ、ど、どうしても、どうしてもですか?」

「ルナ、辛いのはわかる。だが、俺達は親だぞ。子供の成長を邪魔するんじゃない。賢いお前ならわかるはずだ」

「うっ、うっ、わ、わかりました。私も母です。それがリーちゃんとカミラちゃんのためになるのなら」

 ルナさんは大粒の涙を流し、嗚咽を漏らしながらも納得してくれた。

 ほぉ、ほぉ、なんとか丸く治まったわい。

「それじゃあ、明日にでもリーベル達に伝えると――むっ!?」

 突然、執事の気配が消えた。

 敵襲か!?

 静寂を保っていた館に、わずかばかりの波紋が広がる。

 いや、気配が消えたのは第二西通路廊下辺りじゃ。こんな奥深く侵入されるまで気づかぬわけがない。

 

 ワシもおれば、倅もいる。どんなてだれであろうと……おっ! おっ! またじゃ。また執事の気配が消えた。今度は二人同時である。

 そして、間をおかずに次々と執事達の気配が消えていった。

 なんと鮮やかな。

 執事達が呻き声一つ上げずに倒れていく。マキシマム家に仕える執事は、ただの熟練者ではない。一流の中の一流。そんな鬼才を持つ者達が、血反吐を吐きながら鍛錬し、腕を磨き上げた戦闘集団である。

 そんな執事達が、連絡一つ送れずに倒される。

 これほどの腕前……答えは一つじゃな。

「親父」

「わかっておる。すぐに向かうぞ」

 リーベルが強行手段に出た。間違いあるまい。

 すぐさま、リーベルの後を追う。

 部屋を出て駆け足で進み、第二西通路廊下に到着。通路で倒れている執事達を見つけた。

 死んではいない。当身で一撃。ものの見事に気絶させられていた。介抱は、他の執事達に任せて先を急ぐ。

「ふふ」

「親父、顔がニヤけているぞ」

「当然じゃ。こんな惚れ惚れする腕を見せつけられて、ニヤけずにいられようか」

 殺すより生かして気絶させるほうがはるかに難しい。それをリーベルは、マキシマム家が誇る執事達でなんなくやり遂げたのである。

 くっくっ、末恐ろしいのぉ。

 ただ、ここから先はさすがに難しいじゃろう。

 家宰のエスメラルダがいる。

 エスメラルダ相手では、殺さずに事を治めるのは至難の業じゃ。リーベルも覚悟を決めておろう。

 案の定、門近くに移動するに従って、濃密な死の気配が広がっていく。

 おぉ、リーベルの気じゃな。

 予想していたとはいえ、殺る気まんまんじゃ。殺して死体の山を築いてでもまかり通るという強烈な意思を感じた。

 まずい。早くリーベルを止めんと、執事達が全員死んでしまうわい。

 駆ける足をさらに加速させる。

 そして、正門近くまで到着。

 気配を消し、様子を窺う。

 眼前には、リーベルとエスメラルダが対峙していた。

 二人とも極限まで闘気を高めておる。うかつには飛び込めん。

 それにしてもリーベルめ、なんという覇気を見せる。

 これが齢十七の子供が放つ気か?

 わしも気合を入れて事にあたらねばの。

 リーベルがエスメラルダに集中する一瞬。周囲の警戒が疎かになるわずかの刻。そのスキに飛びかかるしかないじゃろ。

 そして……。

 リーベルが動く。

 今じゃぁああ!

 大きく目を見開き、最短ルートで駆け抜ける。神速の動きで接近、振り上げられたリーベルの右腕を掴んだ。

「そこまでじゃ」

 攻撃を制止されるとは思わなんだろう。リーベルは、少し驚いた顔をしている。

 この何事にもそつがない天才を、少しは動揺させられたか?

 爺の面目は保たれたようじゃな。

 それから事のあらましを説明し、事態を収拾した。

 孫達は、旅支度のために一旦部屋へと戻っている。

「エスメラルダ、大丈夫じゃったか? なんなら今日は休みを取るがよい」

 リーベルは本気じゃった。対峙したエスメラルダのプレッシャーは相当なものであったろう。

「大旦那様、お気遣いありがとうございます。ですが、任務に支障はございません」

 さすがは我が家が誇る執事達の頂点に立った女じゃ。疲労もピークに達しているであろうに、その気骨には頭が下がる思いである。

「無理するでない。立っているのもやっとであろう?」

「こ、これはお見苦しいところをお見せしました」

 エスメラルダは頭を下げ、がくりと膝をついた。

 隠しているようだが、ワシにはわかる。

 リーベルの本気と真っ向勝負したのじゃ。闘気も精神力も限界以上に使ったじゃろう。

「いいから休め。休むのも仕事じゃ。万全の体調を整えるのもプロの仕事じゃぞ」

「申し訳ございません。大旦那様の仰る通りです。それでは少し仮眠を取ってまいります」

「うむ、そうしろ」

「はっ」

 エスメラルダが執事室に戻るため、きびすを返す。

「あ~エスメラルダ、リーベルはどうじゃった?」

 きびきびと洗練された歩行をするエスメラルダの背に問う。

「はい、さすがはマキシマム家の跡取りでございます。正直、死は覚悟しました。これほどのプレッシャーは旦那様と戦った時、いえ、それ以上だったかもしれません」

 エスメラルダはペコリと頭を下げて、執事室へと歩いて行った。

 ふふ、リーベルめ。SS級賞金首で鳴らしたあのエスメラルダにそれを言わせるか!

 そして……。

 旅支度をした孫達が門を出発する。

 家族、執事全員が孫達を見送った。

 リーベルは照れながら、カミラは元気よく手を振り、その姿が遠のいてく。

 行ったか……。

 あの時、リーベルはすんなりと引き下がってくれた。

 もしリーベルが意地を張り、そのまま殺(や)りあっておれば……。

 ふふ、もしなど詮無き事じゃな。

 リーベルを掴んだ右手の人差し指を見る。

 赤黒く変色していた。

 折れてるのぉ。

 骨までイッったのはいつぶりじゃろうか?

 記憶に新しいのは、暴走列車と正面衝突した時……いや、あれは捻挫ですんだ。

「親父無理するな。それ折れているんだろ?」

 倅も気づいておったか。

「あぁ、ぽっきりとな。ワシも歳かのぉ。よる年波には勝てん」

「くっく、列車も跳ね返す親父が何を抜かす。まぁ、でも親父もいい加減、落ち着くべきかな。リーベルを止めるのも俺に任せるべきだった」

「む! じゃが、あれに割って入れるのはワシぐらい――まぁお前もやれるじゃろうが……」

「親父、そろそろ年を考えろってことだ」

「そうですよ。お義父様もそろそろ骨がもろくなってきているんですから。そうだ。この際、お酒を控えましょうか? 前々から思っていたんです。お義父様は深酒がすぎるって」

「お、おい、ルナさん、それは勘弁してくれ」

 辛らつじゃな。

 ルナさん、まだ怒っておるのかのぉ。

 くわばら、くわばら。当分はご機嫌を伺わなければいけんようじゃ。

 まぁ、じゃが養生はするかのぉ。孫達が、リーベルが世界最強の殺し屋となる、その日まで。

 まだまだ死ねんからのぉ。