ゆめまち日記

雨晴プライマリー③

三ツ木 紘2020/10/05 12:36
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――放課後。今日最後の授業が終わり、帰り支度をしていると花山がやって来る。


「行く準備は出来たかい?」

「まあ」

「オッケー。じゃあ、後は東雲さんだけだね」

「東雲も結局入部するんだな」

「東雲さんは時枝とは違って初めから乗り気だったからね」

「洗脳紛いなことをしていたことは黙っといてやるよ」

「あれ、僕そんなことしたかな?」 


軽く惚けて返事をする。


「お待たせしました」


話している間に先に東雲の帰り支度が済んだらしくこちらに来る。


「お、東雲さんは早いね。それに比べて時枝ときたら」

「花山と話していたからだ」

「まあまあ。全員が準備できたようですし早速行きましょう」


見るからにやる気満々な東雲は先陣を切って先に歩く。


「待ってくれよ」


東雲を追いかける花山。その後ろを自分が歩く。


おそらくだが今まで学生らしいことが出来なかった東雲にとって部活動というものが人一倍輝いて見えるのだろう。それほど東雲の表情は希望に満ちているように見える。


 それだけにその表情が一変するのを見るのは容易かった。


「えっと、ここですか?」

「そうだよ」


顔をしかめる東雲と苦笑いしている花山。


 彼女らの目の前にあるのが部室らしい。しかし、部室というには残念過ぎる。

 希望を抱いていた東雲はもちろんだが、成り行きで入ることになった自分でさえ、そこが部室であることを疑いたくなるほどだった。


 ここは、校舎の五階の奥に位置している。

 五階というと、基本的に三年生の教室とラウンジがあるだけでそれ以外にめぼしい教室はない。

 強いて言えば、物置ぐらいだ。


 花山から五階部室がある時点で何かおかしいと薄々感じていた。


「ここ物置だよな」

「そう……なんだよね」


バツが悪そうな顔をしている。


「とりあえず、鍵は預かっているから中に入ろうか」


何とかこの場の空気を換えようとしているのはよくわかる。

 もしかしたら、中はきれいなのではないかとも一瞬思ったが、変な期待はしない方がいいと思考を遮断する。 


 部屋の扉を開けると、カーテンが閉め切られており、まだ、昼と言われる時間帯であるのに薄暗い。

 どうやら、カーテンが閉め切られているせいだとわかる。

 部屋全体が埃っぽくて空気は澱んでおり、長い時間この部屋にいると気分が悪くなりそうだった。


「なあ、花山。今、気になることが出来たんだが……いいか?」

「……いいよ」

「写真部って、部員何人いるんだ?」

「……僕が聞いた話だと僕らを除いて一人……らしい」


それ以上話が続くことなくしばらく沈黙が続いた。

 あれだけ楽しみにしていた東雲も今は言葉を一切話さない。花山もこの反応はなんとなく予想していたのだろうがやはり決まりが悪そうだった。

 かく言う自分もこういう時どのように対応すればよいかわからず、何もしないでいた。


 茫然としている自分達を呼びかける声が聞こえる。


「……君達~」


部室の近くには他の教室も存在するため初めは自分達のことを指していると気付かなかったが、その声はだんだん近づき、肩をポンと叩かれる。


「ごめんね。お待たせ、花山君」


後ろを振り返ると、少し背の高い女性が立っていた。彼女は自分を見てそう言っているようだ。


「すみません、自分は花山じゃないです」

「あっ、ごめんね」

すぐに謝る。


 すると、隣の花山が

「僕が花山です」

名乗り出る。

「君が花山君か~。ありがとね、写真部に来てくれて」


ニコニコとしながら花山の手を握る。


「本当にありがとう」

と呟いているのが聞こえた。


 たかが入部するだけでそこまで言う意味は分からないが、写真部が廃部寸前であることを考えれば理解できないこともない。

 それほど、この女性にとって写真部は大事なものなのだろう。

 部室を見る限りそうとは思えないのだが……。


「えっと、貴方は?」

「私は山吹やまぶき夢子ゆめこって言うの。よろしくね」


少しおっとりとした話し方で、一度聴いたらなかなか忘れなさそうな声質だ。


 その横から花山が説明を追加する。


「こちらの先輩がさっき言っていた写真部唯一の部員の先輩だよ。

 特進コースで成績もトップクラスのエリートなんだよ」

「へえ、確かにそれはすごいな」


素直に驚く。


 自分の学校全体を見れば決してトップ層の学校とは言えない。

 しかし、特進コースは別格であり、特進コースの偏差値だけで言うなら名門校と引けを取らないほどの成績を有している。

 それだけに特進コースに居続けるだけでもかなり勉強し続けなければいけない。


 そこで成績上位者というのだから、正真正銘のエリートだろう。


山吹は花山に褒められて満更でもない様子だった。

 喜んでいる申し訳ないと思いつつも最後の事実確認の意味も込めて単刀直入に聞く。


「先輩……。写真部の部室って本当にここで合っていますか?」


もし数パーセントでも違う可能性があるのならばその可能性に掛けたかったが、山吹の反応を見れば、それが間違いないことを示していた。


「……そうよね。そうなるわよね」

小さく呟きながら、申し訳なさそうに言う。

「君の言う通りここが写真部の部室なのよ」

「そうですか……」


部屋にこれほど埃が積もるにはどれくらい時間がかかるだろう。


 一年近くは放置していただろうか。


 彼女自身色々と忙しかったのだろうが、部長であるのに全く部室に入らないほどの用事とは何なのか少し気になる所である。


「少しいいですか?」 


何か気になることを見つけたのであろう花山が質問する。


「部屋全体がこれほど埃で被るのには結構時間がかかると思うんですがこの部室ってどのくらい部屋を開けていないんですか?」


どうやら花山も自分と同じことを考えていたようだ。


 山吹は少し考えるそぶりをした後、少し苦笑いをした。


「一年くらいかな」


花山も予想以上の期間だったのかつられて苦笑いするだけだった。あまりの状態に空気が重くなるのを感じる。


 そんな空気を割く一言が飛んでくる。


「とりあえず、掃除しましょう! 掃除!」


今まで静観していた東雲が声をあげる。


「どちらにせよこのままじゃ使えませんし、しっかりと日を決めて掃除しましょう。写真部として活動するために」


東雲の言葉に花山も便乗する。


「確かにそうだね。山吹先輩は大丈夫ですか?」

「そうね。このまま放置はまずいだろうし……。新しい部員も増えることだし部屋をきれいにしましょうか!」


東雲の言葉を皮切りに話がトントン拍子に進んでいく。

 そこに自分が意見の言う余地などなかった。