第1話 - 第七章 フィレンツェ
列車がサンタマリア・ノヴェッラ駅に到着した。
ローマから約3時間。
フィレンツェの中央駅に降りたつと、さゆりは大きく伸びをした。
(あー、やっと着いたわ~・・・。そうそう、乗客の確認をしなくちゃ・・・・。)
さゆりは乗客リストを取り出すと、チェックしだした。
(広子さんは私の隣にいたし、山本さん夫妻、あと・・・。)
その時イヤな予感が首すじに走り、後ろを振り向くと、高田が突き出そうとした右手を慌てて引っ込め、手を後ろに組みにっこり笑っていた。
「たーかーだー・・・さんっ。」
さゆりは可愛い目を吊り上げて、高田をにらみつけている。
高田は笑いながら何やら言い訳をしている。
離れた所から、このやりとりを微笑みながら広子は眺めていた。
ふと見ると、背の高い卓也がじっとサングラス越しにさゆりの方を見ている。
広子は何か思うと、くすっと笑って二人の方に近づいていった。
「さゆりさん、早く荷物取りに行かなくちゃ、いけないんじゃない?」
「あっ、そーだ。みなさん、手荷物を取りに行きますので、ついてきて下さいー。」
さゆり達はぞろぞろと荷物を受け取りにいき、やがてバスに乗って市内のホテルに向かっていった。
ホテルに着くと、ロビーでさゆりは簡単に説明した。
「えーみなさん。今日からフィレンツェに二泊します。みなさんもご存じのとおり、ここはレオナルド・ダ・ビンチで有名なルネッサンスの街です。芸術の宝庫でありますので、ごゆっくり観光を楽しんで下さい。
殆どが自由観光ですので、今日の昼食もご自由におとり下さい。ただし、何かあるといけませんので私の携帯電話の番号を渡しておきますので非常の際お使い下さい。その他レンタルでこちらの携帯電話やビデオがありますので、ご利用の方はおっしゃって下さーい。」
説明を終えると、携帯電話の番号を書いたメモとルーム・キーのカードをそれぞれ渡した。
みんながそれぞれのエレベーターに向かうとホッと胸をなでおろし、ロビーのソファーに座った。
広子が隣で待っていてくれた。
「お疲れさま。」
「ええ、フィレンツェからは自由行動が多いし、オプション観光は地元のガイドさんがやってくれるので、楽なんです。問題は・・・・。」
そう言いかけた時、向かいのソファーに座っていた二人組がこちらを振り向いた。
「・・・あの・・・二人組です。」
高田が笑いながら手を振っている。
卓也はサングラス越しにこちらをじっと見ている。
さゆりは頭を押さえて、ため息をついた。
フィレンツェ、1日目の午後であった。
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「さて・・・と。まずはどこから行こうか。今日は着いたばかりだから、とりあえずホテルの近所を散歩ということで、アルノ川に沿ってヴェッキオ橋を通って、ウフィッツィ美術館とヴェッキオ宮殿でも見ますか?
ここんとこ食べてばっかりだから、少しは運動しないとなぁ・・・。
明日は市内をゆっくり見物して、余裕があればピサの斜塔でも足を伸ばして見に行きますか・・・。どうです、広子さん・・・・・?」
広子は何も言わ、ず微笑みながら紅茶を飲んでいる。
さゆりが憮然とした表情で言った。
「ちょっとぉ、何仕切ってるんですか。言っておきますけど、私はあなた方の専属ガイドじゃないんですからね。いくらオバ様達の相手をしたからって、調子に乗らないで下さい。」
高田はテーブルに組んだ腕に顎を乗せて、余裕のある口調で言った。
「ふーん、そういうこと言うわけ。昨日の荷物重たかったよなー、大西君・・・。俺なんか、今でも腰が痛いよ。年寄りの客をこんなにこき使っといて、冷たいよなー?」
「そ、それは・・・本当に申し訳ないと思ってますけどぉ・・・。」
さゆりが顔を赤くして苦しそうに答えている。
「それに、こっちのツアーに来ているの、あと新婚カップルばっかしだよ。どうせ二人っきりでいたいだろうし、市内は美術館や博物館ばっかりだから、ガイドを頼むのなら地元の人とか美術に詳しい人でなきゃ。
それにさゆりちゃん、イタリア語・・・しゃべれるの?」
「ううっ・・・。まっ・・・す、少しぐらい・・・・なら・・・・。」
(く、くやしい。でも、その通りだわ。このクソオヤジ、イタリア語ペラペラなのよね。)
「そうでしょ?それに僕はこの辺詳しいんだから・・・・。」
そう言いかけて高田は又、遠い目をした。
微笑みながら二人のやりとりを聞いていた広子は、その一瞬の表情を逃さなかった。
「まー、そんなわけで仲良くやりましょうよ。この大西君は金持ちなんだから・・・。ブティックで、いっぱいブランド物、買ってもらえばいいよ。」
卓也はサングラス越しに大きく二度、三度うなずいている。
今日は濃い緑のスーツに、真っ赤なネクタイをしている。
(あー、頭が痛い・・・。何で、私はここにいるんだろう・・・?まっ、いっか・・。とにかくフィレンツェよ。芸術の街、ルネッサンスの街。)
気を取り直してさゆりは昼食のパスタを食べ始めた。
四人のおかしな旅が、始まろうとしている。
フィレンツェ、一日目の午後の事であった。