第3話 - 変化の訪れ
雪見に対する秘めた思いを打ち明けたのは、去年の夏のこと。
「今日、ウチに来てくれないかな…?」
いつもの通学路を歩きながら発せられた突然の申し出に動揺する心を押し殺す。
「いいけど…珍しいね。どうかしたの?」
いつもは私の家に来たがるばかりで、誘いを受けることは滅多になかった。
「えへ…たまにはいいかなっておもって。いつも押しかけてばかりだし、たまにはわたしがおもてなししないと!」
だめ?、と小首をかしげてこちらを見てくる純粋な目に良心が痛みながらも断る理由がなく、その日の放課後に雪見の家へお邪魔することになった。
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「あついねええ…!!ごめんね、今クーラーつけるから!」
ぱたぱたと顔を手で仰ぎながらエアコンのスイッチを押す彼女を背に、そっと息を整える。
炎天下の日差しの下から逃げるように通学路を帰り、私は待望の雪見の部屋に居た。
やっと暑さも引いてきたところで改めて落ち着いて辺りを見回してみる。
自分とは全く違うパステルカラーのカーテンや小物。
ふわふわのクッションやカーペットに出迎えられ、楽しむ心が一気に緊張に変わった。
「子供っぽくて変でしょ?なんかはずかしいなあ…」
わたしはかなめみたいな大人っぽい部屋がいいんだけど、と頬を膨らませて見せる雪見。
自分とは何もかもタイプが違うこの女の子がどうして私と一緒にいてくれるのか、いまだに不思議でならない。
不愛想で流行りの話にも乗れない、つまらない女だと思うのだが、どんなにクラスの友達と楽しそうに盛り上がっていても必ず私のもとに戻ってきて『一緒に帰ろう』と誘うのだ。
「そういえば、どうして今日は誘ってくれたの?」
一番気になっていたことだ。
私の問いかけに雪見がふふっと笑う。
「明日から夏休みでしょ?早起きしなくていいし、学校もないし、いつもとは違う日だから。」
…ちょっと良く分からなかった。
こういう少し不思議じみた喋り方をする子なのだ、この子は。
理解に苦しむ私の顔を見てさらにおかしくなったのか、雪見はくすくす笑う。
「かなめはすぐ難しいかおするんだから。つまりね、今日は早く寝なくても明日に困らないから、ふたりで夜更かししようってこと!」
…思わず目を見開いてしまった。
「えっ…夜更かしって、どういうこと?」
あっ、大事なことを言い忘れちゃった…と、雪見が申し訳なさそうに続ける。
「今日はね、かなめにこのまま泊っていってほしくて…」
頭の中に爆弾を投下された気分だった。
なんてことを言い忘れているのだろうか、この娘は。
「あ!着替えとかはわたしのを貸すし、今日はもともとそのつもりだったから歯ブラシとかそういうのは新しいのがあるよ!」
だから大丈夫!と、弁解する雪見。
そういう問題ではないのだ。
「下着はどうするの…。」
天を仰いで思わず出た言葉がこれか。
やば…わすれてた…!と慌てる雪見。
「だ、大丈夫だよ…!コンビニで買えるし!」
だから、そういう問題ではなく。
この無邪気な幼馴染を一晩隣に置いて、私が平常心を保てないことが目に見えて分かるのが大問題なのだ。
「今日は急だし…!一旦帰って、また明日にでも…、」
「今日じゃなきゃだめ!!!」
今まで聞いたことがないような必死な雪見の声に驚いて動きが止まる。
「あ…、ごめんね、びっくりしたよね…!でもね、今日じゃないとだめなんだよ。」
あまりに切に迫った声に自身でも驚いたようだったが、その真っすぐな瞳だけは揺るがなかった。
私は小さく深呼吸をして彼女をなだめるように落ち着いて話しかける。
「雪見相手とはいっても一晩泊まるって考えたら緊張しただけ。今日が困るって訳じゃないから、泊まらせてもらっていいなら私も構わないよ。」
その言葉を聞いて雪見は安心したようにふわりと微笑んだ。