第1話 - 第十八章 機内食
「みなさーん、スイマセン、わかりました。こっちですって・・・い、急いで下さい。」
さゆり達一行は空港ロビーをあせりながら、駆け抜けていった。
「何だってゲートを・・・・・反対方向と・・・・間違えるん・・だよ・・・・。」
高田が息を切らして、さゆりに叫んでいる。
「しょうがないでしょ・・・き、急に変更になっちゃったって・・・アナウンス・・・・聞き逃しちゃったんだからぁ・・・・・。」
さゆりが目をつり上げ、やり返している。
「だいたい高田さんが・・・濡れた服を・・・・ホテルのクリーニングに出してるから・・・空港に着くのが・・・・遅れて、アナウンス・・聞けなかったんでしょ・・・・。」
出発時間を5分過ぎていた。
今日、この便をのがすとローマに着けない。
そうするとホテルの手配やらで、この人数をさばくのは大変なのだ。
さゆりは全員を見回し、必死に祈っている。
卓也はさゆりの荷物を持ってやり、もくもくと走っていた。
「そんな事言う・・・・けどなー・・・アルマー二だぞ・・・俺の給料なんか・・・い、一瞬で・・・・とんじゃうんだ。俺は・・そんなに金持ちじゃ・・・ねーんだ。」
高田も息絶え絶えになりながら、やり返している。
よせばいいのに、さゆりもムキのなって声をはりあげる。
「何つまんない事、自慢してるんですかぁ・・・・だ、だいたい・・広子さんはお金持ちなんだから・・・結婚したら買ってもらえば・・・いいでしょうっ・・・・。」
「な、何言ってるんだ・・・俺は男だぞ・・・それにこう見えても編集長なんだ・・・そんなヒモみたいな・・・真似できるか・・・。いや、待てよ・・・それも悪くないな・・・ねえー、広子たん・・・。」
高田は広子の方に振り返り、甘えた声を出した。
広子は走りながら、ずっと楽しそうに笑っている。
(かー、何が広子たんよ。あのゴンドラの時の感動はなんだったのよ、このおっさん・・・。)
一行は何とか飛行機が待っていてくれて無事、間に合った。
全員シートにつき、ようやく人心地ついたのか、ざわめきながら話している。
やがて機内食が運ばれてきた。
ローマまではそれほど時間はかからないのだが、ゴンドラから水上タクシーで、ホテルのそばまで送ってもらい・・・水上バス会社の方でサービスで出してくれたらしい・・・他のツアーの人達の確認やホテルのチェックアウトの手続きやらで、朝食以外何も口にしていなかった。
さゆりはが食べようとすると、隣で高田が気味の悪い声をたてている。
「広子たん、あーん・・・。んー、デリーシャスゥ。広子たんに食べさせてもらうと、普通のポテトサラダがなんで、こんなに、おいちいんだろう・・・・。」
さゆりが呆れて横をながめていると、広子がうれしそうにポテトサラダや肉を丁寧に切り取っては、高田の口に運んでいる。
目が合った広子が、照れくさそうに顔を赤らめた。
高田は鼻の下を伸ばしながら、とろけるような顔でさゆりに言った。
「さゆりちゃん、何見てんのよぉ・・・?あなたにもいるでしょ、となりに・・・。ねー、広子たん・・・・すごかったわよねー、人前で・・あんなに激しいキッス・・・。見たことなかったわぁ・・。結構やるわよねー、近頃の若い人ってぇ・・・。」
広子はプラスティックのスプーンを持つ手を口にあて、クスクス笑っている。
さゆりは耳の付け根まで真っ赤にして言った。
スプーンを持つ手がブルブル震えている。
「な、何の事ですか、高田さん・・・。わ、わからないわって・・・。
何で急にオカマ言葉になるのよっ。いいかげんにして下さいっ・・。」
(もー・・・このクソオヤジー。今に地中海に沈めてやるぅ・・・。)
ふと反対側を見ると、卓也がこちらを見つめている。
優しく微笑んでいる。
今までパニック状態できた為忘れていたが、こうして落ち着いてみると、確かにこの男とゴンドラで激しい口づけをしたのだった。
さゆりは、さらに赤くなって顔を伏せてしまった。
「あーらー、さゆりさん、お惚けになるわりには顔が真っ赤よ。どうしたのかしらー?」
高田はおもしろがって、尚もしつこくからんでくる。
「もうっ・・・・それぐらいにしないと、そのうち飛行機から追い出されるわよ。」
たまらず広子がたしなめた。
「ハッハッハッー・・・・。」
と笑って気が済んだのか、高田も機内食に取り組んでいった。
うつ向くさゆりのテーブルに、ビニールの蓋を開けたジュースを卓也が差し出した。
さゆりが顔を上げて卓也を見ると、ニッコリ笑っている。
「食べようよ、さゆりさん・・・・。」
さゆりは男を見つめたまま、ジュースを一口飲んだ。
「おいしい・・・。」
甘さが口中に広がって、疲れた身体にしみ込んでいく。
男の優しさが、さゆりを包み込んでくれる気がした。
いい雰囲気になってきた二人を又、ひやかそうする高田の心を見透かすように、広子は男の口にチキンを詰め込み、キッとした目で睨んでたしなめている。
4人を乗せた飛行機は、ローマ上空にさしかかろうとしていた。
青空が海から見たのとは、また違った色を見せて広がっている。
ツアー最後の夜は再びローマでむかえる。
広子は数日間の想い出を振り返りながら、幸せそうなため息を一つ、静かに吐いた。