第5話 - 第十一章 変身
卓也は、次々出されるシャツやスーツを直立不動の姿勢で、あわせている。
さゆりと広子は楽しそうに、この着せかえ遊びに熱中していた。
高田はベンチに座って、ニヤニヤしながらこの光景をながめている。
卓也のサングラスはとられ、頭も涼しげにカットされると、意外にハンサムな顔立ちを見せていた。
高田の方も卓也と共に、女達に無理矢理美容室に連れて行かれ、小奇麗な紳士に変身していた。
やがて広子がやってきて、高田もこの着せかえごっこの実験台にされてしまった。
ブースの扉を開けた瞬間、紳士が二人誕生していた。
女達二人は歓声をあげ、自分達の実験の成果をうれしそうに眺めている。
高田も油っぽさを除けば少し額はあがっているものの、彫りは深い顔立ちでわりとハンサムである。
グレーのアルマー二で、小振りのスーツを着ている。
少し袖は長めだが、充分ナイスミドルとして見える。
何よりも驚いたのが卓也の変身であった。
あのオドオドして変なカッコウをしていた男、が見違えるようになっている。
元々背は高いので、アルマー二が本当によく似合う。
肩幅も広く、少しもスーツが大きく感じられない。
薄いベージュの上下に白いシャツ。
ペイズリーのネクタイはグリーンとブルーが微妙に合わさって、上品なアクセントになっている。
髪は涼しげにカットされ、眉は太く真横に伸び瞳もさわやかであった。
鼻筋も通っており今までのイメージとの余りの違いから、さゆりは思わずうっとりと、卓也を見つめていた。
「次は靴ね・・・・。そーね、やっぱり茶系がいいかしら。」
「おいおい、俺はそんなに金持ちじゃないぞー。」
抗議する高田の肩をつかんで、卓也は微笑んで言った。
「大丈夫ですよ。僕に任せて下さい。」
一瞬高田はホッとしたが、フト我にかえり
「バ、バカヤロウ。痩せても枯れても俺は編集長だぞ・・・・。百万や、二百万の金は持ってるよ。ええい・・・、持ってけドロボー。」
と、財布からカードを出した。
「何で、俺まで変身せにゃならんのだ・・・・。」
ブツブツつぶやく高田と大西にいっぱい荷持つを持たせ、意気揚々と女達はホテルに凱旋してきた。
部屋に荷物を置いてから、ロビーで待ち合わせて夕食に行くことにした。
ツアーは明日の朝集合なので、さゆりは携帯電話だけ持っていれば、あとは自由であった。
他のカップル達は少し足をのばして、ピサの斜塔とか見に行っているらしい。
女達はたっぷり時間をかけて身体を清め、ローマで買った服をあれこれ取り混ぜながら、キャアキャア言って着替えている。
二人ともいつもより幾分、濃いめに化粧をした。
特にさゆりは少しルージュを塗っただけで、濡れたように唇が鮮やかにうかんでいる。
大きく可愛い瞳はシャドウをかけるまでもないのだが、広子の手にかかるとやはりいつも以上に大人っぽく見えた。
エレベーターから降りてきた二人がロビーに近づいてくると、外国の観光客までもが振り返り注目している。
ソファに所在なげに座っていた二人は思わず立ち上がり、この天使達が本当に自分の元にやって来るのか不安をおぼえるのであった。
男達も一応紳士に変身させられてはいたが、光輝く天使達の前では従順な下僕になるしか手立てはなかった。
だが卓也は喜んで、この天使の召使いになる事を望んでいた。
文字通り命を投げ出してでも、この天使が自分のものになるのであれば、と願う。
「お待たせしました・・。どうかなさいまして?」
いたずらっぽい笑顔をうかべて、広子は高田に言った。
高田は夢から覚めたような顔をして、いつもの軽口を言おうとするのだが、不覚にも言葉が出てこなかった。
それでも自分を励ますように大きな声で言った。
「イヤー、あんまり美人なんで、誰か別の女優さんかと思いましたよ・・・。では、マダム・・・・参りましょうか。」
高田は気取って腕を差し出すと、広子はくすりと笑って細いうでを差し入れ、二人は歩き出していった。
残された卓也は直立不動のまま、さゆりを見つめていた。
「おい、大西君、早く来いよ。」
高田にせかされてようやく動き出すのだが、なかなかスムーズに身体が動かない。
手と足が同時に前に出る。
ロボットみたいな歩き方になっている。
それを見てさゆりは口に手をあて、くすくす笑っている。
せっかくアルマー二でかっこよくなったのに・・。
中身は前のまま。
さゆりは、なぜか少し安心してしまうのだった。
後ろから卓也に近づくと、カチンカチンになった卓也の腕をとり、黙って歩いていった。
卓也はさゆりの腕のぬくもりを感じながら、汗がドッと噴き出していた。
そして、いつものようにこう思うのだった。
日記に書いておこう・・・・と。
四人はホテルのレストランで楽しい食事をした。
美しい天使が二人にハンサムな大男、ユーモアたっぷりの中年の紳士。
まるで映画のように食事が進んでいった。
オードブルは仔牛のフィレ肉のソテー。
ワインは地元のガルガワインの赤。
パスタは腸詰のリガトー二のトマト風味。
ステーキはキアーナ牛を直火で豪快に焼いたフィレンツェ風。
野菜と豆の煮込み料理も、くどくなく味わい深い。
デザートはフルーツを挟んだドルチェ。
食後に苦みのきいたエスプレッソでしめる。
ラウンジに移り、音楽に合わせて軽く踊った。
どこで習ってきたのか、高田は上手に広子をリードする。
さゆりも研修などで多少ダンスの知識があるので、まだ身体を固くしている卓也をなんとか操っていた。
夢のような時間が瞬く間に過ぎていき、シンデレラ達は自分の部屋に帰っていった。
紳士達は二人の天使を部屋の前まで送ると、潔く自分達の部屋に帰っていった。
おそらく、もう少しアルコールでも入れないと、なかなか興奮で寝つけないであろう。
フィレンツェの夜は更けていく。
明日は、ヴェネツィアに行く。